Birthday party
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祝賀会と言っても、一日で様々な行事が催される。午前の園遊会から始まって、昼餐会、祭事、茶会、そして舞踏会。全てに参加するのは国王だけで、エルネインがエリオスから受け取った招待状は一日の最後を締めくくる舞踏会のものだった。因みにクロシュは昼餐会と祭事以外の全ての行事での参加を命じられている。
「いっそ、旅行にでも行こうか。5年くらい二人でのんびり世界を旅するなんて素敵だとは思わない?」
「魅力的だけど、駄目よ。陛下が恥を掻いてしまうわ」
「私のエルに手を出す不届き者など放っておけばいいよ」
クロシュの機嫌は最悪だった。クロシュがエルネインに八つ当たりなどするわけはないが、部屋に充満するどす黒い威圧感はどんどん増している。そんな中で平然とお茶を飲んでいるエルネインが異常なのだ。
「……怒ってる?」
「そうだね。貴方の顔を曇らせる自分自身に腹が立っているよ」
断れない招待状が届いた時点で、裏に込められた思惑をクロシュは見抜いていた。あからさまにエルネインを同伴出来ないようにしているのだからそれも当然の事。
まだ諦めていなかったのかという思いと凶暴な怒りが脳内を支配する。
「よりにもよって仕立屋まで巻き込むか。薄汚い者共が」
クロシュ宛に今朝方届けられたのは、仕立屋の工房が全焼した事と、それに伴い仕立屋自身も大怪我をしたという報。他の名のある工房は祝賀会に伴う大量の注文に大忙しだろうし、三着を仕立てるには時間がない。エルネインの衣装も先日の侵入者に駄目にされてしまい、エルネインは現在手直しした既製品を身につけていた。自ら選び抜いた衣装を駄目にされた時のクロシュの怒りようと言ったら……危うく王都が全壊しかけた程である。
そこへ持ってきて、クロシュ単体の名で送られてきた招待状の数々は、火に油を注ぐようなものだった。膝の上に乗っているエルネインの存在が、辛うじて鎮静作用を備えているが、完全に消火するには暫く時間が掛かるだろう。
「今日は一日傍に居てくれ」
「お仕事はいいの?」
「どうでもいい。せいぜい困らせてやるよ」
「まあ、悪い人ね」
「そうでもなければやってられないさ。ねえ、エル。良いよね?」
困ったように周りを見るが、周囲は全員血走った形相で頷いた。その鬼気迫る何かを感じたのか、エルネインは大人しく了承する。どうやら王城への殴り込みは避けられたようだった。
「首尾良くやったな。これで、人間の女を連れてくる事はあるまい」
「だが、陛下からの招待状が届いたらしいぞ」
「何だと?あの小僧が!大人しくしておればいいものを」
とある邸の一室に集まって、六十代くらいの男達三人が密談を交わしていた。誰もが上等な衣装に身を包み、胸には黒の竜を模した紋章が輝いている。
「大方新しいゲームでも思いつかれたのだろう。相手にするだけ無駄だ、放っておけ」
「振り回される身にもなっていただきたいものだ」
「しかし、決め手に欠けるな。場は整えたが、閣下が我らの思い通りになるとも思えん」
「ならば思い通りにするまでよ。人間の女を狙えば良い」
そして男は愉快な事を思いついたと、立てた計画を披露する。確かにその計画が上手くいけば、どちらにも痛い目を見せてやる事が出来る。
「成る程。小僧の悪戯にも仕返しが出来て一石二鳥だ」
「早速人を手配せねばな。忙しくなりそうだ」
男達の企みは終わる事なく続く。
国王側からドレスは用意されているらしく、エルネインはシグルスの邸に行くだけで良かった。舞踏会が始まるのは9の月が昇ってからなので、支度を合わせれば昼過ぎに出れば良い。
他方、午前から招待されているクロシュはのんびりしている訳にもいかず、早朝から邸内は準備に追われていた。正装ともなればエルネインでは手伝えないので、徐々に着飾られていくのを傍で見ているだけなのだが事あるごとに感嘆の息を漏らすのを忘れない。その度にクロシュがエルネインを構うものだから、侍女達によってエルネインは別室に追いやられてしまった。
クロシュがやって来たのはそれから間もなくで、気を利かせて(単に見ていられなかっただけ)侍女達は下がっていく。
黒一色で作られた正装を着たクロシュはまさに歩く芸術だった。うっとりとした表情で見上げるエルネインに、まんざらでもないのかクロシュは朝から相貌が崩れている。
「……素敵です、クロシュ様」
「貴方の口から褒められる言葉こそが、私にとって最高の賛美だよ」
衣装に皺が出来ないよう、エルネインはそっと寄り添ったのだが、距離を詰めたがったクロシュの行動によって無駄に終わる。全てを奪うような口付けを落としてもまだ足らず、クロシュはエルネインを強く抱きしめる。
「エル。愛しているよ」
「私も愛してる」
不安がないと言ったら嘘になる。竜人というのは総じて美形で、何よりエルネインが持っていない、時間を持っている。クロシュの時間ではほんの僅かな時間で老いてしまうエルネインを、クロシュは最後まで愛してくれるだろうか。
「大丈夫だよ。私は既に一生分をエルに捧げている。むしろ私の方が先に愛想を尽かれるんじゃないかと不安だよ」
「そんなこと絶対にありません!私が愛してるのはクロシュ様だけだから」
回された腕に力がこもる。エルネインを見つめる目はいつだって優しい。
「本当に?」
「本当です」
「結婚してくれる?」
「……貴方が望むならいつでも」
「よし。分かった。直ぐしよう、今すぐに手配する」
「え?あ、今はちょっと……」
踵を返しかけたクロシュを慌ててエルネインが捕まえる。クロシュがエルネインを引き剥がせる筈もなく、何とか思い止める事に成功した。
「私の負けだ。今日が終わったら準備を進めるよ」
降参とばかりに、エルネインの背中を軽く叩くクロシュ。
「はい。待ってます」
「舞踏会は私とだけ踊ってくれる?」
「無理です。最初の一曲は陛下と踊らないと」
「駄目。許さない。絶対、エルは私とだけ踊るんだ。貴方が他の男と踊っているのを見たら、迷わず男を殺してしまいそうだ。喩え甥っ子でもね」
「クロシュ様……でも、私の初めてのお相手はクロシュ様なのだから、我慢してください。ね?」
一体いつの間にこんなに口が上手くなったのだろう。嬉しいような悲しいような、複雑な男心だった。
「分かった。但し、絶対に誰にも素肌を触らせないこと。それから一曲だけだ。それ以上は譲れない」
クロシュとしても苦渋の決断だった。エルネインは駄々っ子の言い分に笑いを堪えながら、了承のキスを贈る。
様々な思惑を載せた祝賀会が始まろうとしていた。




