Till death do us part
集まった者達が和んだ会話をする中、一足先にエリオスは城に戻ると言う。見送りに出たエルネインは道すがらエリオスからの謝罪を受けていた。
「貴方を悲しませたことを謝罪する。すまなかったな」
「いいえ。それが陛下にとって必要なことだと、分かっていますから」
反対したのは理由があったから謝る必要はない。そう告げるエルネインにエリオスは鼻の奥がツンとした。エルネインの言葉には嘘がないから、本当に信用してくれていたのだ。それは嬉しくもあり、同時に悲しくもあった。この胸が痛む理由はきっと分かっている。だからこそ目を背け、ぶっきらぼうにああ、と返すのが精一杯だった。
「ここまでで良い。ご両親とゆっくり話せ」
「お気遣い、有り難う御座います。お気を付けて」
「……エルネイン。いや、エルネ。結婚式を楽しみにしている」
「っはい!」
玄関ホールで足を止めたエルネインは扉が閉じられるまで頭を下げ続けた。
「帰ったか」
客間の扉前で待っていたクロシュにエルネインは抱き留められる。小さく頷けば、クロシュは目元を緩ませたまま暫くそのままでいた。クロシュはエリオスの立場も想いも理解しているから、何も言うことはない。
「さて、そろそろ彼等にもお帰り頂こう。今夜は貴方とゆっくり過ごしたい」
「またそんな風に仰って」
「私と過ごす時間は嫌?」
「嫌じゃないですけど……狡いです、クロシュ様」
断れないのを分かっていて訊くのだから。どのみち選択肢などないではないか。
「貴方と二人きりになれるならどんな卑怯なことだってしてみせるよ。……そういうわけなので、お引き取りを」
クロシュがドアノブを引けば、全員が扉前に並んでいた。どうやら盗み聞きをしていたらしい。女性陣は白々しく笑っていたが、行動が完全に裏切っている。
「今日のところは帰るよ。また明日会いに来るから元気でね」
「惜しいが後はクロシュ殿に譲ろう。漸く再会出来たんだ。時間はまだ沢山あるからな」
両親が愛娘の左右の頬にキスを落とす。エルネインも同じように返そうとしたのだが、ネイフィは兎も角、カクスにはクロシュに邪魔されて出来なかった。その様子にカクスは苦笑したが、結局抱擁で妥協した。たとえ親でも自分以外の男に触れて欲しくない気持ちを理解出来るからだ。
「嫉妬深い夫を選ぶと大変だぞ。何なら今からでも俺と、」
「娘を口説かないでくださいな、貴方。……孫の顔を楽しみにしているわよ、エルネ」
「その前に結婚式ですわよ、お義母様。お義兄様のことだから、花嫁姿も見せたくないと仰られるかもしれませんよ?」
「兄上でも流石にそこまでは……」
「甘いわよ、レグルス。今のあの子をご覧なさい」
エルネインに蕩けきった熱い眼差しを向けるクロシュに、レグルスは気付かれないよう控え目に顔を背けた。確かにクロシュならばやりかねないと否定する要素が見つからなかったのだ。せめて女性陣の想定する未来がやってこないことを祈るしかない。
そんな弟の心知らず、当の兄であるクロシュはエルネインと手を繋ぎながら夜の庭を散歩していた。クロシュは全く問題ないが、夜の視界があまり利かないエルネインにとってはそうではなく、クロシュを頼りに一歩一歩進む姿は何とも可愛らしい。自然歩調もゆっくりになり、途中の四阿で一度休憩を取る。
「エルに伝えたいことがあるんだ」
目で先を促され、クロシュは手の平に乳白色の玉を乗せる。1の月の光が反射して、玉の中にもう一つの月が閉じ込められているようだった。
「これを、私にくれないか?」
そしてクロシュは自分の仮説を話した。最初は単純に聞いていたエルネインだが段々と驚きの表情になり、最後は眉間に皺を寄せたまま黙ってしまう。竜の自覚がなく育ってきたエルネインには難しい話だったが、それでも共に死を迎えられるという言葉には強い欲求を感じた。
「……それがクロシュ様の望みですか?」
「若い貴方には酷なことを強いていると分かってはいるけれど、それでも貴方の一生を誰かと分かち合う気はない。……私が怖い?」
狂気を隠さないクロシュの台詞にエルネインは本心から首を横に振った。エルネインもクロシュに負けないだけの気持ちを持っているつもりだ。だから、死を共に迎えられると言われた時は嬉しかったし、自分の力がクロシュの糧になるのなら喜んで分け与えたい。
「私はクロシュ様のものだから、クロシュ様のお好きなようにしてくだされば構わないの。だから、クロシュ様が決めたなら私は受け入れるわ。ううん、私が望んで貴方の一部になりたいの」
「エル……ありがとう」
どれだけ彼女は自分を夢中にさせるのだろう。今この瞬間にでも衝動のまま押し倒してしまいたい。これ以上ないほど愛しすぎて、どうにかなりそうだった。まさに殺し文句というやつである。なけなしの理性とあふれ出る欲望の狭間で葛藤しながら、クロシュは目を閉じた。けれども視界に入れなくても瞼の裏にはエルネインが焼き付き、続いて衣装に隠された丸みを帯びた肢体が浮かび上がる。そうすればますます分身は猛り、堂々巡りだった。
「クロシュ様?」
「いや、何でもないんだ。本当に、少しだけ待ってくれ」
蛇の生殺し状態である。荒くなる呼吸を深呼吸で整えつつ、思考は以前うっかり見てしまった父親の裸を思い出すことで逸らすことに成功する。瞬く間に萎えていくのを感じ取り、ほんの少しだけ父親に感謝したのは秘密だ。
律儀に待っていてくれたエルネインに向き直り、その手に玉を乗せてやる。
「エルが口移しで飲ませてくれないかな。その方が多分コントロールしやすいから」
何処かに触れているだけで、自身の力をエルネインから引き出せるが、どうせなら口でしたかった。男の邪な欲望に気付かないエルネインは、耳まで赤く染めながら了承する。
クロシュを跨ぐ形で膝を立てるとエルネインの方が目線が高くなる。心臓が煩いほど脈打ち、クロシュの頬にそっと手を添えた。底知れない黒の瞳に引かれるまま顔が近づいていく。こくりと喉が鳴った。
「愛してるよ」
至近距離でクロシュが囁く。
二人の唇が重なった。
エルネインの力は決して荒々しいものではなく、木の葉から差し込む柔らかな陽だまりのようだった。決してクロシュの内に潜む暗闇を焼き切ることはなく、同化するように少しずつ混ざっていく。ほんの短い時間だったが、クロシュの飢えた心は何時になく満たされていた。
反対の手でエルネインの後頭部を固定すると、心ゆくまでエルネインを味わう。急に動き出したクロシュの舌に驚き、一旦は引っ込めかけたのだが、それをクロシュは譲らない。巧みな動きに翻弄されるまま、ただ必死で絡め合う。
エルネインの中にクロシュの感情が流れこんでくる。満たされながらも、もっと欲しいと。自分と同じ感情を見つけたことが嬉しくて、どうしようもなく愛しかった。何時の間にかクロシュの膝の上に座りながら、幸せな息を洩らす。
「このまま一つになれたら……」
エルネインにとっては無意識に零れた言葉なのだろうが、クロシュはそうではない。エルネインに誘われたことが重要なのだ。ただでさえ外れかけた箍が秒読み段階に入る。
(結婚までは……いや、エルが誘ってくれるんだから、据え膳食わぬは男の恥!?)
そろそろと不埒な目的を持った手がエルネインの背から下を這い回ろうとするが、その前にエルネインが膝から降りてしまった。何を勘違いしたのか、中途半端に浮いた手は満面の笑みで引っ張られる。
「散歩の続きをしましょう!」
そう言われればクロシュが逆らえる筈もなく、残念な気持ちが9割と間一髪間に合ったことへの気持ち1割を抱え、クロシュは腰を上げた。




