Change of clothes
喩え力の大半を無くしても、クロシュが先代の王であり、純血の竜であることに変わりは無い。園遊会に集まっていた多くの女性達はクロシュの為に集められた者達だが、当のクロシュは普段は収めている威圧感を隠そうともせずにいるので誰も近づけない。
「大公」
「陛下。この度はお招きいただきありがとうございます」
おざなりに礼をしながらも苛立ちを隠さないクロシュの姿にエリオスは苦笑する。これでは大臣達の思惑も早々に頓挫しそうだ。
「この晴れやかな空に少々無粋であるぞ、大公。せめてその気を収めてはくれまいか」
「……仰せの通りに」
不機嫌さは変わらないものの、クロシュは威圧感を仕方なく収めた。ここでエリオスを立てなければ何の為に王位を禅譲したのか分からなくなってしまう。未だ年若い王に不満を燻らせる者は多いのだ。
圧迫感から解放された者達はあからさまな安堵を浮かべ、一人、また一人と群がるようにクロシュへと近づいていく。何某かの娘やら何某かの姪などどうでも良い女性が入れ替わり立ち替わりに挨拶をする。それらを適当にあしらいながら、クロシュは溜息を押し隠した。
いくつも開催される行事だが、その時々で参加出来る身分というのは大体決められている。園遊会であれば、下級貴族や王城に出入り出来る官吏や兵士、商人などだ。昼餐会では朝議に出入り出来る者達を、祭事ならば神殿に縁のある者、茶会では芸術家や研究家などの知識層から中級貴族が、そして舞踏会では大貴族や国の中枢を担う者達が招待されていた。中にはクロシュのように幾つもの行事に呼ばれている者もいるが、舞踏会を除いて基本は一人一行事である。
ブランチを軽く取ったエルネインは、約束された時間にシグルス邸の門を潜っていた。
「ようこそ我が家へ。既に妻達は準備を始めていますから、こちらへ」
挨拶もそこそこに、楽な身なりのレグルスがエルネインを招き入れる。女の支度は得てして男よりも長いもの。シグルスに通された場所は既に女達の戦場だった。
「レライン様。この度は場所をお貸しいただき……」
「挨拶は良くってよ。さあ、エルネインもこちらにいらっしゃいな」
まどろっこしい挨拶を遮るとレラインは部屋の奥へと連れて行く。頑張ってくださいとのシグルスの声援を背に扉が閉じられる。
「簡単にご紹介しますわ。右が一番上の娘、ケイニア」
「初めまして」
「中央が二番目の娘、ナナリエ」
「ごきげんよう」
「最後が三番目の娘、ココットよ」
「伯父様と結婚するのは私です!」
「……大目に見てやって頂戴」
敵意むき出しの挨拶に、レラインは眉根を下げた。気にしていないとを告げ、エルネインは三人の娘達に向き合う。
「初めまして、エルネイン・ロスェーナと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「此方こそよろしくね。こんな可愛らしい方とお知り合いになれて嬉しいわ」
親しげな返事をくれたのはケイニアだった。ナナリエは一瞥して視線を戻し、ココットはそっぽを向いてこちらを見もしない。エルネインは退出を示す一礼をし、レラインに促されて更に奥の扉を潜った。
「ごめんなさい。まともに挨拶も出来ない娘達で恥ずかしいわ」
「覚悟はしていましたから平気です。この程度で挫けていたら、今頃町に帰ってます」
「……それもそうね」
漸くレナインに微笑みが戻る。道具を持ってくるとレナインは席を外し、エルネインは部屋の脇に置かれた休憩用の椅子に腰掛けた。空には一つ目の月が顔を覗かせている。軽く頬を叩いて気持ちを引き締め、勢いをつけて立ち上がった。
「絶対に負けないんだから」
「うふふ。頼もしいわね」
「お姉様!」
扉の前に佇んでいたのは、クロシュの母、シエリナだった。挨拶代わりに抱きしめられる。
「今日は私達も参加するからレグルスに頼んだのよ。支度するにも人手が足りなくて」
「そうだったのですか。お姉様がいらっしゃれば心強いです」
「あらあら、素直な子ね。んもう、可愛いわ!」
ぶちゅうと聞こえてきそうな勢いで頬に口付けられる。流石に驚いたエルネインだが、シエリナが笑っているので良しとした。
「入るわよ、エルネイン。……あら、お義母様もこちらにいらしたんですか?」
「エルネインが居ると聞いたら、いてもたってもいられなくて。私の支度もこちらでするわ」
「畏まりました。ではそのように手配致しましょう。エルネインはこちらへ」
レナインに案内された先は湯殿だった。後は侍女に全てを任せてね、との含みを於いた言葉を貰う。エルネインは大人しく頷いたが、待ち受けていたのは拷問のような時間だった。




