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第46話 これがデートと言うならそれでいい③

「あ〜!いい買い物したわー!」


 ショップの紙袋を振り回しながら、彼女はビル風に負けない音量で声を上げる。


「結局どっちも買うなら、好みを聞く必要なかったんじゃ」


「ナンセンスな質問ね!これから会う時の参考になるじゃない」


 一体どこで会うというのか。

 気の迷い、いやアルコール入りの甘い言葉を拾って辿れば、ついてしまったのだ。お菓子の家に。まるでヘンゼルとグレーテルみたいに。


 あれは物語、ファンタジー、絵空事。

 二度は起こらない。


「会社で狙って会おうと思ったら用事がないと……」


 だからこう答える。

 寂しさなんてものは街路樹を揺らす風に運ばれて、きっと今頃海の上を漂っているだろう。

 身分違いの恋なんてものは、許されないのが世の常だ。


 ふとした甘い香りに意識が現実へ引き戻される。


 気が付けば近くに造形美。

 鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。


 ただ、以前ゼロ距離になったことがあるからかそこまで動揺しない。

 どれだけ怖いことも一度経験してしまえば過去になる。人間が人間として生きていくための、遺伝子に刻み込まれた生存戦略。


 幸か不幸か、それに助けられた形になる。


「誰が会社の中で余所行きのおしゃれな服着るのよ」


「俺はいつも瑚夏さん、おしゃれだと思いますよ」


「うぐっ……あ、ありがとう?」


「いえいえ、どういたしまして」


 よしよし、なんとか耐え抜いたな。

 最近わかったことだが、瑚夏さんは他人にアクセルを踏まれると弱い。

 ……まぁ勇気を振り絞らなきゃいけないんだが。


「立野くんも、ス、スーツ似合ってると思うわよ?」


 珍しい。

 嬉しさよりも先に、そう思ってしまった。


 俺と彼女の関係は、言わば共演者だ。だから彼女から俺の自我を褒められることは少ない。

 舞台をおりた後に赤の他人に戻るのと同じように。


「……ありがとうございます」


「せーっかく褒めたのに浮かない顔じゃない」


「いや、熱でもあるのかと思って」


「失礼ね!」


 口ではそう言いながらも、さっき買った服の入った紙袋の影は嬉しそうに揺れていた。


◆ ◇ ◆ ◇


 空が紫色に濡れていく。


 気が付けば街灯にも色が点っていた。柔らかい暖色、夏には少しくどい気がして。


 不思議と熱と湿度を感じない。


 嵐の前の静けさ、ふと頭に浮かんだのはそんな言葉。

 おかしいな、晴れているのに。


 景色が遠くなったような、一人の人間にスポットライトが当たっているような。


「ねぇ、立野くん」


 駅も間近になったところで、足音が止む。


「なんですか、瑚夏さん」


 このやり取りも何回目だろうか。

 彼女が呼びかけて、俺が応える。いつもここから始まるのだ。


 振り返り際に見えた耳は、ほんのりと色付いている。


「さっき、あの水族館がデートだって言ったじゃない?」


「はい、気が付けばそういうことになってました。なんだか騙された気分です」


「騙したつもりはないのよ、だってあれは最初から最後まで、徹頭徹尾デートだったから。腕も組んだしお揃いのものも買ったしね!」


 本当だ。

 外形的に見ればデート、なるものなのかもしれない。


 いいや、それでも俺は意志を強く保つぞ。


「会社のお金だから取材ですよ、取材」


「ふーん強情ね」


 認めてしまったら、何かが終わる気がする。


「まぁいいわ」


 夏の夜を借りてきたのかと錯覚するほど光を湛えた瞳に心臓を貫かれる。


「じゃあ正式に申し込むわ、ねぇ立野くん」


 決闘かよ。


 数秒までとはまるで違った声色。

 さっきまであった揶揄いは身を隠して、真剣さと……少しのおびえ。


 珍しく後ろ向きなジュリエットの、短剣を握る手は震えていた。


「今度花火大会があるじゃない?き、君さえよければ……」


 勢いを失う言葉。

 俺の表情を見てしまったのだろうか。


 だめだ、これはだめな流れだ。続きが予想できてしまう。

 しかも、返答は決まっているのだ。


 いくら相手が主役級の女優だとしても、事前の約束を違えることはできないのだ。


 あぁ、これが物語なら、俺と彼女しか出てこない優しい御伽噺ならこんなことは起こらなかったのに。

 そういう意味では、自惚れていないと信じて欲しいが、千波ちなという女性は確かにメインヒロインである。

 

 絶対に断らねばならぬお誘いを聞いている時間ほど心にくるものはない。

 心臓が早鐘を打つ。高揚や焦りではなく、申し訳なさで。


「君さえよければ」


 一度地面に落ちてしまった言葉を拾い上げる瑚夏さん。

 何かに挑むように、まっすぐと俺の目を見る。きっと彼女は答えを知っているのだろう。


 もう手は震えていない。

 毒を呷るように、短剣を首筋に走らせるように。


「私と花火デート、どうかしら?」


 力なく振った首を見て、彼女はしかし、満足気に目を細めた。

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