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第41話 ジュリエットは匂わせる③

 普段仕事で着ているものより少しだけ高いジャケットに腕を通して、見慣れないビルに足を踏み入れる。


 現在土曜日の朝8時半。

 ビルの周りには、リクルートスーツを着た学生が固まっていた。

 きっと説明会を聞きに来てくれたんだろう。


 結局逃げきれず、就職説明会への切符は捨てられなかった。

 平日よりも空いているが、よそ行きの服や遊びに行くであろう荷物を持った人たちと同じ電車に乗る敗北感が、今なお脳裏にチラつく。


 この後普通にスタッフとして人員整理をした後、座談会とかいうお互いの顔色を伺いまくるイベントに何回か駆り出されて、最後片付けをしたら終わりか。

 な、長い……。クールビズも当たり前になってきたんだ、弊社も就活生も全員私服にしようぜ。


 「服装自由」が結局ジャケット有りのスーツに収束するの、誰も得しないだろ。

 鶏が先か卵が先かみたいな話にはなるが、勇気を持って「Tシャツ短パンでおっけー!」と宣言する大企業よ、増えてくれ。


 頭で文句を垂れ流しながら、お手洗いでネクタイを整える。

 顔を上げて鏡を見れば疲れた顔をした社畜が映っていた。俺、こんな顔だったっけ。

 無理やり唇を持ち上げてみても、疲れた表情は変わらない。


 なんとか若い世代にうちの入社試験を受けてもらわなければ。

 でも入ったら一攫千金とか、毎日アフターファイブを楽しめるとか嘘はつけないからな。

 ……とんでもなく人気の社員がいる、とは言えるけど。


 ハンカチで手を拭きながらお手洗いの外へ出る。

 トイレの綺麗な建物は、居心地が良い。


「へぇ、いいんじゃない」


 何度も遭遇したシチュエーションに、もう驚かなくなってきた。後ろから声をかける決まりでもあるのか、この人の中で。


「こんなところで奇遇ですね、瑚夏さん」


 でたな、とんでもなく人気の社員!神出鬼没すぎるだろ。

 会議室から始まって、俺の行く先々全部に彼女がいるんじゃないかと疑ってしまう。


「んふふ〜奇遇じゃないのよそれが!」


 にこにこしながらとてっと一歩こちらへ踏み出す彼女。

 今日は淡い水色のブラウスにタイトスカート、夏のオフィスカジュアル、ここに極まれりといったところか。


 すっぴんも見ているからか余計に、濃いめのメイクは心臓に悪い。居心地もなんとなく悪い……というかもぞもぞしてしまう。

 身内が余所行きでバッチリキメていたら気恥ずかしくなってしまうのと同じだわ、

 ……べ、べつに瑚夏さんが身内だと思ってるわけじゃないけど。


 そもそもの顔がいいんだよな、このジュリエットは。


「というと?」


「今日の座談会に法務課をねじこんだ犯人は私です!」


 ほめてほめてと言わんばかりに手を挙げる彼女。

 おい、やっぱり悪い予想は当たるじゃねぇか。しかも自分で犯人って言ってるし。


「……恨みますよ、瑚夏さん」


「なんでなんで〜そのおかげで会社の外で会えたわけじゃん〜」


 くるりと一回転。

 長い髪がオーロラのようにふわっと広がる。


「ってか今日来るのが俺じゃなかったらどうしたんですか、例えば同僚とか」


「ないない、立野くんに当たるようこそっとお願いしといたから」


「お願いでどうにかなる問題なんですか……」


 全部この人の手のひらの上だ。


「社畜の休日を潰した罪は重いですよ、しかも土曜日」


「え〜かわいいかわいい先輩に会えたからむしろご褒美じゃない?お給料も出るし!」


「それ自分で言ったら台無しなんですよ」


「かわいいとは思ってくれてるんだ」


 にへっと笑う瑚夏さん。

 服装と表情のギャップで風邪をひきそうだ。


「あ、まずい。こんなところでチンタラしてたら間に合わない、行きましょ瑚夏さん」


「そうね〜じゃあ今日はよろしくね、相方さん」


 廊下を早足で歩きながら思う。今、不穏な言葉が聞こえなかったか……?

 しかしそれを問い詰める間もなく、当日の控え室が目に入ってきた。

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