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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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外の世界

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

ルナリスが五歩を歩いた日から、数日が経った。


「ジジ、そこ?」


「いる」


「動かないでね」


「動いてねぇよ」


居間の端で、ルナリスは壁から手を離した。


右足を少し前へ出し、つま先で床を探る。

何もないことを確かめてから足を置き、次は左足。


一歩、二歩。


歩幅はまだ小さい。


それでも、以前のように誰かに両手を支えられてはいなかった。


「あとどれくらい?」


「六歩くらい」


「分かった」


三歩。


四歩。


少し身体が傾く。


「ルナ」


椅子を引き、座っていたジジの腰が浮いた。


ルナリスは壁へ手を伸ばし、自分で身体を支える。


「……大丈夫」


「危なかったじゃねぇか」


「転んでないよ」


「転びそうだっただろ」


「シャイアが、転びそうになったら壁探すって」


「そうだけど」


「ジジ、座ってて」


「座ってる」


「いま立ったよ」


「……座る」


ジジが渋々椅子へ戻る。


ルナリスは再び壁から手を離した。


五歩。

六歩。


伸ばした手がジジの膝へ触れる。


「ついた!」


「ああ」


「今日は一人で!」


「……そうだな」


ルナリスが満足そうに笑う。

ジジはその頭へ手を置いた。


歩けるようになってから、ルナリスは何でも自分でやりたがるようになった。


寝台から降りるのも。

食卓まで行くのも。


水を取りに行くのも。


少し前まではジジに抱き上げられることが当たり前だった距離を、

自分の足で進もうとする。


そのたびにジジが後ろをついて歩くため、結局一人なのかどうかは怪しかった。


「今日もシャイアのとこ行くだろ?」


「行く!」


「今日は鍛錬所休みだから、俺も行く。支度しろ」


「ルナ歩いて行く!」


「診療所まで?」


「うん!」


「無理」


「なんで!」


「遠いだろ」


「歩けるよ!」


「家ん中と外一緒にすんな。目見えねぇんだから危ねぇだろ」


「……じゃあ途中まで」


「駄目」


「ちょっとだけ」


「駄目」


「ジジのけち」


「うるせぇ」


頬を膨らませたルナリスを、ジジはいつものように抱き上げた。


——————————————————————


「ずいぶん安定してきたわね」


診療所でルナリスの歩行を見ながら、シャイアが言った。


「もう一回!」


「休憩してから」


「まだ歩けるよ」


「歩けることと、休まなくていいことは別」


「……はぁい」


ルナリスが椅子へ座る。


「最近ずっとこんな感じ」


壁際にいたジジが言った。


「歩けるようになったのが嬉しいのよ」


「分かるけど。家でもずっと歩いてんの」


「いいじゃない」


「転ぶ」


「転ぶわよ」


「よくねぇ」


「だから転び方も教えてるの」


「転ばない方法教えろよ」


「無茶言わないで」


シャイアが呆れたように笑った。


「相変わらずだね、ジジ」


聞き覚えのある声がして、ジジが振り返る。

診療所の入口に、白い髪の青年が立っていた。


「……アグラディア」


「久しぶり」


「アグラディア!」


ルナリスが声の方へ顔を向けた。


「アグラディア、どこ行ってたの?」


「ちょっと出かけてたんだ」


「どこ?」


「父上の関係でね。少し遠くまで」


「ふぅん」


ジジはそれ以上聞かなかった。

アグラディアが小さく笑う。


「相変わらず興味ないねぇ」


「用事あったんだろ」


「まあね」


アグラディアはルナリスの前へしゃがんだ。


「脚、戻ったんだって?」


「うん!」


「歩けるようにもなったって、シャイアから聞いたよ」


「いっぱい歩けるよ!」


「それはすごいじゃないか」


「見て!」


「見せてくれるの?」


「うん!」


ルナリスはすぐに椅子から立とうとする。


「休憩中」


シャイアが止めた。


「ちょっとだけ!」


「駄目」


「……シャイアもジジと同じこと言う」


「一緒にしないで」


「何それ」


ジジが眉を寄せる。

アグラディアが声を漏らして笑った。


「元気そうでよかった」


「毎日これよ」


「いいことじゃないか」


シャイアの机に置かれた記録へ、アグラディアの視線が向く。


「足裏の感覚から始めたんだ?」


「ええ。見えない状態で歩くことになるから、まず自分の周りを知る方法から」


「なるほど」


何枚かの記録を眺め、アグラディアが感心したように頷く。


「さすがだね」


シャイアが横目で見る。


「何、その言い方」


「褒めてるんだけど」


「あなたが言うと何か引っかかるのよね」


「ひどいな」


アグラディアは笑ったまま記録を戻した。


「でも、これならもう少し世界を広げてもいいかもしれないね」


ジジが顔を上げる。


「世界?」


「うん」


アグラディアはルナリスを見る。


「ルナリス。今度、僕のところにも遊びに来る?」


「アグラディアのとこ?」


「児童所」


「……じどうしょ?」


ルナリスが首を傾げる。


「子供のエルフがたくさんいるところだよ」


「子供?」


「そう。ルナリスと同じくらいの子もいる」


「いっぱい?」


「いっぱい」


ルナリスの表情が明るくなる。


「行きたい!」


「待てって」


ジジが割って入った。


「ジジどうしたの?」


「どうした…って」


ジジはアグラディアを見る。


「まだ一人でまともに歩けねぇし、目も見えてねぇんだけど」


「分かっているよ」


「なら――」


「別に一人で放り込もうって話じゃない」


アグラディアの声は変わらず穏やかだった。


「今すぐ通わせようって話でもないよ。遊びに来てみたらどうかなってだけ」


「……」


「歩けるようになったなら、同じくらいの子と過ごすのもいい刺激になると思う」


「ルナ行きたい!」


「ルナはちょっと黙ってろ」


「なんで!」


「すぐ行きたいって言うじゃねぇか」


「行きたいもん!」


アグラディアが笑う。


「だってさ、ジジ」


「俺に振んなよ」


「嫌なら断っていいよ。無理に勧める気はないから」


「……考えとく」


「うん。それでいいよ」


あっさり引いたアグラディアに、ジジもそれ以上は何も言わなかった。


「アグラディア」


「ん?」


「ルナ、もう休憩終わった?」


「それは僕じゃなくてシャイアに聞こうか」


「シャイア!」


「あと少し」


「ええー」


診療所に笑い声が広がった。


——————————————————————


その夜。


「ジジ」


「ん」


「ルナのお人形知らない?」


食器を片付けていたジジが振り返る。


「寝台にいなかったか?」


「いない」


「昨日持って歩いてただろ」


「うん。でもどこ置いたか忘れた」


「机の下とかじゃねぇの」


「机の下?」


ルナリスが顔をそちらへ向ける。

机の位置は覚えている。


その下。


そこにあるのか知りたい。


ルナリスがそう意識した瞬間だった。


「……あ」


暗闇の中に、何かが浮かんだ。


ほんの一瞬。


机の脚。

床。

その奥に横たわる、小さな人形。


色も形もはっきりとはしない。


それでも、そこにあると分かった。


「ルナ?」


ジジが手を止める。

ルナリスは机へ向かって歩き出した。


「おい、急に――」


壁に手を添え、位置を確かめる。

机まで辿り着くと、その場にしゃがんだ。


手を伸ばす。


「あった!」


机の下から人形を抱き寄せる。

ジジが眉を寄せた。


「……なんで分かったんだよ」


「見えた」


「何が」


「お人形」


ジジの動きが止まる。


「……見えた?」


「うん」


ルナリスは人形を抱いたまま、自分の目元へ触れた。


「でも、もう見えない」


「……」


「変なの」


ルナリスは不思議そうに笑っている。

ジジは笑わなかった。


以前にも、一度だけ同じことがあった。


十三歳の自分しか知らないはずのルナリスが、

助けに来た二十八歳の自分を見たと。


ラガードの診療所で廊下に出た自分の場所が分かると。


あの時は、「千里眼の可能性はあるが安定していない」と言われていた。


「ルナ」


「なに?」


「今、何見ようとした?」


「お人形」


「見たいって思った?」


「うん。どこかなって」


ジジはしばらく黙っていた。

やがて、ルナリスの頭へ手を置く。


「……明日、シャイアに話すぞ」


「なんで?」


「一応」


「ルナ、変?」


「そういう意味じゃねぇよ」


頭を撫でる。


「分かんねぇから聞くだけ」


「そっか」


「うん」


ルナリスは安心したように人形を抱き締めた。


その白い髪の一房に、一瞬だけ淡い碧色が混じっていたことに、

ジジは気づかなかった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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