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第43話 ジュリエットは匂わせる⑤

「お仕事のやりがいってなんですか?」


 今日何組かと話したが、学生さんから出てくる中で一番多い質問はこれだ。大方、面接でよく聞かれるのだろう。

 だがこの質問でその人を測れるかと言われれば、Noだ。

 的を射ているようで射ていない。


 昔と違って売り手市場の今、我々企業は学生を選ぶ側であると同時に選ばれる側でもあるのだ。


 しかし考えて欲しい。


 やりがいなんて崇高なものを持ちながら、あるいは受容しながら働いている人間なんて、全社会人の何パーセントいるんだろうか。

 毎日頑張って働いて家に帰って美味い飯を食う。

 生きるとはつまり、そういうことなのだ。会社の中での社会性やら労働による自己の成長なんて少しも考えていない。


 毎日生きて、生きて、生き切る。

 ただ、それだけ。


「自分が作ったものが他の人に受け入れられるのを目の前で見られることかしら」


 広報課のジュリエットはそれでも、しっかりと「正解」を答えている。

 社会人としてのロールを、俺たちみんなが共通認識として認識している役割を演じているのだ。


「立野さん(・・)は?」


 外部の人がいるからか瑚夏さんからの呼び方が丁寧になってる。

 あれ、そういえば立野くんと呼ばれ出したのはいつからだっけ。


 初めて会った時はフルネームで呼ばれて、その後コンビニで会った時は……。


 ……考えても仕方ない、仕事のやりがいっぽいことについて早く答えなくては。


「前面に出て頑張ってくれてる営業や企画を後ろから支えられることかな。建物もそうだけど、基礎がしっかりしていた上で好きなことできるしね」


 それっぽいことを言っておく。これも社会人の嗜みだ。

 実のところは、頼むから期限を守ってくれ以外の感情がない。

 どうして奴らの都合でこっちの締切が短くなるんだよ。


 とまぁ愚痴るのは頭の中だけにしておいて、当社比爽やかな表情で取り繕っておく。


「隣の立野さんはね〜、法務課っていうところで社内の契約とかを受け持ってる部署なんだけど」


 唐突に他己紹介が始まった。

 これが終わったあとに瑚夏さんのことを「会社内の男連中を虜にする広報課のジュリエットだよ」なんて紹介したら、頭を引っぱたかれるんだろうか。


「こうやって仕事として成立させるために必要なことを任せられるから、私たちみたいな現場の人間は伸び伸び仕事ができるんだ」


 彼女の言葉に真剣に頷く学生さんたち。素直なええ子たちや。涙がちょちょ切れてまうで。

 こんな純粋な子たちも、数年経てばあれよあれよと汚い大人の世界にどっぷり浸かってしまうんだろうなぁ。諸行無常なり。


「でも……」


 ん?でも?


「会社ではあんまり甘えてくれないから、二人きりの時は……ね?」


 おいおいおいおい、誤解されるだろうが!なんつー爆弾を落としているんだ。

 学生さんたちも引いて……ないな、もっと話せみたいな空気になってる。

 やめてくれ、こんな所で羞恥プレイは厳しすぎるって。


「ね?じゃないんですよ。何にもないですから」


 とりあえず否定しておかないと。


「でも実は?」


「タチの悪い振りはやめてください。何にもないですよ。みんなも会社内にはこういう面倒な先輩がいることもあるから、気をつけてね」


「立野さんと瑚夏さんって……」


 そうだよな、こんな絡まれ方してたら気になるよな。


「ただの先輩と後輩だよ」


 ここは今日一番真剣に答える。

 見ず知らずの学生に変な誤解されたまま解散するのも後味が悪い。


「と思ってるのは立野さんだけかもね」


 やけに尾を引く言葉を残して、座談会は終わりを迎える。

 最悪のタイミングだ。


 まさかとは思うが、狙ってやってないよな瑚夏さん。


 ぞろぞろと席を後にする学生さんたちを見送りながらお片付け。

 椅子はひとまとめに……。


「これもお願いしてもいいかな?」


 彼女は自分の座っていた椅子をよいしょっと持ち上げると、俺の持つ椅子に重ねた。

 近付く距離、触れる指。


 ほんの一瞬、でもそれで十分だった。

 お互いの熱を交換するには。


「甘えて欲しいのはほんとだよ?」


 俺にだけ聞こえる声でそう囁くと、彼女は撤収作業へと戻っていった。


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