長い話
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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ドーラの酒場を出ると、夜の空気は少し冷えていた。
昼間まで人の行き交っていた通りも静まり、
運河を流れる水の音が遠くから聞こえてくる。
ジジの腕の中で、ルナリスが小さく欠伸をした。
「眠い?」
「……眠くない」
「眠いだろ」
「まだ起きてる」
「そう」
ガイアが隣を歩きながらルナリスを見る。
「無理すんな。寝てろよ」
「家まで起きてる」
しばらくして、ルナリスの頭がジジの肩へ傾いた。
さっきまで時折聞こえていた声もなくなる。
ガイアが横目で見る。
「寝た?」
「ああ」
「早ぇな」
「今日は朝から出てたから」
「……それ先に言えよ」
「何で」
「こんな時間まで連れ回してんじゃねぇって話だよ」
「声でけぇよ。起こすぞ」
二人の声が揃って低くなった。
ルナリスは起きない。
ガイアもそれ以上は言わず、ジジの隣を歩いた。
やがてジジが一軒の家の前で足を止める。
「ここ」
ガイアが家を見上げた。
「……マジで家買ったんだな」
「何だよ」
「いや。マジお前が家持つとは思わなかった」
「俺も思ってなかった」
「だろうな」
ジジが鍵を開ける。
「入れ」
「ああ」
中へ入ると、ジジは灯りをつけ、
そのまま寝室へ向かった。
ガイアは居間に残った。
しばらくして、ジジが一人で戻ってくる。
「ルナ大丈夫そう」
「そりゃよかった」
ジジは水を用意して、一つをガイアの前へ置いた。
「酒は?」
「いらねぇ」
「珍しいな」
「話聞くんだろ」
「俺が話すんだよ」
「早く座れ」
二人がテーブルを挟んで座る。
酒場の喧騒はもうない。
ガイアは水を一口飲んだ。
「……で」
「ああ」
「何があった」
ジジは少し間を置いた。
「戻ったんだよ。ノーカルミアに」
それだけで話は通じた。
「ダンテが守備隊長になったから、
昔の資料も漁れると思って」
「最初から洗い直したわけか」
「そう」
ガイアは頷いた。
ジジがルナリスを探していたことは、
昔から知っていた。
一緒に手掛かりを追ったこともあった。
それでも見つからなかった。
「ダンテ、元気だった?」
「ああ」
「まだクソ真面目?」
「相変わらず」
「なら元気だな」
ガイアはコップを置いた。
「で?」
「戻ってすぐ、奴隷市場でエルフを見つけた」
「エルフ?」
「エレーンっていう」
「知らねぇな」
「北の森のエルフ」
「それで?」
「助けた」
ガイアが僅かに眉を上げる。
「……お前、ルナ探しに戻って何してんだよ」
「エルフが目の前で売られてんの見て放っとけるか」
「まあ、お前ならそうなるか」
「その後しばらく一緒に動いた」
そこからジジは話を続けた。
ノーカルミアで調べたこと。
エレーンと行動したこと。
ダンテの力も借りながら、
残っていた手掛かりを追ったこと。
そして、長く追い続けていた黒蛇へ辿り着いたこと。
ガイアはほとんど口を挟まなかった。
知っている話には何も言わず、
知らない名前や出来事だけを短く聞く。
話がルナリスへ辿り着いたところで、
机でジジの軌跡を確認していた
ガイアの指が止まった。
「……そこにいたのか」
「ああ」
短い沈黙が落ちる。
「最初からルナだって分かった?」
「…ああ」
「だろうな」
それ以上は言わず、続きを待った。
「でも、思ってたより小さかった」
「どうみても子供だもんな」
「それと…」
「目?」
ジジが少し黙る。
ガイアは急かさなかった。
酒場で一度見ただけで、
何かあることは分かっていた。
「潰されてる」
ガイアの表情から、僅かに笑みが消えた。
「両方?」
「ああ」
「誰に」
「黒蛇の医者」
「……何のために」
「力を使わせようとしてたらしい」
「力?」
「千里眼」
ガイアが黙った。
先ほどまでの気怠さが消える。
「……ルナに千里眼?」
「ああ」
「確かなのか」
「今のところ、可能性が高いって」
「誰が診た」
「ラガードの医者とこっちに戻って
シャイアとアグラディア」
ガイアの目が少し動く。
「シャイアって、
エルフ居住区で診療所やってる医者だろ」
「知ってんの?」
「顔くらいはな。
居住区の奴らとはあんま関わってねぇけど」
「アグラディアも?」
「白い髪のハイエルフだろ。児童所の所長やってる」
「ああ」
「何回か見たことある程度。
向こうは俺のこと知らねぇと思うけど」
「そうなんだ」
「で、その二人も千里眼だって?」
「ああ」
ガイアが少し考える。
「……白い髪だもんな、ルナ」
「ああ」
「ハイエルフか」
「その可能性も高いって」
「なるほどな」
ガイアは水を一口飲んだ。
「千里眼持ちのハイエルフなんて、
そういるもんじゃねぇぞ」
「アグラディアも言ってた」
「使えんの?」
「いや。見えたり見えなかったりする」
「本人の意思とは関係なく?」
「ああ」
「……そりゃ定期的に診せた方がいい」
「そのつもり」
ガイアは頷いた。
「それで目を潰したのか」
「まだわかんねぇけど」
「クソだな」
低い声だった。
「そいつは?」
「捕まえた」
「……そうか」
それで終わった。
ガイアは怒鳴らない。
何かを叩くこともない。
ただ、コップを持つ指先がしばらく動かなかった。
ジジが続ける。
「脚もない」
ガイアの目が上がった。
「……は?」
「両脚。膝から下」
今度の沈黙は長かった。
「黒蛇?」
「ああ」
「理由は」
「分からねぇ」
「ルナも覚えてない?」
「覚えてない」
ガイアは椅子へ深く座り直した。
目を伏せる。
「……よく生きてたな」
「ああ」
「だからあんな細ぇのか」
「ラガードにいた頃から少しずつ食わせてる。
今はかなり食える」
「酒場でも食ってたな」
「ああ」
「脚は?」
「戻る可能性が高い」
ガイアが顔を上げる。
「再生してんのか」
「始まってるらしい」
「そうか」
ほんの少し、ガイアの表情が緩んだ。
「なら、まだ救いはあるな」
「ああ」
再び静かになる。
窓の外から、運河の水音が届いていた。
「……それで、お前と一緒にいると」
「ああ」
「俺が育てる」
ガイアがジジを見る。
「迷わなかった?」
「何を」
「自分で育てること」
「別に」
返事は早かった。
ガイアはしばらくジジを見ていた。
「……そうか」
「何だよ」
「何でもねぇ」
「言えよ」
「面倒くせぇな」
「お前が聞いたんだろ」
ガイアが僅かに笑った。
「やっと見つけたもんな」
「……ああ」
ガイアはそれ以上何も言わない。
十年前から知っている名前だった。
ジジが何度も口にしてきた名前。
それが今、隣の部屋で眠っている。
「エレーンてエルフは?」
ガイアが聞いた。
「俺とルナがバインス来るときで出てった」
「どこ行った?」
「分かんねぇ」
「ルナと仲良かった?」
「ああ。ノーカルミアからずっと一緒だったからな」
「ふうん」
「ルナも気にしてる」
「そりゃそうだろうな」
ガイアは水を飲み干した。
器を置く。
「……長ぇ」
「だから言っただろ」
「長くなる、としか言ってねぇだろ」
「合ってたじゃねぇか」
「クソほどな」
ジジが鼻で笑った。
ガイアが立ち上がる。
「お前も、もう寝ろ」
「お前に言われたくねぇ」
「顔死んでんぞ」
「いつもだろ」
「それもそうだな」
「殴るぞ」
ガイアは気にする様子もなく玄関へ向かった。
「ドーラんとこ戻んの?」
「ああ」
扉へ手をかけたところで、ガイアが振り返った。
「明日、昼いる?」
「いると思う」
「じゃあ来る」
「何しに」
「ルナに会いに」
「今日会っただろ」
「まともに話してねぇ」
「ココナッツの話してたじゃん」
「それだけだろ」
「十分じゃねぇの」
「お前基準で決めんな」
ジジが眉を寄せる。
「あ、でも昼から俺とルナ
ギルド行くかもしれない」
「じゃあギルド行く」
「何で」
「てめぇ耳ついてんの?」
ガイアが笑った。
「じゃあな」
扉が開く。
夜の空気が流れ込んだ。
「ガイア」
「何」
ジジは少し間を置いた。
「……帰ってきたんなら、しばらくいる?」
ガイアが振り返る。
「ああ」
「そう」
「何だよ」
「別に」
「聞いといてそれかよ」
「確認しただけ」
ガイアはしばらくジジを見ていたが、
やがて口元を僅かに上げた。
「しばらくいるよ」
「ああ」
「じゃあ明日な」
扉が閉まった。
甘い香りが、僅かに部屋へ残る。
ジジは灯りを落とし、寝室へ戻った。
寝台では、ルナリスが変わらず眠っている。
掛け物を直し、その隣へ横になる。
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一方、酒場へ戻ったガイアは、
二階へ上がる前にドーラに見つかった。
「遅くなるんじゃないって言っただろ」
「うるせぇなぁ。戻ってきたからいいだろ」
「ほんとにあんたは…顔は一級品なのに口が悪い。
ほれ、鍵」
ドーラに鍵を渡され、ガイアは階段を上がった。
二、三年ぶりに戻ったバインス。
昔から知る男は家を持ち、その家には、
十五年前から探し続けていた少女が眠っていた。
随分と長い話だった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




