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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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消えた記録

朝食を終えると、ジジとエレーンは

再び守備隊本部へ向かった。


昨日とは違い、エレーンの足取りに

大きな迷いはなかった。

それでも建物の中へ入る瞬間だけ、

無意識に肩へ力が入る。


ジジが横目で見る。


「平気?」


「ええ」


「なら行くぞ」


それだけだった。


二階へ上がり、昨日と同じ部屋へ入る。

ダンテは机の上に積み上げられた紙束の向こうから

顔を上げた。


「遅い」


「飯食ってた」


「呼ばれた人間が堂々と言うことじゃねぇ」


「朝飯は大事だろ」


「お前は昔から食うことだけは――」


ダンテは途中でやめ、エレーンを見る。


「まあいい。こっち来い」


机の脇には、昨日までなかった古い木箱が

三つ置かれていた。

蓋を開けると、中には黄ばんだ書類が

びっしりと詰まっている。

ジジが露骨に嫌そうな顔をした。


「……多くね?」


「十三年前から十七年前までっつったのはお前だ」


「こんなあると思わねぇだろ」


「帰っていいぞ」


「見る」


「なら黙れ」


エレーンは思わず小さく息を漏らした。

ダンテが一冊の綴じられた記録を机へ置く。


「十五年前を中心に、人攫い、行方不明、

 違法な奴隷売買。

 それからエルフが関わってる報告を拾った」


ジジの表情から、

先ほどまでの気の抜けた様子が消えた。


「何かあった?」


「それを今から確認する」


「呼んどいて?」


「俺一人で全部読めると思うか?」


「隊長だろ」


「隊長は古文書係じゃねぇ」


ダンテが紙束をジジの前へ押しつけた。


「読め」


「……めんどくせぇ」


「じゃあ帰れ」


「読むって」


ジジは渋々椅子を引いた。

エレーンもその隣へ腰を下ろす。

最初の一時間は、何もなかった。


家畜泥棒。

旅商人の失踪。

街道での盗賊被害。

喧嘩。

偽造通行証。


エレーンは一枚ずつ目を通しながら、

何度目か分からない紙をめくった。

隣ではジジが頬杖をついている。


「ちゃんと読んでる?」


「読んでる」


「今、同じ行を三回見ていたわよ」


「文字多すぎんだよ」


「書類なのだから当たり前でしょう」


「剣なら早ぇのに」


「書類と戦わないで」


向かいで別の記録を見ていたダンテが鼻で笑う。


「こいつ昔からそうなんだよ。

 依頼書も最後まで読まねぇ」


「必要なとこは読む」


「だから罠の注意書き見落としたんだろうが」


「生きてたからいいだろ」


「そういう問題じゃねぇ」


エレーンはジジを見る。


「本当にどうやってオリハルコンになったの?」


「剣で」


「でしょうね」


会話をしながらも、紙をめくる手は止めない。

何も出ない。

そのことに、

エレーンは少しだけ安堵している自分に気づいた。


見つけたい。


姉がどうなったのか知りたい。

けれど同時に、知るのが怖い。


生きている保証など、どこにもない。


「……エレーン」


ダンテの声で顔を上げる。


「お前の村、名前は?」


エレーンは一瞬黙った。


「……リュゼル」


久しぶりに口にした名前だった。


「どの辺りだ」


「ノーカルミアの北西。森を越えた先よ。

 小さな村だったから、人間の地図には

 載っていないかもしれないわ」


ダンテが別の帳簿を開く。


「綴りは?」


エレーンが立ち上がり、その横へ行った。

エルフ語で村の名を書く。

ダンテは紙と見比べながら、指を滑らせた。


「リュゼル……リュゼル……」


しばらくして。

その指が止まった。


「これか?」


エレーンの身体が固まる。

そこには確かに書かれていた。


――リュゼル。


ほんの一行。

たった一行だけだった。


「……これ」


エレーンが紙へ手を伸ばす。


××××年。


北西森林部。

エルフ居住集落、襲撃。

複数名の死亡。

住民の一部、消息不明。

詳細不明。


「これだけ?」


声が掠れた。

ダンテが黙って次の紙をめくる。


「今のところは」


「……村が一つ襲われたのよ」


「ああ」


「何人も連れて行かれた」


「ああ」


「なのに、これだけ?」


責めているわけではない。

それでも声が強くなった。

ダンテは言い返さなかった。


「十五年前だ。当時の守備隊が

 どこまで把握してたかは分からん」


エレーンは紙を見つめる。

村が焼かれたことも。

シエラの手を離したことも。

その後、自分がどこで何をされてきたかも。


この紙の上では、たった一行だった。

ジジが隣へ来る。


「他は?」


ダンテが眉を寄せた。


「それが変なんだよ」


「何が」


「ここ」


別の綴じ紐を指す。

途中だけ、紙の厚みが違う。


「この前後、番号が飛んでる」


ジジが見る。


「抜けてる?」


「ああ。七枚」


「最初から?」


「分からん。ただ、目録と枚数が合わねぇ」


ダンテが別の帳簿を開く。


「しかも消えてるのが、

 リュゼル襲撃の前後二週間だ」


部屋が静かになった。


エレーンがジジを見る。

ジジも紙を見つめている。


「誰かが持ってったってこと?」


「可能性はある。単純な紛失かもしれん」


「七枚まとめて?」


「だから変だっつってんだ」


ダンテは椅子へ深く座り直した。


「ただし、今の段階で何か決めつけるな。

 昔の書類だ。

 管理が雑だっただけかもしれねぇ」


「……ああ」


ジジは短く答えた。

それ以上何も言わない。

エレーンは再び、リュゼルという文字へ

目を落とした。


姉の名前はない。


生きているとも、死んでいるとも書かれていない。

何も分からなかった。


それでも。


自分の記憶の中にしかなかった村の名前が、

初めて目の前の紙に残っていた。


「……あったのね」


小さく呟く。

ジジが見る。


「何が」


「私の村」


「……ああ」


「時々、分からなくなるの」


自分でも、なぜそんなことを言ったのか

分からなかった。


「十五年も経つと……本当にあった場所なのか、

 自分が勝手に作った記憶なのか」


ジジは黙って聞いていた。


「でも、あった」


エレーンは一行の文字を指でなぞった。


「ここに書いてある」


「ああ」


ジジの返事は、やはり短かった。


けれど今は、それでよかった。

結局、その日はそれ以上の手掛かりは

見つからなかった。


日が傾き始めた頃、ダンテが書類を閉じる。


「今日は終わりだ」


「まだあるだろ」


ジジが言った。

ダンテが目を瞬く。


「お前がそれ言うのか?」


「何だよ」


「一時間前まで文字多いって文句言ってた奴が」


「まだ見つかってねぇ」


当然のように言う。

ダンテは一瞬黙ったあと、ため息をついた。


「続きは明後日だ。明日は古い記録庫を確認させる」


「分かった」


エレーンはジジを見た。


何でも面倒くさがる。

書類も嫌い。

細かいことも嫌い。


それなのに。


探すことだけは、面倒だと言わない。


「帰るぞ」


ジジが立ち上がる。


「ええ」


守備隊を出ると、夕方の風が頬を撫でた。

二人はしばらく無言で歩いた。


やがてエレーンが口を開く。


「ねえ」


「ん」


「明後日も来るの?」


「ああ」


「書類、嫌いなのでしょう?」


「嫌い」


「それでも?」


ジジが怪訝そうな顔をした。


「見つかってねぇ」


また同じ答え。


エレーンは少しだけ笑った。


「……そうね」


まだ何も分からない。

失われた七枚が何を意味するのかも。

シエラがどこへ行ったのかも。

ルナという人物が、今どこにいるのかも。


それでも今は、

一人で記憶を抱えていた昨日までとは、

少しだけ違っていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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