積み重ねた一歩
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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「教官って、何歳でゴールドになったんですか?」
休憩に入った鍛錬所で、候補生の一人が尋ねた。
木陰で水を飲んでいたジジが顔を上げる。
「二十くらい」
「二十!?」
周囲にいた候補生たちまで振り返った。
「……何」
「二十歳でゴールドだったんですか?」
「そうだけど」
「冒険者になったのは?」
「十五」
「五年で……」
候補生が呆然とする。
「どうやったんですか?」
「どうって」
ジジは水袋の口を閉じた。
「依頼やってたら上がった」
「それで上がれたら苦労しませんよ!」
「知らねぇよ」
「今はオリハルコンですよね?」
「ああ」
「ゴールドのあと、プラチナ、ミスリルって上がったんですよね?」
「そうなるな」
「なんでそんな他人事なんですか」
「ランク上げるために冒険者やってたわけじゃねぇし」
「じゃあ何のために?」
ジジは少し考えた。
「……金」
「金…」
「生きんのにいるだろ」
あまりにも簡潔な答えに、候補生たちが顔を見合わせる。
「こいつの話、参考にすんな」
後ろから声が飛んできた。
振り返ると、バルトが鍛錬所へ入ってくるところだった。
「ギルドマスター」
「何しに来たんだよ」
「様子見だよ。お前が候補生全員殺してねぇか確認しにな」
「殺さねぇよ」
バルトは鼻で笑い、そのまま木陰へやってきた。
「ギルドマスターは昔の教官知ってるんですよね?」
「ああ。嫌ってほどな」
「嫌って何だよ」
「そのまんまだ」
「ギルドマスターも冒険者だったんですか?」
「ああ」
「ランクは?」
「辞めた時はプラチナ」
「プラチナ!?」
また声が上がる。
「じゃあ、教官とも一緒に依頼へ?」
「こいつがゴールドだった頃よくつるんでた」
候補生たちが一斉に食いついた。
「教官、どんな感じだったんですか?」
「今と大して変わんねぇよ。人の話聞かねぇし、無茶するし」
「今は聞いてるだろ」
「じゃあ、あのダンジョンの話するか?」
「…どれ?」
「ガイアと三人で潜ったやつ」
その名前に、何人かが反応する。
「あの銀髪のエルフの人ですよね?」
「そうだ。あいつもプラチナだったな」
「…ガイアもいたっけ?」
「いたわ!お前、ほんと覚えてねぇな」
バルトは呆れながら話し始めた。
「下層にデカい魔獣がいたんだよ。
正面から突っ込むには厄介な場所だった」
「あー……」
ジジがようやく思い出したように声を漏らす。
「牙長いやつ?」
「それだ」
バルトが候補生たちを見る。
「ガイアの大鷹が上から周囲を見ててな。あいつ、鳥の見てるもんが分かるんだ」
「……どういうことですか?」
「そのまんまだ。自分じゃ見えねぇ場所まで見えてる」
候補生たちの視線がジジへ向く。
「本当なんですか?」
「ああ」
「それって……壁の向こうとかも?」
「ファルコが見てればな」
「何ですか、それ……」
「俺に聞くなよ」
「教官も大概ですね」
「何が」
バルトが笑う。
「で、ガイアがこいつに『右行け』っつったんだよ」
ジジが眉を寄せる。
「……なんか思い出してきた」
「だろ?」
「でも左の方が近かったんだよ」
「そう!それだよ!」
バルトが声を上げた。
「こいつ、ガイアに右行けっつわれたのに『左の方が早ぇじゃん』つって、
そのまま左へ突っ込んだんだ」
候補生たちがジジを見る。
「なんでですか?」
「だから近かったんだって」
「ガイアさんには何か見えてたんですよね?」
「今ならそう思うけど」
「当時も思え!」
「まだ今ほど信用してなかった」
「だからって勝手に行くな」
バルトが続ける。
「案の定、左側の死角にもう一体いやがった。ガイアが矢で一匹止めて、
こいつが正面の魔獣を仕留めたまではよかったんだが――」
「腹やったんだ」
ジジが自分の脇腹へ触れた。
「そうそう」
シャツの裾を少し持ち上げる。
左の脇腹から腹部へ斜めに、大きな古傷が走っていた。
候補生たちの表情が変わる。
「これですか?」
「それだ」
「これあん時か」
「自分の傷くらい覚えとけ」
「多すぎて分かんねぇ」
ジジは何でもないように裾を戻した。
だが、候補生たちが一度意識すると他の傷も目につく。
ジジは立ち上がった。
「休憩終わり」
まだまだ話を聞きたそうな候補生たちが渋々立ち上がる。
その中の一人が木剣を取りながら尋ねた。
「でも、そのダンジョンの時ガイアさん相当怒ったんじゃないですか?」
「怒ってたな」
ジジが木剣を肩へ乗せる。
「ガイアが治療してくれてる間、『だから右っつっただろ、この馬鹿!』って」
バルトが吹き出した。
「お前も『倒したからいいだろ』って言い返してただろ」
「倒したじゃねぇか」
「腹裂けてんだろうがって、またガイアに怒鳴られてたな」
「うるさかった」
「心配してたんだよ、あいつは」
候補生たちが笑う。
「今もガイアさんと一緒に戦うことあるんですよね?」
「半年くらいねぇけどな」
「今なら右って言われたら?」
ジジは木剣を構えた。
「右行く」
「即答」
「俺に見えてねぇもん見えてるから」
「昔は左行ったのに」
「昔は昔だろ」
バルトが僅かに笑った。
「ちったぁ成長したらしいな」
「うるせぇ」
ジジが候補生へ木剣を向ける。
「ほら。始めんぞ」
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夕方。
診療所へ入ったジジは、いつもの椅子にルナリスがいないことに気づいた。
「ルナ?」
「ここ!」
少し離れた場所から声が返る。
ルナリスは部屋の奥に立っていた。
すぐそばにはシャイアがいるが、身体には触れていない。
「ジジ、そこいて!」
「ここ?」
「動かないでね」
「ああ」
ルナリスが右足を前へ伸ばした。
つま先で床を確かめる。
一歩。
一度止まり、また前を探る。
二歩。
ジジは黙って見ていた。
「ジジ、そこ?」
「いる」
「あとどれくらい?」
「三歩くらい」
「分かった」
三歩。
四歩。
身体がぐらりと揺れた。
ジジの手が反射的に伸びかける。
「大丈夫よ」
シャイアの声に、その手が止まった。
ルナリスは自分で身体を立て直した。
そして、もう一歩。
伸ばした手がジジの服へ触れる。
「……ついた?」
「ああ」
「五歩?」
「五歩」
「歩けた!」
ジジはしゃがみ、その身体を抱き上げた。
「すげぇじゃん」
「昨日よりいっぱい!」
「そうだな」
「ジジ見た?」
「見た」
「全部?」
「全部見た」
ルナリスが嬉しそうにジジの首へ抱きついた。
「明日はもっと歩く!」
「焦んなって」
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その夜。
「ドーラ!」
酒場へ入るなり、ルナリスの声が響いた。
「はいはい、聞こえてるよ」
カウンターの奥からドーラが顔を出す。
「ルナ、今日五歩歩いた!」
「五歩も?そりゃよかったじゃないか」
「うん!」
「いっぱい食べな。歩くのだって腹が減るんだから」
「よ」
奥の席から聞き慣れた声がした。
「ガイア!」
ガイアが酒を片手に食事をしていた。
ジジはルナリスを抱いたまま向かいへ座る。
「ルナね、五歩歩いた!」
「歩いた?!」
「うん!」
「すげぇな、ルナ!」
「五歩はいっぱいだよ!」
「そうだな、いっぱい歩けたな」
「ガイア、草履できた?」
「まだ」
「まだぁ?」
「急かすな」
「この男、毎晩部屋でちまちま編んでるよ」
料理を持ってきたドーラがガイアを見ながら言う。
「ドーラ」
「ほんと!?」
「余計なこと言うなって」
「ガイア、ありがとう!」
「……まだ出来てねぇっつってんだろ」
ジジは料理へ手を伸ばしながら、ふと思い出した。
「今日、バルトがお前の話してた」
「俺の?」
「昔ダンジョン行った時の」
「どれだよ」
「俺が腹やったやつ」
ガイアの手が止まる。
数秒後、眉間に皺が寄った。
「ああ。右行けっつってんのにお前が左から突っ込んだやつな」
「でも倒した」
「腹裂けてりゃ世話ねぇだろ」
「それも同じこと言ってた」
「当たり前だろ」
ルナリスが二人の声へ顔を向ける。
「ガイア、ジジのこと怒ったの?」
「死にかけてんのに反省しねぇからな、こいつ」
「死にかけてねぇよ」
「黙れ」
「ジジ、ちゃんと言うこと聞かないとだめだよ」
「なんで俺が怒られてんの」
ドーラが声を上げて笑った。
「あれからはちゃんと聞いてんの?」
ガイアがジジを見る。
「どうだかな」
「聞いてるじゃねぇか」
「俺が右っつったら?」
「右行く」
「左が近くても?」
「右行くって」
ガイアが僅かに口元を上げた。
「ならいい」
「何なんだよ」
昔、身体に残した傷。
今日、ルナリスが踏み出した五歩。
どちらも、そこへ至るまでに積み重ねてきた時間の先にあった。
酒場には、しばらく三人の賑やかな声が続いていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




