Prince on a black horse
誰もが恐れる黒いソレは、慣れ親しんだものだ。傍にあるのが当然のソレはとても優しいのに誰も気付いていない。
「”……”!」
伸ばした腕でソレを抱きしめる。愛しい、愛しい私の”……”。
「エル!」
「……クロシュ様?」
エルネインはふわりと微笑んだ。エルネインの手を自分の頬に当てていたクロシュはくしゃりと顔を歪める。
「……良かった!間に合った」
手の平に口付けをし、ベッドが軋むのも構わずエルネインを抱きしめる。胸に耳を当てればとくとくと規則正しい音が聞こえてくる。生きている証だった。
クロシュの髪を梳いていたエルネインは、自分が寝かされていることに気付き、ぼんやりと室内を見回した。窓から差し込む月明かりのお陰で部屋の様子がよく分かる。
「私、確か……」
思い出そうとするとずきりと頭に痛みが走った。それに気付いたクロシュがエルネインを横抱きにして自分の膝に座らせる。
「貴方は城内で襲われたんですよ。憶えていますか?」
「そうだわ。陛下の侍従の方に呼ばれて廊下を歩いてて、空を見ていたの。そうしたら」
首筋に強い衝撃を受けて気を失ったのだ。ならばこの胸に残るむかつきの正体は何なのか。
「眠り薬を使われたからだよ。我々にとっては一時の記憶を奪うだけで済むけれど、人と同じ今の貴方の身体には多すぎたんです。……危うく貴方を失うところだった」
自分では死にかけたという意識が全くないのだが、クロシュが嘘を言っているようにも見えない。事実クロシュからは小刻みの震えが伝わってくる。
「ごめんなさい」
「謝るのは私の方だ。また貴方を守れなかった。……また喪うところだった」
いくら力があっても、いざという時に役に立たなければ何の意味も無い。
自嘲を刻むクロシュの頬をエルネインは軽く引っ張った。
「ヘェル(エル)?」
「でも何度だって貴方は助けに来てくれるわ。それだけで十分なの」
エルレインはクロシュの背中に両手を回して、胸に頬を当てる。
「それに私は守られているよりも本当は一緒に戦いたいの。でも……貴方がそれを望まないのでしょうね」
「当然だ。私はエルを危険な目に合わせたくない」
「ええ、だから私は待ってるの。絶対に貴方が来てくれるって信じてるから」
一切の躊躇いも無く信じると言い切れる彼女は何て強いのだろう。そんな彼女の期待に応えられる自分で在りたいとクロシュは願う。この尊い存在を無くさない為に。
「…ー!」
暫く抱き合っていたエルネインはぴくりと身動ぎする。今呼んだのは確かに。
「兄上ー!」
今度ははっきりと届く。見上げれば、仏頂面したクロシュが居り、思わず吹き出してしまった。
「呼んでますよ、クロシュ様」
「面倒な」
と言いながらも、ベッドの足を1本折ると、声のする方角へ向けて投擲した。間を空けて悲鳴が届いてくる。
「大丈夫かしら、シグルス様」
「あの程度では傷一つつきやしないよ」
漸く場所を特定したらしい二人が下から声を張り上げ、何処かに消えてしまう。きっとここを目指して来るのだろう。案の定、大した時間を掛けずに扉が叩かれる。
「酷いですよ兄上!っと、無事でしたか、エルネイン嬢」
「エルネインもそこに居るのか?!」
シグルスを押しのけてエリオスが顔を覗かせる。クロシュの膝に乗るエルネインを見たエリオスはがきっと固まった。
「ご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて言わないでください。ただ貴方が心配だったんですよ。……?兄上の力が何故……」
「ぶ、無事で何よりだっ!それよりもよく似合って、ブヘッ」
「陛下!?」
「良くお似合いですよ、エル。実は今度の衣装の中に幾つか白を基調としたものを作らせていましてね。実は私と合わせたものもあるので、今度一緒に着て出かけましょう」
「え?あ、あの、喜んで。……それよりも陛下を踏んづけてますよ?」
「あはは、気のせいだよ。まだ薬が切れてないみたいだね。場所を移そうか」
エルネインを抱きかかえたまま、容赦なくエリオスを踏んづけて扉に向かうクロシュ。廊下に気絶している犯人を縄で引きずっていくのはやはりシグルスの役目だった。




