↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/139

帰ってくる場所

翌日は、守備隊へ行かなかった。


ダンテから

「記録庫をひっくり返すまで待て」

と言われたからだ。

朝食を終えると、ジジは庭先で剣の手入れを始めた。

エレーンは台所に残された食材を確認し、

棚の中を覗く。


「……少ないわね」


保存してある穀物はまだある。

だが野菜も果物も、ほとんど残っていなかった。

庭へ顔を出す。


「ジジ」


「ん」


「食材がないわ」


「そう?」


「そうよ。あなた今まで何を食べていたの?」


「適当に」


「その“適当”を聞いているのだけれど」


「パンとか肉とか」


「野菜は?」


「食う時もある」


「…………」


エレーンはため息をついた。


「買ってくるわ」


ジジの手が止まる。


「一人で?」


「ええ」


「場所分かんの?」


「この前歩いたでしょう」


「迷うなよ」


「子どもじゃないわ」


「好きにしろ」


あまりにも簡単に返され、

エレーンの方が少し戸惑った。


「……止めないの?」


「何で」


「いえ……」


自分から行くと言ったのだ。

止められる理由などない。


分かっている。


それなのに、何かをするたび

誰かの許可が必要だった時間が長すぎて、

まだ身体の方が追いついていない。


ジジが腰の袋から硬貨を何枚か取り出した。


「これ」


「......」


「金持ってねぇだろ、どーすんだよ」


エレーンの手へ硬貨を落とす。


「残ったの返して」


「……分かったわ」


「あ」


「何?」


ジジがポケットを探り、小さな鍵を一つ取り出した。


「これも」


エレーンは受け取った。


「鍵?」


「家の」


「…………」


「俺いなくても入れねぇと困るだろ」


それだけ言って、ジジはまた剣へ視線を戻した。

エレーンは手の中の鍵を見る。

小さな、古びた鉄の鍵。


「……私が持っていていいの?」


「渡しただろ」


「そうだけれど」


「失くすなよ」


「失くさないわ」


「ならいい」


会話はそこで終わった。

ジジにとっては、本当にそれだけのことらしい。

けれどエレーンはしばらく、

手の中の鍵を見つめていた。


一人で街を歩くのは久しぶりだった。

正確には――自分の行き先を自分で決めて、

一人で歩くのが。


誰かの後ろを歩く必要もない。

決められた場所へ向かう必要もない。

立ち止まりたければ立ち止まれる。


エレーンは露店の前で足を止めた。

赤い果実が籠いっぱいに積まれている。

その隣には葉物野菜。

さらに向こうには香草が吊るされていた。


「姉ちゃん、何か探してる?」


店主に声をかけられ、反射的に身体が固まる。


「……野菜を」


「何作るんだ?」


「まだ決めていないわ」


「なら今日は根菜が安いよ」


ただの商売の会話だった。

エレーンは少しだけ息を吐く。


「それを二つ」


「あいよ」


金を払う。

品物を受け取る。

それだけ。


誰も首元の痕について聞かない。

誰も腕を掴まない。

誰もどこへ行くのか尋ねない。


買い物を終えても、

エレーンはすぐには帰らなかった。

少しだけ街を歩いてみた。


小さな花屋があった。

エレーンの足が止まる。


鉢植えや切り花に混じって、

乾燥させたローズヒップが置かれている。


「…………」


家にもまだあったはずだ。

買う必要はない。

なのに、毎朝同じ赤い茶を飲んでいる男の顔が

浮かんだ。


「……本当に好きなのね」


誰に言うでもなく呟き、そのまま通り過ぎた。


まだ買わない。


そんなことをする理由もない。

エレーンは自分でも分からない線を引き、

家へ向かった。


森へ入る。


街の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。

やがて木々の向こうに、古い家の屋根が見えた。


その瞬間。


エレーンは自分が少し安心したことに気づいた。


「…………」


足を止める。


なぜ安心するのだろう。

まだ数日しか過ごしていない場所なのに。


門を抜ける。

庭にはジジの姿がない。


玄関へ行き、もらった鍵を差し込む。

回す。

鍵は開いていた。


人の気配――家の中にいるのか。

なぜか、妙な感覚があった。


「戻ったんだ」


奥から声がした。


ジジが台所から顔を出す。


「……いたの?」


「いるだろ。俺の家だぞ」


「庭にいなかったから」


エレーンは買い物袋を置いた。

ジジが中を覗く。


「何買った?」


「野菜と果物。あとは香草」


「肉は?」


「あるでしょう」


「少ねぇ」


「十分よ」


「足りねぇ」


「あなたが食べすぎなの」


「身体でかいから仕方ねぇだろ」


「言い訳になってないわ」


ジジは不満そうだったが、それ以上は言わなかった。

エレーンは買ったものを棚へ片付ける。


「お金」


「ああ」


残った硬貨を差し出す。

ジジは数えもせず、そのまま受け取った。


「確認しないの?」


「何を」


「金額」


「足りたんだろ」


「ええ」


「ならいい」


「…………」


本当に、この男は。

エレーンが呆れていると、ジジが何気なく言った。


「おかえり」


手が止まった。


「……何?」


「何が」


「今……」


ジジは既に棚からパンを取り出している。


「帰ってきたから言っただけだろ」


「…………」


「何だよ」


「何でもないわ」


エレーンは背を向け、野菜を並べ直した。

胸の奥が、妙にざわついている。


おかえり。


ただ、それだけ。

何の意味もない言葉。

帰ってきた者に言う、ごく普通の挨拶。


それなのに。

いつ以来聞いたのか、思い出せなかった。


「今日、私が作るわ」


エレーンは野菜を手に取った。

その手元を見てジジは怪訝な顔をした。


「何」


「肉がいい」


「却下」


「さっき買って来てただろ」


「私が作るのだから私が決めるわ」


「横暴だな」


「嫌なら自分で作れば?」


ジジが黙った。


「…………野菜でいい」


エレーンは思わず笑った。


「素直でよろしい」


「うるせぇ」


台所へ向かう。

後ろではジジが、何か食べるものはないかと棚を漁っている。


「今食べないで」


「まだ何も取ってねぇだろ」


「見れば分かるわ」


「見んなよ」


「ここ台所よ」


くだらない言い合いが続く。

エレーンは包丁を手に取りながら、

先ほどの言葉をもう一度だけ思い出した。


――おかえり。


まだ、この場所を自分の家だとは思っていない。

ジジを信用しきったわけでもない。

明日ここを出ていくことだって、できる。


それでも。


今日、自分は外へ出た。


そして、ここへ戻ってきた。

その事実だけは、不思議なくらい心地よかった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。