根付く日々
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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それから、穏やかな日々が続いた。
バインスに来た頃にはまだ冷たかった風も、今ではすっかり暖かい。
街路樹には青々とした葉が茂り、人々の装いも随分と軽くなった。
その間にも、ルナリスの脚は少しずつ形を取り戻していた。
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午前中、時間があればルナを連れて診療所へ寄る。
シャイアに脚の状態を診てもらい、特に変わったことがなければ、そのまま帰る。
午後になれば鍛錬所へ向かった。
「そこ、足止まってる」
ジジの木剣が、候補生の剣を横から弾く。
「あっ」
「腕だけで振んな。もう一回」
「はい!」
候補生が構え直す。
振り下ろされた剣を受け、そのまま押し返した。
「遅い」
「っ……!」
「次」
「ちょっと待ってください!」
少し離れたところで、そのやり取りを聞いていたルナが笑った。
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夕刻になれば仕事を終え、ルナを抱えて家へ帰る。
そのままドーラの店へ向かう日もあれば、家で食べる日もあった。
マーサが仕事を終えてからやって来て、台所に立つこともある。
ガイアはもっと気ままだった。
数日姿を見せないこともあれば、何の前触れもなく現れる。
「なんか食うもんある?」
「来て最初に言うことそれ?」
「腹減ってんだよ」
「ジジ、昨日のお肉あるよ」
「ルナ、それ俺の明日の昼飯」
「あるじゃねぇか」
「お前のじゃねぇよ」
そう言いながらも、結局は皿が一枚増える。
翌朝にはもういないこともあった。
そして忘れた頃に、またふらりと現れる。
何かが起こるわけでもない。
同じようで少しずつ違う日々が、静かに過ぎていった。
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ある日の夕方。
ジジは庭先にしゃがみ、伸びた枝を整えていた。
「ジジ」
「ん」
「これなに?」
少し離れたところに座るルナが、手元の葉に触れている。
「どれ」
「これ」
ジジは隣へしゃがんだ。
「ミント」
「みんと」
「葉っぱ、ちょっと擦って手の匂い嗅いでみ」
言われた通り、ルナが指先で葉を擦る。
その指を鼻へ近づけた。
「……すーってする」
「だろ」
「これ好き」
「じゃあ覚えとけよ」
「覚えた」
「ほんとかよ」
「ほんと」
ルナの手が隣の葉を探す。
「これは?」
「タイム」
「たいむ」
庭には、いつの間にかいくつものハーブが増えていた。
街で苗や種を見かけるたび、ジジが一つ、また一つと持ち帰ったものだった。
ローズマリーにミント、タイム、セージ。
カモミールも、以前より多く花をつけている。
「じゃあこれは?」
ジジが葉を一枚摘み、ルナの手に乗せた。
ルナは指先で形を確かめてから、鼻へ近づける。
「……ローズマリー」
「正解」
「やった」
「じゃあ次」
「まだあるの?」
「あるよ」
別の葉を渡す。
ルナはまた触り、匂いを嗅いだ。
少し考える。
「……せーじ?」
「正解」
嬉しそうに笑うルナの頭を、ジジが軽く撫でた。
ジジは庭へ視線を戻した。
少し前までは、土の見えている場所の方が多かった。
今は種類も背丈も違う草木が、それぞれ葉を伸ばしている。
風が吹けば、いくつもの香りが混じった。
「……似てきたな」
「なにが?」
「マリアの庭に」
ルナが顔を上げる。
「マリアの庭もお花いっぱいあった?」
「ああ。花も薬草も色々育ててた」
「カモミールも?」
「あった」
「ローズマリーも?」
「あったよ」
「ミントは?」
「それも」
マリアの庭には、季節ごとに違う花が咲いていた。
薬になるものもあれば、料理に使うものもあった。
ジジが植物の名前や扱い方を覚えたのも、あの庭だった。
今の庭は、それに比べればまだ小さい。
それでも、少しずつ面影を帯び始めていた。
「いい匂いだった?」
「そうだな」
「ここもいい匂い」
「ああ」
ルナは手元のミントへ顔を寄せた。
「もっと増やす?」
「そのうちな」
「増えたら教えて」
「分かったよ」
「ぜんぶね」
「分かったって」
ルナは満足したように笑った。
風が庭を抜ける。
カモミールの小さな花が揺れ、
その近くでローズヒップの枝が静かに葉を鳴らした。
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夕食を終えて間もなく、ルナは何度も欠伸をする。
「ジジ、ねむい」
「もう寝る?」
「うん」
ジジはルナを抱き上げ、寝室へ連れていった。
寝間着に着替えさせ寝台へ寝かせる。
「ジジは?」
「俺まだ仕事あるから。先寝てて」
「あとで来る?」
「来るよ」
「おやすみ」
「おやすみ」
掛布をかけると、ルナはほどなく寝息を立て始めた。
ジジは居間へ戻った。
机には、鍛錬所から持ち帰った書類が残っている。
候補生たちの訓練記録に目を通し、翌日の予定を書き込む。
一枚終えれば、また一枚。
思っていたより時間がかかった。
すべて片づけた頃には、家の中はすっかり静まり返っていた。
風呂を済ませ、灯りを落とし寝室へ戻った。
ルナは眠った時とほとんど同じ姿勢で寝ている。
寝返りを打ったのか、掛布が少し脇へずれていた。
「……風邪ひくぞ」
小さく呟き、掛け直そうと手を伸ばす。
その手が止まった。
「……?」
掛布の下から、小さなものが覗いている。
ジジは動かなかった。
数秒、そのまま見つめる。
「……は?」
足だった。
足首から続く小さな踵。
足の甲。
そして、その先に並ぶ五本の指。
ジジは寝台へ腰を下ろした。
確かめるように、そっと足先へ触れる。
温かい。
形もある。
もう片方を見る。
そちらにも同じように、小さな足があった。
「……ルナ」
返事はない。
「ルナ」
肩へ手を置く。
「起きて」
「んぅ……」
「起きろ」
「……ねむい」
「ルナ、足」
「……?」
「戻ってる」
眠そうだったルナの顔が止まった。
「……あし?」
「ああ」
ジジは掛布を退けた。
「全部戻ってる」
「……ほんと?」
「ああ」
「ほんとに?」
「ほんと」
ルナが勢いよく身体を起こした。
「どこ?」
「ここ」
ジジが手を取って導く。
ルナの指先が脛を伝い、足首へ触れる。
その先。
踵。
足の甲。
小さな指。
触れた瞬間、ルナの手が止まった。
「……ある」
「ああ」
もう一度触る。
一本目。
その隣。
「いち、に、さん、し……ご」
「五本あるよ」
「こっちも?」
「ある」
反対側の足へ手を伸ばす。
「いち、に、さん、し、ご」
五本目まで数え終わっても、ルナは手を離さなかった。
足の甲を撫で、踵を触り、また指へ戻る。
何度も確かめている。
「ジジ」
「ん?」
「これ、ルナの?」
「ああ」
「ほんとにルナの足?」
「ルナのだよ」
「……そっか」
それきり黙った。
ジジは隣に座ったまま待っていた。
やがて、小さく鼻を啜る音がした。
「……泣いてんの?」
「泣いてない」
「泣いてんじゃん」
「泣いてないもん」
声が震えていた。
ルナは顔を伏せたまま、両手を伸ばした。
「ジジ」
「ん」
「抱っこ」
ジジは何も言わず、その身体を抱き上げた。
ルナの腕が首へ回る。
ぎゅっとしがみついた途端、堪えていたものが切れたように泣き出した。
「足、戻った……」
「ああ」
「ルナの足、戻ったよ……」
「ああ。戻った」
「走れる?」
ジジの表情が僅かに歪んだ。
「……まだだよ」
「なんで……?」
「いきなり走ったら転ぶだろ」
「じゃあ練習する……」
「ああ」
「いっぱい練習する」
「ああ」
「そしたら走れる?」
ジジはルナの背中を撫でた。
「走れるよ」
ルナが泣きながら笑った。
「……やった」
ジジはその頭を自分の肩へ引き寄せた。
「ジジ?」
「……ん」
「ジジ泣いてる?」
「泣いてねぇよ」
「泣いてる」
「うるせぇな」
声が少し掠れた。
ルナが首元へ顔を埋めたまま笑う。
「ジジも泣いてる」
ジジはルナを抱く腕に力を込めた。
「……よかったな、ルナ」
「うん」
「よかった」
「うん……」
二人とも、しばらく離れなかった。
窓の外では夜風が庭を通り抜け、
いつの間にか根づいたハーブの葉を静かに揺らしていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




