第42話 ジュリエットは匂わせる④
「じゃあ立野くんはこっちで、私はこっちね!」
広い会場の一角にテーブルを向かい合わせて設置。
右側に瑚夏さん、左側に俺が座る。
対面に学生さんに座ってもらって、就活に関するよしなしごとを聞く場だ。
どうしてこうなった。
「瑚夏さん、俺たちがペアなのおかしくないですか?広報課と法務課ですよ……あまりにも業務内容がかけ離れてますって」
「そっちの方がいいじゃない!学生さんたちの質問に幅広く答えられるし〜!」
だめだ、あぁ言えばこう言われる。
でも俺たち以外のテーブルは同じ部署か業務内容の近い人同士で座っている。
きっと学生さんたちは順番に各ブースを回ってくるのだろう。
あそこは営業と営業、こっちは広報と企画。
……よく見たらバックオフィス系は主催の人事以外いないじゃねぇか。
「そういえば今日は千波、いないんですね」
辺りを見回して気付いたことを口にする。
広報課だし、あいつの性格的にこういうのには参加すると思ってたんだが……。
脳内にチラつく自慢げな顔。
「むーーー!」
謎の鳴き声を出しながら、瑚夏さんは椅子をこちらへ寄せる。
誰が見ても「同僚の距離」じゃないだろ。まるで恋人か何かのような……。
あの日、部屋で嗅いだのと同じ甘い香り。
記憶がフラッシュバックする。
「立野くんは近くにいる私よりちなちゃんの方が気になるってわけ?」
ぐぐっと近づけられる顔から逃げるように椅子をずらす。
するとずれた分と同じか、それ以上に近付かれる。
ほぼゼロ距離状態。
「……ノーコメントで」
「それが許されるほど甘い世の中じゃないんだなぁ」
「辛く厳しい世界ですね」
「でも『ずっと瑚夏さんと、いや、ゆりと一緒にいたいです』って言ってくれたら許してあげる」
ポーンと軽くキャッチボールするかのように言葉を投げる瑚夏さん。
これはもはやドッヂボールだろ。しかも無回転で取りづらいタイプの。
「だーれが言うんですか、白昼堂々そんなこと!」
大声で愛の告白なんてした日には、社内一同からやばいやつ認定され、ひそひそと噂話をされ、エレベーターでも廊下でもちょっと距離を取られるんだ!
社畜知ってる!社会では協調性、というか大多数が「是」としていることと違うことをしたら避けられるんだ。
「ちなみにちなむと、今の私はジュリエットじゃなくて瑚夏ゆりよ」
「酔ってる時の話を掘り返すのはタブーですよ。しかも千波がいつも言うやつだしそれ」
「またちなちゃんのこと!」
わかりやすくとんがった唇が、会場の淡い光を受けてぼんやりと輝いた。
「もう瑚夏さんの地雷がわかんないですよ……千波と仲良いじゃないですか」
「失礼ね、地雷なんてないわ。あるのはでっかい愛だけ。いくらかわいい後輩のちなちゃんでも、譲れないものはあるの」
譲れないもの……なんだろう。例えば、
「例えばいちごのショートケーキとか?」
「ふーん立野くんの割にはいい例え出すじゃない」
右フックが飛んでくる。
「すぐディスる癖、治しましょうね〜」
「というかさ、それだけちゃんと今の状況がわかってるなら、立野くんもちゃんと動かなきゃじゃない?」
だめだ、千波が話していた例えをポロッとこぼしたら「わかってる」認定されてしまった。
しかもなんだか不穏な方向に話が流れてるし。
「さぁ、なんのことか……」
と言っておかねばならない。
きっと彼女たちの言うことがわかってしまったら、色々終わってしまうのだ。例えば俺の平穏な社会人生活とか。
決して聞いてはいけないのだ。
ジュリエットの言う「でっかい愛」が誰の何に対するものなのかを。
「つれないにゃ〜」
軽く呟くと、彼女は元の位置に戻ってくれる。
危ない危ない、他のテーブルの社員に見られていたら面倒なことになっていた。
もしこれが千波だったら同じことを考えただろうか。
いや、きっと「同期でじゃれてるだけだ」と見逃してもらえるだろう。
「ほらほら、もうすぐ学生さん来るから真面目な顔しときましょ」
「私はいつだって真面目よ!」
「酔いつぶれて居酒屋の軒先でうずくまってたのに?」
「……酔った時の話はナシでしょ」
「そこ!ダブルスタンダード警察だ!」
「いいよ、逮捕して今度は立野くんの家に連れてってね」
本気か冗談か判断のつかないギリギリのライン。
ふふんと笑ったその顔を見るも、真意は掴めない。
だから、だからいつも通り。
「ありえないですね」
否定を口にする。
果たしてこれがいつか肯定に変わる日は来るんだろうか。
未来は神のみぞ知る。
そんな地に足の付かないふわふわ思考を会場に浮かべながら、俺は学生さんたちの入場を待った。




