Objection!
一足先に施設の扉を蹴破るようにして入ったレアーナは、院長室で落ち着きなく左右を行き来する。
「先生、どうすればいいのかしら?あの子はきっと騙されてるのよ!」
「少しは落ち着きなさい、レアーナ。人を見かけで判断してはいけませんよ」
「だって先生!あの人は子供だったネインに本気で求婚するような変態なんですよ!?」
「愛に年齢は関係ありません」
「大ありよ!あの子は素直だから誑かされてるに決まってるわ。今は逆上せあがってるだけ。しかもあの男は貴族っぽいし、結婚だって嘘かもしれないわ!飽きたらただ捨てられるだけの人生なんてあの子が可哀相すぎる」
「レアーナ」
静かだが拒否を許さない声が、レアーナの身体を震わす。
「確かに貴方のお母様は可哀相だったかもしれません。ですが、エルネインの話も聞かずに決めつけるのは早計でしょう?あの子の人生はあの子のもの。貴方の人生ではないのですから」
「でも、でも……あの子が悲しむ様は見たくないの」
レアーナの父親は貴族だ。気まぐれに母に愛を囁き、子供が出来た途端母と子供を捨てた。男にとっては遊びだったのだろうが、女は本気で男を信じ、子供を産んだ後呆気なく死んでしまった。
とんとんと扉が叩かれ、興奮したルディが入ってくる。
「先生!ネイン姉ちゃんが、あの時の綺麗な兄ちゃん連れてやって来たよ」
「そうですか。二人を此方へ案内していただけますか、ルディ?」
「は~い」
レアーナは両頬を叩き気合いを入れ直す。約一年ぶりに帰ってきたエルネインを、院長は笑って迎えた。
「よく顔を見せに来てくれましたね、エルネイン」
「ご無沙汰しています、院長。今日は、」
「私達の結婚の報告に参りました」
エルネインを手で制してクロシュが告げる。レアーナの眼光が鋭く光ったが、背を向けている二人からは見えなかっただろう。
「なんとめでたいことでしょう。クロシュ殿もエルネインもそちらへお掛けください」
「あの、院長。先生にも報告したいことがあるのですが」
「そうですか。レアーナ、すみませんがカイドを呼んできてください」
「……わかりました、先生」
渋々と出て行くレアーナが扉を閉じるのを待って、クロシュも院長も苦笑してしまった。
「すみません。あの子が失礼なことを」
「嘆かわしいことだが、我々の中には少なからずそういう者もいる。裁くにも被告側からの証言が無ければ成り立たない。現状では泣き寝入りするしか無いのだろう」
「貴方がきちんとした人であることはエルネインを見れば分かります。……エルネインは今、幸せですか?」
「はい!」
「だそうですから、これからもこの子をお願いします」
「無論だ。一生放す気も無い」
エルネインは院長に認められて嬉しそうだ。本物の両親が見つかったとはいえ、育ての親は院長であることに変わりない。
「おう、用事って何だよじじい……って貴方様は!?」
「やめてくれカイド。私はもうエリオスに位を譲ったんだ」
「はぁ……」
「良いから座れ。……そこのお嬢さんもな」
「失礼しますっ!」
なにやら顔見知りらしいカイドに、エルネインはクロシュの裾を引っ張ると、問うた。
「クロシュ様はカイド先生を知っているの?」
「ああ。以前、王城に勤めていた侍医の弟子として彼は働いていたんだよ」
「覚えていてくださるなんて恐縮です」
「差配を奮う者として当然だ。それよりもそんなに畏まらないでくれ。今日はエルの付き添いで来ただけなんだ」
エルネインの肩を親しげに抱くクロシュに、カイドは一瞬天変地異でも起こったのかと錯覚した。が、この美貌と独特の威圧感は彼のよく知るもので、戸惑うしかない。
「先程院長にはお伝えしましたが、私はクロシュ様と結婚することになりました。だから今日はその報告をしに来たんです」
「あたしは反対よ、ネイン。あんたはそこの男に騙されてるだけだわ」
「姉さん?私は騙されてないわ。クロシュ様を愛してるの」
レアーナの豹変ぶりにエルネインは困惑する。だが、レアーナは机を強く叩き、恐ろしい形相でエルネインの方へと身を乗り出す。
「そんなの幻想よ。貴族なんてあたしたち平民をからかって遊んでるだけ。飽きたら簡単に捨てられるわ」
「違います!クロシュ様はそんなこと絶対にしません」
「素直で愚かなエルネイン。あんたは貴族をよく知らないから言えるのよ」
頬をなぞる手にエルネインは身体を震わせる。レアーナが怖いと思ったが、それでもエルネインは気丈に立ち向かう。
「……知っているわ。同じ人間を人間だとも思わない人も確かに居た。でも!そうじゃない人だって沢山居るの。ちゃんと私と向き合ってくれる人もいるわ。姉さんだってクロシュ様のことをよく知らないくせに悪く言わないで!」
かっとレアーナの頬に朱が走る。思わず手を振りかぶったが、その手が振り下ろされることはなかった。
「……そこまでにしておけ。まだ死にたくなければな」
カイドの視線を追って、レアーナは頭が冷えた。歯を食いしばってそれでも意志を曲げようとしないエルネインと、そのエルネインを庇うように抱きしめるクロシュ。そこにある確かな絆を見つけてしまい、レアーナは身体の力を抜く。
「何よ……これじゃあ、あたしが悪者じゃない」
「姉さん。私は、」
「あ~あ、心配して損しちゃった。あたし帰ります、先生。ネインも暗くなる前に帰りなさいよ。……そこの男と」
エルネインの言葉を遮ると、レアーナは自分の腕を取り返してから立ち上がった。素早く扉に移動すると出て行ってしまう。唖然としていた一同だが、素直では無いレアーナの態度に、やがて笑い出す。
「とんだじゃじゃ馬だな、あれは」
「昔から優しい子でしたから」
ほのぼのとした老人組とは裏腹に、エルネインにはレアーナの気遣いが判らなかったようで、未だ泣きそうなまま扉を見つめている。「姉さんは、許してくれないのでしょうか?」
クロシュはエルネインを抱きしめながら誤解を解いてやった。よかった、と安堵するエルネインは控え目に微笑んでいる。
「仲睦まじくて良いことです」
「俺は別人じゃないかって思えてきたところだよ」
レイドの知る前王はいつも瞳に冷たい光を宿し、まるで感情を無くしたように機械的だった。それがあんな穏やかな表情を見せるとは誰も思わないだろう。
「愛は心を変えるのです。それは人間だけで無く竜も神も同じこと」
「じじい。あんた……」
「さて、そろそろエルネインに話を聞きましょうか」
躱される形で放り出され、レイドは溜息を吐く。この院長ならば神の思し召しとやらで何でも知っていても不思議ではないと半ば諦めながら。
次話で最終回です




