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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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81/144

甘い香り

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

ジジの手が止まった。

開いた扉から夜風が入り、酒場の中に甘い香りが広がっていく。


入口近くの席で、何人かが顔を上げた。


「……おい」


「あれ、そうだよな?」


「戻ってきたのか」


「いつだよ。全然見なかったぞ」


「また急だな」


別の席からも声が上がる。


「ミスリルの?」


「ああ。あの褐色のエルフだろ」


「まだどっか放浪してるって聞いてたけど」


「あの匂いなら間違いねぇよ」


店内のあちこちから視線が集まった。

開いた扉から、一人のエルフが入ってくる。


褐色の肌に、腰まで流れる銀色の髪。鷹のような金色の瞳。

長い耳にはいくつかのピアスが光っている。

周囲のざわめきを気にする様子もなく、店内を見回した。


その視線が止まる。

ジジと目が合った。


口元がわずかに上がる。

そのまま真っ直ぐ歩いてきた。


「よ」


ジジの前で足を止める。

一度、ジジを見る。

それから、その隣へ視線を落とした。


「……半年見ねぇ間に、随分面白ぇことになってんな」


「俺が聞きてぇよ」


「帰ってきたと思ったらガキ連れてて、親になったらしいってな」


空いていた椅子を引き、エルフはジジの向かいへ座った。


「なってねぇ」


「……は?」


「そういう噂だぞ。何やってんだお前」


「噂が勝手にそうなってんだよ」


「じゃあ何だよ」


「色々あんだよ」


「相変わらず説明下手だな」


ジジは食事へ手を戻した。


「いつ戻った」


「さっき」


「どっから」


「西」


「雑だな」


「てめぇに言われたくねぇよ」


ルナリスは食べる手を止め、二人の声を聞いていた。


「ジジ」


「ん」


「誰?」


ジジが向かいを見る。


「茶色いエルフ」


一拍置いて、低い声が返る。


「……お前、久々に会って紹介がそれかよ」


「間違ってねぇだろ」


「名前くらい言え」


「自分で言えよ」


「ほんと雑だな」


ルナリスが小さく笑った。


「名前なに?」


「ガイア」


ジジが答えた。


「ガイア?」


「ああ」


ガイアはルナリスへ顔を向けた。

椅子を離れると、ルナリスの前でしゃがむ。


「ガイアだ。よろしくな」


「ガイア」


「そう」


「エルフ?」


「ああ」


「茶色いエルフ?」


ガイアがジジを見る。


「おい」


「俺に言うな」


「お前が言ったんだろうが」


「茶色い?」


ガイアは自分の腕を見る。


「まあ、確かに茶色いな」


ルナリスが少し鼻を動かした。


「甘いにおいする!」


「ん?」


「ガイア、いいにおい」


「ああ。気に入ったか?」


「うん」


「ココナッツとプルメリアの香りだ」


「ここなっつ? ぷるめりあ?」


「南の島にある木の実と花だ」


「ガイアのところにある?」


「ああ」


「どんなの?」


「ココナッツはでかい実。プルメリアは花だ。白くて真ん中が黄色い」


「ここなっつ食べれる?」


「食える。中の水も飲めるぞ」


「おいしい?」


「うまい」


「食べたい」


「見つけたら食わせてやるよ」


ルナリスが笑った。

ガイアもわずかに笑い、立ち上がる。

ジジが言った。


「ほんとお前いい匂いだな」


ガイアが振り返った。


「久々に会ってそれかよ」


「褒めてんだろ」


「知ってる」


ガイアは椅子へ戻った。


「ドーラ!」


厨房へ声をかける。


「飯!」


奥から顔を出したドーラが目を丸くした。


「あんた! いつ帰ってきたんだい!」


「さっき」


「また随分ふらふらしてたねぇ」


「腹減った」


「帰ってきて最初がそれかい」


「久しぶり。飯」


「取ってつけたみたいに言うんじゃないよ!」


ドーラは呆れながらも笑っていた。


「肉でいいのかい?」


「多め」


「はいはい。ちょっと待ってな」


厨房へ戻っていく背中を見送り、

ガイアはジジへ向き直った。


「で、このちっこいのは?」


「ルナ」


「……ルナ?」


「ああ」


「…………」


ガイアの目がジジへ向く。


「……って、ルナ?!」


「何だよ」


「マジか。見つけたのか」


「ああ」


ガイアの表情から、

先ほどまでの気怠さが少し消えた。


「どこにいた」


「ノーカルミア」


「……は?」


「ノーカルミア」


「聞こえてる。なんでそんなとこにいんだよ」


「長くなる」


「だろうな」


ガイアはそれ以上聞かなかった。

ルナリスを見る。


目元を覆う布。

小さな身体。

視線がそこに留まる。


それから、ジジへ戻った。


「お前どこ寝泊りしてんの」


「何で」


「話聞く」


「ここでいいだろ」


「よくねぇよ」


短く返して、ガイアは酒場の中を見回した。


酒を飲む者の声。

食器の音。

仕事帰りの男たちの笑い声。


「こんなとこで聞く話じゃねぇだろ」


ジジがガイアを見る。


「まだ何も言ってねぇ」


「見りゃ分かる」


ガイアの視線が、もう一度ルナリスの目元へ向く。


「何もねぇ訳ねぇだろ。そんなもん巻いてんだから」


ジジは何も返さなかった。

ガイアも、それ以上は聞かない。


「飯食ったら行くぞ」


「勝手に決めんな」


「じゃあここで話すか?」


「……分かったよ」


そこへドーラが料理を持ってきた。


「ほら、肉多め」


「ありがと」


「今日は二階使うのかい?」


「後で戻ってくる」


「どこ行くんだい?」


ガイアがジジを顎で示した。


「こいつんとこ」


「そうかい」


ドーラはそれ以上聞かなかった。


「あんまり遅くなりすぎるんじゃないよ」


「分かってる」


ガイアが食事を始める。

ルナリスがその音を聞いていた。


「ガイアもいっぱい食べる?」


「食うよ。腹減ってるからな」


「ルナもいっぱい食べる」


「そうか」


「いっぱい食べていいって言われた」


ガイアが一瞬ジジを見る。


「誰に?」


「……」


ルナリスが答える前に、ジジが口を開いた。


「それも後で話す」


ガイアは数秒ジジを見た。


「あっそ」


それだけ言って、料理へ戻る。

しばらくして、ガイアがふとルナリスを見た。


「眠くねぇのか」


「眠くない」


「本当かよ」


「お昼寝した」


「どんくらい」


「いっぱい」


「いっぱいじゃ分かんねぇな」


「元気だよ」


「ならいいけどよ」


ガイアは肉を切りながら、ジジへ目を向けた。


「つーか、事情あんのは分かったけど、

 こんなちっこいの夜の酒場に連れてくんなよ」


「飯食いに来ただけだ」


「飯くらい家で食わせろ」


「今日は診――」


ジジが言葉を切った。

ガイアが眉を上げる。


「今日は?」


「……色々あったんだよ」


「またそれか」


「後で話すっつってんだろ」


「なら早く食え」


ガイアはそれ以上追及しなかった。

ルナリスが聞く。


「ガイア、怒ってる?」


「別に」


「ジジに怒ってる?」


「ちょっとな」


「何で?」


ガイアはルナリスへ顔を向けた。


「こいつ雑だから」


「雑?」


「色々」


「お前に言われたくねぇ」


「うるせぇ」


ルナリスが笑った。

ガイアも少しだけ口元を緩める。


「まあ、元気ならいい」


「元気」


「なら食え」


「うん」


ルナリスはまた食事へ戻った。

その横で、ジジも黙って食べている。


ガイアが二人を見る。


「……で、お前」


「何」


「家買ったって聞いたけど…」


「ああ」


「お前が?」


「何だよ」


「いや」


ガイアは水を飲んだ。


「随分変わったなと思って」


「そうか?」


ガイアはまた料理を口へ運ぶ。


「全部聞いてから決める」


「何をだよ」


「色々」


「お前もそれ使ってんじゃねぇか」


「便利だな、これ」


「返せ」


ガイアが小さく笑った。

ルナリスは二人の声を交互に聞いていた。


少し違う。

マーサといる時とも、バルトといる時とも違う。

ジジはガイアと話している時だけ、少し言葉が多い。


「ジジ」


「何?」


「ガイアと仲いい?」


ジジが止まる。


「まあな」


「まあって何だよ」


ガイアが言う。

ルナリスが笑う。

ジジも小さく息を漏らした。


「仲いい?」


もう一度聞かれる。


「長いだけだよ」


「何年?」


「……俺が十八の時からだから・・・十年」


ガイアが横から答える。


「俺からしたら大した年数じゃねぇけどな」


ガイアはそう言いながら、残っていた肉を口へ運んだ。

甘い香りが、テーブルの周りに残っている。


食事が終われば、三人で家へ向かう。


そこで何を聞くことになるのか。

ガイアはまだ、何も知らなかった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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