いつもの夕暮れ
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
「――今日はここまで」
ジジが告げると、鍛錬所のあちこちから安堵したような息が漏れた。
候補生たちは木剣を下ろし、張っていた肩を緩めていく。
「使ったもん戻しとけよ。あと、ちゃんと身体ほぐしてから帰れ」
適当に手を振り、ジジは鍛錬所を後にした。
夕刻のギルドは、依頼を終えて戻ってきた冒険者たちで賑わっている。
受付へ向かう途中、見慣れた長い銀髪が目に入った。
「ガイア」
振り返ったガイアは、腰まである髪にわずかに土埃をつけていた。
「よ」
「依頼?」
「ああ。近くに出た魔獣の討伐」
「一人?」
「軽いやつだからな」
それだけ答え、ガイアは討伐証明を受付へ渡した。
二人で奥へ進むと、マーサの受付の前にルナがいた。
「ジジ!」
「終わったよ」
「ガイアもいる」
ルナは嬉しそうに笑った。
「ガイアもお仕事?」
「ああ」
「なにしてたの?」
「魔獣の討伐」
「強かった?」
「別に」
「大きい?」
「まあまあ」
次々と飛んでくる質問にも、ガイアは面倒がることなく答えている。
ジジが受付に肘をついた。
「腹減ったな」
「今日のご飯なに?」
ルナが聞く。
「今日は魚」
少し間があった。
「……また?」
「また?」
「ジジ、いつも同じご飯」
「昨日は肉だったじゃん」
「その前は魚」
「その前は?」
「肉」
「……」
マーサが小さく笑った。
「交互なのね」
「別にいいだろ。野菜も食わせてるし」
「おいしいよ」
ルナはそう言ってから、少し考えた。
「でも違うのも食べたい」
ジジは黙った。
「……じゃあ今日、ドーラんとこ行くか」
「行く」
「てめぇ、またルナ連れて夜に酒場行く気かよ」
ガイアが口を挟んだ。
「飯食いに行くだけだよ」
「帰りは夜になんだろ」
「近いじゃん」
「そういう問題じゃねぇ」
ガイアは小さく息を吐いた。
「違うもん食わせりゃいいんだろ。家で作れよ」
「急に言われても思いつかねぇよ」
「……」
ガイアの視線が横へ動く。
「マーサに作ってもらえば?」
「え?」
マーサが顔を上げた。
「料理得意じゃなかったっけ?」
「得意だけど……」
ジジもマーサを見る。
「今日、もう上がり?」
「う、うん。もうすぐ」
「じゃあ……頼んでもいい?」
「もちろん」
返事は少しだけ早かった。
「悪いな」
「いいよ。家に食材ある?」
「それなりに」
「じゃあ、あるもので作るよ」
「助かる」
マーサは頷きながら、ちらりとガイアを見た。
ガイアは既にルナの方を向いている。
何事もなかったような顔だった。
——————————————————————
ジジの家へ着くと、マーサは台所にある食材を一通り確認した。
肉に魚、卵。芋や玉葱、いくつかの野菜。乾燥させた香草も揃っている。
ルナにせがまれ、ガイアも付いてきた。
「ちゃんとあるじゃない」
「あるって言っただろ」
「もっと何もないのかと思ってた」
「俺をなんだと思ってんの?」
「でも……」
マーサは並んだ食材を眺める。
「ジジが普段何作ってるか、なんとなく分かる」
「だろ?」
「褒めてないよ」
「なんでだよ」
マーサは笑いながら袖を捲った。
「これなら買い足さなくても大丈夫。作ってるから、ゆっくりしてて」
「分かった」
ジジは上着を脱ぎ、ルナを抱き上げた。
「ルナ、風呂入るぞ」
「うん」
「先に入るの?」
マーサが振り返る。
「ああ」
「分かった。できたら呼ぶね台所使わせてもらうね」
「ああ」
ルナを抱えたジジが浴室へ向かう。
扉が閉まり、ほどなく水音が聞こえ始めた。
マーサは野菜を切っていた手を止めた。
振り返る。
ガイアは椅子に腰掛け、何食わぬ顔で頬杖をついている。
「ガイア!」
「……なにか?」
僅かに口元が笑っていた。
「分かってて言ったでしょ」
「何が」
「とぼけないで。私に作ってもらえばって」
「料理できんじゃん」
「できるけど!」
ガイアが小さく笑う。
「いつまでも進展しねぇんだもん」
「……余計なお世話」
「あいつ帰ってきたなら、攻めるしかねぇだろ」
「簡単に言わないでよ」
「八年だぞ」
「分かってる!」
思わず声が大きくなり、マーサは慌てて浴室の方を見た。
水音は変わらず続いている。
ガイアが楽しそうに目を細めた。
「人間のくせに気長だな」
「ガイアには分かんないの」
「分かりたくもねぇよ」
「だったら余計なことしないで」
「分かったよ」
あまりにあっさり返され、マーサが口を閉じる。
「……別に、しないでとは言ってないけど」
「どっちだよ」
「今日は……ありがと」
「はいはい」
「その顔やめて」
「なんもしてねぇだろ」
マーサは少しだけ頬を膨らませ、料理へ戻った。
やがて水音が止まった。
しばらくして、ジジが湯上がりのルナを抱えて戻ってくる。
「ガイア」
ルナが呼ぶ。
「あがったか」
薄手の部屋着に着替えたルナの長い髪は、まだしっとりと濡れていた。
ジジが椅子へ座らせ、乾いた布で髪の水気を取っていく。
それを見ていたガイアが手を伸ばした。
「貸せ」
「何を?」
「櫛」
渡された櫛を手に、ガイアはルナの後ろへ回った。
「毛先からやれよ。絡まってんじゃねぇか」
「いつもやってるよ」
「じゃあもうちょい丁寧にやれ」
「うるせぇな」
ガイアは長い髪を少しずつ梳いていく。
「痛くねぇか?」
「うん」
「ちょっと乾いてんな」
毛先を指で確かめると、腰の荷物から小さな瓶を取り出した。
「いい匂い」
「椿油」
「つばき?」
「髪につけんの」
掌に僅かに落として馴染ませ、毛先へ薄く伸ばしていく。
ルナが自分の髪を触った。
「つるつる」
「つけすぎると重くなるから、ちょっとでいい」
「ガイアも使ってる?」
「使ってるよ」
ジジが瓶を見る。
「そういや昔から使ってたな、それ」
「よく覚えてんな」
「宿舎いた頃、いつも置いてあったじゃん」
ガイアは小さく肩を竦めた。
「長ぇと手入れ面倒なんだよ」
「じゃあ短くすれば?」
「嫌だね」
「なんで?」
ルナが聞く。
「好きだから伸ばしてんの」
「ルナも長いの好き」
「じゃあちゃんと手入れしろよ」
「ジジがする」
「俺?」
「てめぇ以外誰がやんだよ」
ガイアが椿油の瓶をジジへ渡した。
「毛先だけな」
「分かったよ」
髪はもう十分整った。
それでもガイアはルナの後ろに座ったまま、今度は髪を三つに分け始めた。
「ガイア、なにしてるの?」
「三つ編み」
「できるの?」
「これくらいできるよ」
一本編み終える。
ルナが嬉しそうに触ろうとした。
「崩れるから待て」
今度は反対側から少し髪を取る。
「……まだやんの?」
ジジが聞いた。
「もう一本くらい」
「ルナの髪で遊んでない?」
「遊んでねぇよ」
そう言いながら、一本目とは違う編み方を始めている。
「それさっきと違う」
ルナが言う。
「よく分かったな」
「かわいい?」
「かわいい」
ルナは満足そうに笑った。
「……完全に遊んでんじゃねぇか」
「うるせぇな」
——————————————————————
食卓には、普段ジジが作るものとは少し違う料理が並んだ。
香草を利かせた肉と野菜の煮込みに、焼いた芋とチーズ。
卵と葉物を使った温かな一皿もある。
「家にあったやつ?」
ルナが聞く。
「そうだよ」
「ジジのご飯と匂い違う」
「同じ材料でも色々作れるの」
「へぇ」
ジジも一口食べる。
「うまい」
「ほんと?」
「ああ」
マーサの表情が僅かに緩んだ。
「今度作り方教えようか?」
「教えて。ルナにまた同じって言われるし」
「うん」
マーサが笑う。
その向かいでは、ルナの髪にいつの間にか細い編み込みが三本増えていた。
「……ガイア」
「なんだよ」
「いつ増やした?」
「さっき」
「飯食えよ」
「食ってるだろ」
ルナは気に入っているらしく、時々編み込みに触れている。
食事が半分ほど進んだ頃、ジジが思い出したように顔を上げた。
「そういやガイア」
「あ?」
「今度、診療所一緒に来てくれって」
「俺も?」
「ああ。この前ルナが、お前の周りにいる精霊感じてただろ」
ガイアがルナを見る。
「それが?」
「共鳴かもしれないって」
ガイアの眉が僅かに動いた。
「……共鳴?」
「アグラディアが言ってた。もう一回、実際に精霊呼んで確かめたいらしい」
「ふぅん……」
ガイアはしばらくルナを見ていた。
「いつ行くんだ?」
「まだ決めてない」
「じゃあ明日でいいだろ。予定ねぇし」
「いいのか?」
「別に構わねぇよ」
ルナが顔を上げる。
「ガイアも来る?」
「ああ」
「風の子、また呼んでくれる?」
「呼んでやるよ」
「たのしみ」
ルナは嬉しそうに笑い、また食事へ戻った。
その髪には、左右で形の違う細い編み込みがいくつも揺れている。
ジジはそれを眺めた。
「……お前、やっぱ遊びすぎだろ」
「本人喜んでんだからいいじゃねぇか」
「明日これ全部ほどくの俺なんだけど」
「頑張れ」
ガイアは知らん顔で食事を続けた。
ルナだけが、自分の髪を嬉しそうに撫でていた。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




