八年間
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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翌日。
昼を少し過ぎた頃、ジジはルナリスを連れて
ギルドへ向かった。
昨日までと違うのは、
依頼を受けに行くわけではないことだった。
結局、バルトに言いくるめられ
鍛錬所で候補生たちの指導をすることになった。
ギルドの建物が見えてくると、
ジジの足が少し遅くなった。
「ジジ?」
「何?」
「足、遅くなった」
「なってない」
「なったよ」
「気のせい」
ルナリスは抱かれたまま首を傾げた。
「お仕事、いやなの?」
「……面倒くせぇ」
「でも行くの?」
「まぁな」
「えらいね」
「ルナに言われると複雑だな」
そのままギルドへ入る。
受付嬢がジジを見るなり笑った。
「教官、初出勤ですね」
「その呼び方やめろ」
「もう候補生たち集まってますよ」
「……帰っていい?」
「ダメに決まってるでしょ」
奥から声が飛んできた。
マーサだった。
その隣には、見慣れない女性が一人いる。
栗色の髪を後ろでひとつにまとめ、
書類を抱えていた。
「来たわね」
「来たよ」
「その顔で?」
「どんな顔だよ」
「今すぐ帰りたいって顔」
「合ってる」
「初日くらいちゃんとしなさいよ」
マーサが呆れたように息を吐く。
隣の女性が笑った。
ジジがそちらを見る。
「誰?」
「クレア。同じ受付。私の二つ下」
「六年いるんだけど。
初対面みたいに紹介しないでよ」
「ジジ、受付の人間ほとんど覚えてないから」
「失礼だな」
「事実でしょ」
クレアがジジを眺める。
「何度か見たことはあるんだけどね。
ちゃんと喋るの初めて」
「そう」
「噂通りだ」
「何が」
「愛想ない」
「クレア」
マーサが笑いながら肘で小突いた。
「で、ルナリスは?」
「教えてる間、頼んでいい?」
「もちろん」
マーサが両手を伸ばす。
「おいで、ルナリス」
「うん」
ジジがルナリスを渡す。
「終わったら迎え来る」
「分かった」
「何かあったらマーサに言って」
「うん」
「じゃあ行ってくる」
「ジジ」
「ん」
「お仕事がんばって」
ジジが一瞬黙った。
「……いってくる」
その背中を、マーサが見送る。
廊下の向こうへ姿が消えるまで。
クレアが隣から覗き込んだ。
「嬉しそう」
「何が?」
「別に」
「何よ」
「八年経っても変わらないなと思って」
マーサの顔から笑みが消えた。
「仕事して」
「してるよ」
「手止まってるじゃない」
「マーサもジジ見送ってたじゃん」
「ルナリスを見送ってたの」
腕の中のルナリスが答える。
「ルナ、ここにいる」
「……そうね」
「なに?」
「何でもないわ」
クレアが吹き出した。
「五歳にも助けてもらえない」
「うるさい」
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二人が事務所へ戻る。
ルナリスを椅子に座らせ、
マーサは途中だった書類を広げた。
クレアも向かいの席につく。
「そういえば昨日、ガイアも来たんでしょ?」
「来たわよ」
「何年ぶり?」
「二、三年じゃない?」
「相変わらず?」
「相変わらず。口悪いし、自由だし」
「顔は?」
「それも相変わらず」
「見たかったなあ」
クレアが頬杖をつく。
「ガイアって、あの時も一緒にいたんだよね?」
マーサの手が止まった。
「あの時?」
「ほら。マーサがジジ好きになった時」
「ああ……」
「いたんでしょ?」
「いたわね」
「何してたの?」
マーサは少し考えた。
「……何してたかしら」
「ひど」
「だって覚えてないのよ」
「一緒に助けてくれたんじゃなかった?」
「そうだったと思う」
「ガイアかわいそう」
「仕方ないでしょ」
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八年前。
マーサがまだ受付に入って間もなかった頃だった。
仕事を終えたマーサは、一人で酒場へ寄っていた。
帰りが遅くなったのは、ほんの偶然だった。
酒場を出て、家路へ向かおうとしたところで、
数人の男に声をかけられた。
ただの酔っ払いだった。
相手にせず通り過ぎようとしたマーサの腕を、
一人が掴んだ。
「離して」
「ちょっとくらいいいだろ」
腕を振りほどこうとする。
別の男が道を塞いだ。
酒の臭いが近づく。
「やめてって言ってるでしょ」
声を強くしても、男たちは笑っていた。
掴まれた腕に力が入る。
身体を引き寄せられ、マーサが身を捩った。
服の襟元に指がかかる。
「やめて!」
布が引かれた。
その時だった。
少し離れた通りを、二人の男が歩いていた。
酒場からの帰りだった。
銀色の長い髪を揺らしていたエルフが足を止める。
「……あれ、新人の受付嬢じゃね?」
隣を歩いていた黒髪の男が視線を向けた。
「どれ」
「向こう。ギルドの」
数秒後には、二人とも進む方向を変えていた。
マーサの腕を掴んでいた男の手が、突然外れる。
「何す――」
男の身体が横へ引かれた。
「嫌がってんだろ」
低い声だった。
マーサが顔を上げる。
黒髪の青年が立っていた。
何度も受付で見たことがある。
二十歳にしてゴールドランクまで上がった冒険者。
ジジ・ガルシア。
「何だてめぇ」
別の男が詰め寄る。
その肩を、後ろからエルフが掴んだ。
「やめとけよ」
「離せ!」
「別にいいけど」
ガイアが手を離す。
男が振り返った。
長い銀髪。尖った耳。褐色の肌。
プラチナランク ガイア。
その顔を見た途端、動きが止まる。
「……ガイア」
「知ってんなら話早ぇな」
酔っていても、相手が悪いことくらいは分かった。
男たちは悪態をつきながら離れていった。
残されたマーサは乱れた服を押さえていた。
ジジが振り返る。
視線が一度、マーサの襟元へ落ちた。
すぐに自分の上着を脱ぐ。
「これ着て」
「……え?」
肩に上着が掛けられた。
大きな上着だった。
マーサの身体がすっぽりと隠れる。
「怪我は?」
「……ない、です」
「そう」
それだけだった。
ジジは特別なことをした様子もなく、ガイアを見る。
「送る?」
「その方がいいだろ」
ガイアがマーサへ向き直った。
「家、この辺?」
「……はい」
「歩ける?」
「はい」
「じゃあ行くか」
三人で歩いた。
ガイアが何か話していた。
ジジも何度か返事をしていた。
けれど、マーサはほとんど覚えていなかった。
肩に掛けられた上着が温かかった。
隣を歩くジジを何度も見た。
家の前まで着くと、上着を返そうとした。
「洗って返します」
「いいよ、そのままで」
「でも」
「明日ギルド行くから」
「……分かりました」
翌日。
マーサは丁寧に畳んだ上着を受付の下に隠して、
ジジが来るのを待っていた。
昼を過ぎて、ようやく扉が開いた。
「ジジさん」
「ん」
「昨日、ありがとうございました」
「何が?」
マーサは固まった。
「……昨日の」
「ああ」
ジジはようやく思い出したようだった。
マーサが上着を差し出す。
「これも」
「ありがと」
受け取って、それで終わり。
ジジはいつも通り依頼掲示板の方へ歩いていった。
マーサだけが、その背中をいつまでも見ていた。
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それから八年。
「……それで好きになったんだもんね」
クレアの声で、マーサは顔を上げた。
「悪い?」
「悪いなんて言ってないよ」
「顔が言ってる」
「ちょろいなって」
「クレア」
「だって上着で八年だよ?」
「上着だけじゃないわよ」
マーサは書類を揃える。
「その後の八年もあるの」
クレアの笑いが少しだけ静かになった。
「そうだね」
クレアがここへ来たのは六年前。
その頃にはもう、マーサはジジがギルドへ来れば
自然と目で追っていた。
依頼へ出れば帰還予定日を覚えていた。
予定を過ぎれば落ち着かなくなった。
それをクレアは六年間、隣で見てきた。
「でもさ」
「何?」
「今までとはちょっと違うよね」
「何が?」
クレアが事務所の扉を見る。
その向こうでは、
鍛錬所へ向かったジジが初めての仕事をしている。
「ジジ、教官になったじゃん」
「そうね」
「家も買った」
「うん」
クレアの視線がルナリスへ向く。
「その子もいる」
マーサも同じ方を見る。
ルナリスは二人の会話を気にすることなく、
机の上に置かれた木彫りの置物を指先で触っていた。
「前みたいに、
いつどっか行くか分かんない人じゃ
なくなったんじゃない?」
マーサは答えなかった。
「明日も来るんでしょ」
「……教官だからね」
「そういう意味じゃないの、分かってるでしょ」
マーサが小さく息を吐く。
「別に、何も変わらないわよ」
「そう?」
「そうよ」
「じゃあ八年目もそのまま?」
「クレア」
「はいはい」
クレアが書類へ戻る。
しばらくして、マーサも仕事を再開した。
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その頃。
鍛錬所では、候補生たちが綺麗に一列に並んでいた。
昨日、オリハルコンとミスリルの模擬試合を目の前で見せつけられた面々だった。
全員の表情が硬い。
ジジがその前に立っている。
「……何でそんな緊張してんの?」
誰も答えない。
「昨日のあれ、やらせねぇよ」
何人かの肩から露骨に力が抜けた。
「お前らにできるわけないだろ」
「安心させる言い方って知ってます?」
候補生の一人が言った。
「知らねぇ」
壁際で見ていたバルトが笑った。
「じゃあ始めろ、教官」
ジジが嫌そうに振り返る。
「それやめろって」
「仕事だ」
「分かってるよ」
ジジは候補生たちへ向き直った。
「とりあえず、一人ずつ構えて」
こうして。
六国唯一のオリハルコンによる、
本人がまるで望んでいなかった教官生活が始まった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




