Half awake
夫婦の人捜しは難航していた。元々純真な彼等は黒の者の言う事は全て疑えと教えられた通りに、全てを疑ってしまう。善良で教えていた人も疑われれば気分を害すのは当然のことで、彼等は早くも街の住人達から嫌われ者のレッテルを貼られていた。
「困ったね。これじゃあ、ゼファが何処に居るのか分からないや」
「お前はもう少し柔軟に考えろ。何でもかんでも疑っていれば、教える者も教えてくれなくなるぞ」
「そう言いながらカクスだって……」
「あいつらはお前に色目を使っていたじゃないか」
「そうだったの?でも、大丈夫だよ。私が愛してるのは君だけだから」
「俺も愛してるよ」
何処かで聞いたような遣り取りをする二人組に、同じ空間で食事をしていた者達は食傷気味であった。皿の半分以上を残して店を出て行く客も少なくはなく、店の主人が二人に睨みを効かせているのだが、残念ながら遠回しな物言いでは全く二人には通じない。主人が彼等を追い出せないのは、偏に彼等の落とす金額が相場を上回っているからだ。更にどちらも変人だが極上の美形であり、一目見ようとやって来る客も少なくない。なんだかんだで普段の5倍以上の収益が出るのだから文句も言えなかった。
そんな有り難いようで迷惑な客に近づく酔狂な者は当然ながら居なかったのだが、今日は違った。からんとドアベルを鳴らして入ってきたのは身なりの良い女性。一応、貴族や王城に勤める使用人達が客層の中心であるこの店では、着崩れていても客達の衣装は一般に見れば上等な生地が使われており、今来たような女性でも浮く事はない。
「今晩は、ご主人。頼んだものは出来ているかしら?」
「マァサか。今持ってくるから待ってろ」
大公邸に勤めているマァサだが、今は完全に休みなのか、支給される侍女服ではなく私服を纏っている。待っている間ただ立っているのも邪魔なので、適当な席に座ろうと店内を見回し、お嬢様?!と素っ頓狂な声を上げた。
今度は何事かと衆人の視線を集めたマァサが向かった先は件の二人組の元である。
「こんな所で何をなさっておいでですか?幾らご主人様が不在だからとこのような時間に出歩く行動はお控えくださいませ!」
”お嬢様”の手を取り、小声で滔々と言い聞かせるマァサ。突然の事にぽかんとしていた”お嬢様”だが、マァサの手を振り解くなり相席していた男性の後ろに隠れてしまう。
「お嬢様?」
「やめてよ!そうやって知人の振りして私を騙すつもりなんだっ」
「何を仰っているのです、お嬢様?私は」
「……それ以上妻に近づくな」
何処からか取り出した白い短剣の切っ先がマァサに向けられる。一瞬にして店内が殺気に包まれ、誰もが硬直状態に陥った。マァサは男の後ろに身を隠すお嬢様を”愕然”と見るが、何時もは優しい眼差しが今は敵愾心ばかりをこちらに向けている。男は”お嬢様”の手を取ると、食事代を机に置きさっさと店の扉を潜ってしまう。漸く解放されたマァサは”お嬢様”、と力なく呟いた。
その頃自室のものではなくクロシュのベッドで寝ていたエルネインは、自分の頬を辿る柔らかい感触に重い瞼を開いた。ぼんやりとした視線は、悪戯者の正体を見つけると口元に笑みを刷き、お帰りなさいと口にする。
「ただいま。起こしてしまったかな?」
「いいえ。これもきっと私の夢の続きだから」
「どうして?」
優しい手つきで頭を撫でられるのを幸せな気分で受け止めながら、エルネインはだって、と唇を尖らせる。
「クロシュ様が帰ってくるのは明日なんだもの。それに私が寂しいって思ったらクロシュ様が現れたんだから、夢に違いないわ」
「エルは寂しかったんだ?」
「そうよ。あ、でも本物のクロシュ様には秘密にしてね。お留守番も出来ない子だって思われたくないから」
立てた人差し指を自分とクロシュの口元に当てる。クロシュは可愛すぎる仕草に束の間思考を停止していたが、やがてエルネインを胸元に引き寄せた。
「私も貴方がいない時間は拷問に等しかったよ」
まるで本物のクロシュのような台詞にエルネインは笑ってしまった。夢の中だからなのか、多少大胆な行動を取っても普段感じる羞恥心が湧き起こらない。自らクロシュの首に腕を伸ばすと、いつもクロシュがするように唇を合わせた。戸惑うような様子に悪戯っぽく笑うと、見様見真似で舌を絡め、口内を探る。銀色の糸を引きながら離れると、驚きを隠せないクロシュの瞳と合った。
「ずるいな。……貴方の夢の中に棲む私は、いつもこんなことをされているのか」
「今日が初めてよ……んぅ?!」
お返しだと言わんばかりに激しく唇を奪われる。先程の口付けがまるで子供のように思えるくらい深いものだった。それだけでは飽き足らず、虚ろに胸を上下させるエルネインの肌をクロシュの唇が辿って行く。時折肌が痛いほど吸い付かれ、その度にエルネインは声を上げた。
「もう許して……」
流石に怖くなって泣き出してしまい、漸くクロシュは止めてくれた。
「ごめんエル。少し調子に乗り過ぎたかな」
「見えなくて怖かったの……」
クロシュの香りに包まれて、漸くエルネインは落ち着いてくる。思い出されるのは、大雨の夜のこと。普段は表面に出てくることは無いのだが、心の傷はまだ癒えるには至って居ないのだ。しゃくりあげながらエルネインは身体をクロシュに擦り付ける。
「全く貴方は無意識に私を煽る天才ですね……もう大丈夫だから眠るといい」
「……傍に居てくれる?」
「目を覚ましても傍に居るよ」
一定の感覚で背中を撫でられて、徐々に瞼が下がっていく。再び寝息を立てるまでに時間は掛からなかった。
翌朝。目を覚ましたエルネインの悲鳴が寝室に木魂したのは、言うまでもない。




