見えない道
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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それから数日。
昼を過ぎる頃になると、
ジジはルナリスを抱いてシャイアの診療所へ向かうようになっていた。
「今日は立つかな」
「さあな」
「昨日は立たなかった」
「休む日だったんだろ」
「うん。足あったかくしただけ」
「それも仕事なんじゃねぇの?」
「そう!」
ルナリスが嬉しそうに答える。
「でも今日は歩きたい」
「それはシャイアに聞けよ」
「一歩だけ」
「俺に言っても駄目」
「えー」
診療所へ着くと、シャイアが二人を迎えた。
ジジはルナリスを椅子へ座らせる。
「シャイア、今日歩く?」
「まず脚を診てからね」
「一歩だけでも?」
「診てから」
「……はーい」
シャイアが足首や膝の状態を確認している間も、
ルナリスは落ち着かない様子で足先を動かしていた。
「ジジ」
「ん」
「鍛錬所、遅れるわよ」
シャイアの声に、ジジが立ち上がる。
初日のように長居することはなくなったものの、ルナリスの脚へ一度目を向けた。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい!」
「無理すんなよ」
「うん」
「シャイア」
「分かってるわよ」
「まだ何も言ってねぇけど」
「毎日同じだもの」
「……じゃあいい」
扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
ルナリスがくすくす笑った。
「ジジ、今日も言った」
「きっと明日も言うわよ」
「ルナもそう思う」
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温浴を終えたルナリスは、厚い敷物の上に立っていた。
両手はシャイアが支えている。
初日はすぐに震えていた膝も、
今では少しの間なら身体を支えられるようになっていた。
「もうちょっと」
「無理はしない」
「まだできるよ」
「じゃあ、あと少しだけ」
しばらくして、シャイアがルナリスを椅子へ戻した。
「今日はここまで」
「えー」
「昨日より長く立てたわよ」
「じゃあ歩ける?」
「まだ」
「なんで?」
ルナリスが口を尖らせた。
「脚、もうあるよ」
「あるわね」
「痛くないよ」
「ええ」
「立てるようにもなったよ」
「そうね」
「じゃあ歩けるよ」
シャイアはルナリスの前にしゃがんだ。
「ルナリス。歩く時って、脚だけ使うと思う?」
「足で歩くよ?」
「そうね。でも、それだけじゃないの」
シャイアはルナリスの右足を敷物の上へ置いた。
「今、この足の前に何があるか分かる?」
「……床?」
「触らないで分かる?」
ルナリスはしばらく考え、首を横へ振った。
「分かんない」
シャイアが足を少し前へ動かす。
つま先が敷物の端に触れた。
「ここから先は?」
ルナリスが足先を動かす。
「……硬い」
「木の床よ。じゃあ、ここに段差があったら?」
「転ぶ?」
「そうね。石があったら?」
「ぶつかる」
「そう」
シャイアはルナリスの足を戻した。
「ルナリスの脚はちゃんと治ってる。でも、まだ足元は見えないでしょう?」
「……うん」
「見えていれば、歩く前に段差や石を見つけられる。
でも今は、足で触ったり、音を聞いたりして、
自分の周りに何があるのか確かめなくちゃいけないの」
ルナリスは黙って聞いていた。
「だから、いきなり歩かせたくないのよ」
「……ルナ、歩けない?」
「そんなこと言ってないわ」
シャイアが笑う。
「歩けるようになるために、練習するの」
「いっぱい歩ける?」
「ちゃんと練習すればね」
「走れる?」
「それは歩けるようになってから」
「えー」
「順番」
「……はーい」
シャイアは敷物の端を指先で持ち上げた。
「じゃあ、今日は足で当てっこしましょうか」
「当てっこ?」
「そう。何を踏んでるか当てるの」
「やる!」
先ほどまでの不満そうな声が消えた。
シャイアに支えられながら、ルナリスは足裏で敷物に触れる。
「これは?」
「ふわふわ。敷物!」
「正解」
「やった!」
次は木の板。
平たい石。
布。
硬いもの、柔らかいもの。冷たいもの、温かいもの。
つま先で触れ、足裏で確かめるたび、ルナリスは楽しそうに答えていった。
次にシャイアは少し離れた。
「ルナリス」
「うん?」
「私はどっちにいる?」
顔が声の方へ向く。
「……右!」
「正解」
反対へ移る。
「今は?」
「左!」
「正解」
「簡単!」
「じゃあ、次はもう少し難しくしましょう」
診療所にルナリスの笑い声が響いた。
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夕方。
扉の開く音に、ルナリスがすぐ顔を上げた。
「ジジ?」
「ああ」
「おかえり!」
「ただいま。今日どうだった?」
「全部当てた!」
「何を?」
「床!」
ジジの眉が寄る。
「……床?」
「ふわふわと、木と、石!」
「何してた?」
「歩く練習!」
「歩いた?」
「歩いてない」
「……?」
ルナリスが笑った。
「ジジ分かってない!」
「分かんねぇよ」
シャイアが昼間の訓練について説明すると、ジジはルナリスの足元へ目を向けた。
「……ああ。そういうことか」
「脚が治っているからこそ、焦らない方がいいの。
見えない状態で安全に歩く方法も、一緒に覚えていかないと」
「そうだな」
ジジはルナリスの前にしゃがんだ。
「楽しかった?」
「うん!」
「よかったな」
「明日も床当てする!」
「明日は違うことをするかもしれないわよ」
「えー」
「ほら、帰るぞ」
ジジがルナリスを抱き上げた。
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家へ戻ると、玄関脇の壁にガイアが背を預けてしゃがんでいた。
足元には、細く裂いた植物の繊維を束ねた籠が置かれている。
「遅ぇ」
「何してんの」
「待ってたんだよ」
「何で」
ガイアが足元の籠を持ち上げた。
「こいつの草履作りに来た」
「ガイア!」
ルナリスが声の方へ顔を向ける。
「よ。今日はどうだった」
「いっぱい練習した!」
「歩いた?」
「まだ!」
「まだか」
「でも床全部当てた!」
「……何だそれ」
「ガイアも分かってない!」
ジジが鍵を開ける。
「俺もさっき同じこと言われた」
家へ入ると、ガイアは早速椅子へ腰掛けた。
植物の繊維を何本か取り、器用に編み始める。
「触っていい?」
「まだ駄目。崩れる」
「どんなの?」
「出来てからのお楽しみ」
ガイアの指が細い繊維を組み合わせていく。
その横でルナリスは今日の訓練について話し続けていた。
「ふわふわと、硬いのと、冷たいのがあったよ」
「冷たいのは?」
「石!」
「へぇ」
「全部当てた!」
「やるじゃん」
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「……おなかすいた」
ジジが窓の外を見る。
「もうそんな時間か。飯作るか」
立ち上がろうとすると、ガイアが編みかけの草履を机へ置いた。
「いい。俺が作る」
「お前が?」
「何だよ」
「いや、別に」
「魚ある?」
「あるよ」
「野菜は」
「ある」
「香草」
「庭」
ガイアが立ち上がる。
「使うぞ」
「ガイアがご飯作るの?」
ルナリスが尋ねる。
「そうだけど」
「ガイアの島のご飯?」
ガイアの足が止まる。
「……まあ、そんな感じ」
「食べたい!」
台所から包丁の音が聞こえ始めた。
やがて庭から摘んできた香草の匂いと、
魚の焼ける香ばしい匂いが部屋に広がる。
ルナリスが嬉しそうに鼻を動かした。
「いい匂い」
「…ジジ」
料理を作っているガイアの手が止まる。
「なんだよ」
「さっきから後ろうろうろしてんの邪魔なんだよ」
「ジジ、座って」
「……はいはい」
ジジが椅子へ座る。
ルナリスが笑った。
ほどなくして、焼いた魚と野菜が食卓へ並んだ。
香草をたっぷり使った料理から、いつもとは違う香りが立ち上っている。
「いただきます!」
ルナリスが一口食べる。
「おいしい!」
「気に入ったか?」
「ガイア、これ島でも食べてた?」
「ああ。似たようなのはな」
「他にもある?」
「いくらでもあるよ」
「食べたい!」
「今度作ってやるからな」
ジジも魚を口へ運ぶ。
ガイアが横目で見る。
「うまい」
「それだけ?」
「うまいって言ってんじゃん」
「作り甲斐ねぇな」
ルナリスが二人の間で笑った。
食卓の端には、まだ形になりかけたばかりの小さな草履が置かれている。
ルナリスはまだ歩けない。
それでも、歩けるようになる日のためのものは、少しずつ形になり始めていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




