Returning home
街の少し手前で降ろしてもらったエルネインはクロシュと手を繋ぎ、故郷の道を辿る。早いもので、あれからもうすぐ一年になろうとしている。
「あの時は一瞬物語の中に迷い込んだかと思いました」
エルネインが大好きな騎士の物語。その騎士が姫君に二度目の求婚を申し込む場面をクロシュは再現して見せた。
「でも間違ってはいなかったでしょう?一度目はエルが三歳の時、二度目は十五歳の日だったんだから」
「二度目も三度目も三歳の時だと記憶しているけれど?」
「意地悪を言わないでくれ。私は本気だったけれど貴方は遊びだと思ってたから無効だよ」
「都合が良いのね」
「男は見栄を張る生き物だからいいんだよ、それで」
身分証を見せれば、街の衛士が慌てて敬礼する。片手でそれを制したクロシュは、行こうと、エルネインを中に促した。衛士が慌てて屯所に引っ込んでいくを横目に、帰りは目立ってもかまわないので直接空から帰ろうと決心する。通りに店を構える人々とは顔見知りのようで、一年ぶりに顔を見せたエルネインに挨拶してはその隣を歩く青年に目を剥くという動作を繰り返している。
「賑やかだね」
敢えて見せつけるようにエルネインの腰に手を回せば、数人では利かない人数の視線がクロシュに突き刺さる。エルネインも振り解くどころか身を寄せるものだから、中には泣き出す者さえ居た。当然エルネインの視界には入っていないが。
「クロシュ様、楽しそう?」
エルネインの一部を取り入れたことで、クロシュ同様に幾分か感情が流れ込んでくるようになったらしいエルネインが小首を傾げる。
「楽しいというより嬉しい、かな。エルは私のものだと、見せびらかしているんだから」
「そうなの?」
「そして私はエルのものだとね」
軽く唇を触れあわせれば、そこかしこで悲鳴が上がった。どうやらエルネインは街の人気者のようだ。初心な若者達は撃退できたが、世慣れた老人達には効果がない。これまで以上の敵意が混じって返ってくることに苦笑してしまった。
「もう、クロシュ様ったら」
恥じらいながらもエルネインは嬉しそうだ。この表情を引き出しているのが自分だと思えば満更でもなかった。
「ネイン!」
「!レアーナ姉さん!」
店を適当にひやかしていると、息せき切ってやってくる一人の女性。買い物の途中だったのか、籠の中には幾つかの果物が入っていた。
「お久しぶりです、姉さん」
「ええ、元気にしてた?って、そうじゃなくて!あんた今街中で噂になってるわよ、そっちの兄さんと良い仲になって帰ってきたって。え、……あんた、まさか本当に」
レアーナはクロシュの存在を知っている。12年前の時も、エルネインが街を出て行く時も現場に立ち会っているのだから。明らかに違う二人の親密度に半ば確信を込めて確認する。
「えっと、あのね。もうすぐ結婚するの」
ほんのりと赤らめながらクロシュに寄り添うエルネインに、レアーナは衝撃を隠せない。エルネインは気付いていないが、三歳児に本気で求婚していた変態と結婚するなんて、到底許せるものではない。一体どんな手を使ってエルネインを誑かしたのか知らないが、大切な妹の為に絶対に阻止してやるとレアーナは心に決めた。
「そ、そうなの。ところで折角再会出来たんだもの。お茶でもどう?」
「嬉しいけど、あまり時間はないから。今日は院長と先生に報告だけしようと思って」
以前クロシュがしてくれた筈だが、エルネインの口からもきちんと報告しておきたかった。それから両親と自分のことも。
「あら、少しだけなら良いじゃない。報告し終わってからで良いから、少しだけ女同士のお話をしましょ?……良いですよね?」
「エルが構わなければ。夕食までに帰れば問題ないよ」
クロシュは頷いたが、エルネインを見下ろして付け足す。エルネインは小さく微笑み、レアーナに了承の意を送った。
「はい。……じゃあ少しだけ」
「じゃあ、私、先に顔出してくるから。ゆっくりいらっしゃい!」
来た時と同じく駆けていくレアーナ。元気な様子に安心しながら、エルネインは何も気付くことなく見送っていた。




