Darkness of the abyss
※10/16訂正
舞踏会は国王の入場が後れた他は概ね恙なく進行している。数回パートナーを変えて踊ったクロシュは五人の娘に囲まれていた。大広間の隣の広間には料理が並び、それぞれ好みの料理を皿に移して、好きな場所で食べることが出来る。そこから通じる1本の廊下を進んでいくと、踊り疲れた者達が、また一夜を楽しむ為に設けられた部屋へと通じている。扉に立てかけられた花瓶の花が無ければそこは使用中の表示であり、クロシュは部屋の中でも一番広い部屋を陣取っていた。
室内を満たす甘ったるい香りが鼻を刺激する。
「宜しいのですか?まだ宴は中盤ですわよ」
「夜は短い。お前達を相手にするには時間が足りぬ」
「まあ酷い。私たちは一晩だけのお相手ですの?」
「それはお前達次第だろう。私にお前達の素晴らしさを教えるが良い」
その言葉を皮切りに女達はそれぞれ動き出す。ここに淫靡な饗宴が始まろうとしていた。
呻くような嬌声を最後に女達は意識を失う。どれだけ視界や聴覚を侵されても、最後までクロシュの半身は垂れたままだった。それまでぴくりとも動かなかった顔面は、誰も見るものがいなくなった今は不快感を隠そうともしない。用をなさなくなった白手袋を放り投げ、女達の触れたシャツの袖や上着を引きちぎる。ズボンだけはそのままに、クロシュは部屋を出て行った。
大公に呼ばれて件の部屋に押し入った兵士の一人は後に、閣下は二度と怒らせてはいけない、と震えながら語ったとか。
『エル』
愛しさを隠そうともしない甘やかな声が私を呼ぶ。
『エル』
狂おしいまでに私を求める声が呼ぶ。
『エル』
今にも壊れそうな心が叫んでいる。
私はここに居ます。
クロシュ様……。
どくんと影を成す闇が脈打った。
最初に異変を感じたのは、エリオスだった。同じ竜で、唯一対等な力を有する王として、エリオスは周りの闇が濃くなったのを感じ取る。
「何だ、これは……」
自らのテリトリーである城内の闇が急激に塗り替えられていく。それは城内のみでは無く触手を伸ばすように王都へと、そして更にその周囲へと急速に飲み込んでいく。これ程大規模な闇を操れるのはただ一人しか知らない。
「まさか伯父上の?」
「陛下!一体何事ですか?」
漸く気付いたシグルス達が血相を変えてやって来る。エリオスは初めて感じる恐怖に身を竦ませた。何も知らない竜人達は奏でられる曲に合わせてくるくるとステップを踏み続ける。
「私の力では無い。これは恐らく」
「クロだな。この凍てついた感じはあいつしかいねぇ」
「ですが兄上は」
十五年前に力を無くしている。
嘗ては王だったクロシュがまだ年若いエリオスに王位を譲ったのは、竜のみが扱える闇の力の大半を失った為だ。そのお陰で本来の美しい竜の姿を取れなくなり、今は辛うじて翼が出せる程度の力しか持っていない。
「ここであれこれ詮索してても事態は変わらねぇ。まずはクロを探すぞ」
「伯父上は先程”花園”へ向かわれました」
「はあ?!」
エルネインが攫われたのを知らないガイスが不思議に思うのも無理は無い。だが場違いな大声は注目を浴びるには十分だった。
「続けよ!」
エリオスが両手を叩いて止まった音楽を再開させる。伴ってダンスを踊っていた者達も動き出したが、階上へと注意を向けているのは明らかだった。
「場所を変えましょう。父上はレライン達をお願いします」
「待てよ、シグ」
「私からもお願いします、お祖父様」
兄上の狙いはここなのです。
「……ったく。年寄りを顎で使いやがって」
年の功か、ガイスは表情こそ変えることは無かったが、視線が自然と厳しくなるのは仕方がない。二人に背を向けると、レライン達の元へ向かっていく。
玉座横の扉から大広間を出たエリオスとシグルスは、険しい顔つきのまま廊下を駆けていく。
「何故教えてくれなかったのですか?」
大方の事情を聞いたシグルスの一声はそれだった。
「あの時は時間が無かった。それに……大事にしたくなかったんだ」
エルネインの名誉を考えた末の結論なのだろう。シグルスはエリオスがそこまで考えていたことに内心驚いていたが、現状問い詰めている時間は無かった。
「今は伯父上の暴走を止めるのが先だ。私でも抑えきれない!」
当代一の力を持つエリオスが止められなければ誰も止めることは出来ない。それの意味するところは。
世界の崩壊。
一瞬脳裏に過ぎった考えを、頭を振って吹き飛ばす。
国中から闇という闇が集まろうとしていた。




