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第32話 眠れる森のジュリエット②

 さっきまでの眠気はどこへ行ったんだ。

 現在時刻は25時くらい……だと思う。スマホは遠くで充電しているから見ることができない。


「んなぁ〜」


 わけのわからない鳴き声を上げながら、隣ですやすやと寝息を立てているのはご存じ瑚夏ゆり。広報課のジュリエットだ。


 ほんの数週間前まで噂で名前を聞くだけだった人が、ゼロ距離で眠っている。

 いや、この距離で寝ていること自体が何よりもファンタジーだろ。一体何がどうなって同じ布団で寝ることになるんだよ。


 現実は小説より奇なり。


 顔を洗って歯も磨いたら、すっかり酔いも目も覚めてしまった。

 今は銭湯に行く前にコンビニで買ったTシャツと下着、瑚夏さんのスウェットを着ている……あれ、俺たちって付き合ってたっけ?


 「ちょっとくらいなら見てもいいよ?」

 そんな彼女の声が頭の中でこだまする。見ていいわけがないんだよな。


 流石に俺でもわかる。瑚夏さんの対応が他の人と俺とで違うことを。

 何がどう、とまでは言葉にできないけれど、嫌われてはいないことは想像に難くない。

 しかし理由がわからない。


 昔から付き合いがあるわけでもないし、危ないところを救った覚えもない。

 偶然、本当に偶然、酔った彼女に助けが必要かと聞いただけ。

 そこからはみるみるうちにジュリエットが俺の生活に入り込んできた。

 見てみろよ、今や同じ布団で寝てるぞ。


 確かに話すのは楽しいが、どこまで距離が近付いても友人の域を出ないと思うのだ。

 小さな声で愛を囁くわけでもなければ、お互いを縛るわけでもないし。


「ん〜お寿司食べに行きましょうよ〜この前は水族館だったんだし〜」


 もにょもにょと口を動かして、舌っ足らずな言葉を吐く瑚夏さん。


 ……これ、多分俺に言ってるよな。

 夢の中の自分の気持ちが手に取るようにわかる。きっと面倒くさそうな表情をしているんだろう。


 それに水族館から寿司って悪魔の所業だろ、生命の神秘を見たんじゃないのか。

 ふへっと口から息が漏れる。一緒にいると口癖まで移ってしまうのか。


 思えば瑚夏さんとはまだ出会って少ししか経っていないのに、頭の中は彼女との楽しい思い出でいっぱいだ。

 こうやって理不尽に引っ張られる生活も悪くないとすら思えてきた。


 いつだって最初の一歩は彼女の方から。

 仲を深めるためにはお互いが歩み寄る必要がある。そんな簡単なことですら、大人になってからは難しいのだ。


 しかし相手にばかり足を運ばせるのも申し訳ない。

 ここで問うわけだ。


 立野圭、お前は瑚夏さんとどうなりたいんだと。


 顔に熱が上ってくる。

 どうなりたいか……誰にも聞かれたくない本音を言えば、ずっと話していたい。

 自分が打ったボールが同じ勢いで返ってくるというのは、この現代社会で中々に貴重な経験なのだ。


 今だって彼女の細い腕……もう何度も組まれたこの腕が俺のお腹の上に乗っている。

 それだけ心を許してもらえているというのは、喜んでいいものか、男として見られていないことを嘆いた方がいいのか。


 しかし、しかしだ。やはり年齢というのは無視できない要素で。


 仮にここが舞台だとして、疑似恋愛をしたいのなら願い下げだ。

 こっちだって恋人も欲しいし結婚願望はある。

 おままごとじゃ終わらせられない年齢になってきた。だから火遊びをする余裕も意思もない。


 でも、そうじゃないのなら。

 言葉にするのは恥ずかしいが、彼女が本当にそういう(・・・・)つもりなんだとしたら。


 ならば、ならば毒のひとつやふたつ、ジョッキでぐいっと飲んでやろうじゃないか。

 まさに今日……いや、日付が変わったから昨日か、彼女が俺の前でそうしたように。


 彼女の隣に立つためには、ジュリエットに見合う役を演じるには、少し、いやかなり実力と経験が足りない。


 これからどうすればいいんだろうか。

 目の前に広がった無数の道を眺めながら、俺は意識を手放した。


 最後、深海に沈む直前、腕を大きく広げてスポットライトを浴びる瑚夏さんが見えた気がした。


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