午後の教官
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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診療所を出た頃には、昼が近くなっていた。
「ジジ」
「何?」
「お腹すいた」
「知ってる」
「なんで?」
「さっきから腹鳴ってる」
ルナリスが少し笑った。
「市場寄ってくか」
「お肉ある?」
「あるだろ」
「パンも?」
「ある」
「果物は?」
「食いすぎんなよ」
そう言いながら、ジジは市場の方へ足を向けた。
昼時の市場は人が多かった。
ジジは片手でルナリスを抱いたまま、昼食になりそうなものをいくつか買った。
肉と野菜を挟んだパン。
小さく切られた果物。
ルナリスには温かいスープ。
「買ったの全部食べていい?」
「食えるならな」
「食べれる」
紙袋を抱え直し、そのままギルドへ向かった。
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昼時のギルドは、朝より人が少なかった。
依頼へ出た冒険者が多いのだろう。
受付を通ると、マーサが気づいた。
「ジジ。ルナリス」
「バルトいる?」
「いるわよ。今なら執務室にいると思う」
「行っていい?」
「大丈夫。昼食もまだのはずよ」
階段へ向かおうとすると、ルナリスが声を上げた。
「マーサ」
「なあに?」
「今日アグラディアに会った」
「あら。どうだった?」
「アグラディア白い髪なんだって」
「そうなの?」
「ルナリスと同じ」
「それはよかったわね」
「おそろい」
ルナリスが嬉しそうに言う。
マーサも笑った。
「あとでお話聞かせてね」
「うん」
ジジは階段を上がり、バルトの執務室へ向かった。
扉を叩く。
「おう、入れ」
中から声がする。
扉を開けると、机に向かっていたバルトが顔を上げた。
「お、戻ったか」
「ああ」
「診察どうだった?」
「長くなる」
「なら座れ。俺もちょうど腹減ってた」
ジジが持っていた紙袋を見て、バルトが立ち上がる。
「俺の分は?」
「ねぇよ」
「買ってこいよ!」
「何でお前の昼飯まで買うんだよ」
「俺んとこ来るなら気ぃ利かせろ!」
「知らねぇ」
バルトは文句を言いながら棚を漁り、残っていたパンを持ってきた。
ジジは長椅子に座り、隣にルナリスを座らせる。
「スープ熱くねぇか?」
容器を確認してから渡す。
「大丈夫」
「ゆっくり食えよ」
「うん」
三人の昼食が始まった。
バルトがパンを齧る。
「で?」
ジジも肉を挟んだパンを一口食べる。
「ルナリスは、ハイエルフの血を引いてる可能性が高いって」
バルトの手が止まった。
「……ハイエルフ?」
「ああ」
「アグラディアがそう言ったのか?」
「シャイアも同じ見立て」
「そうか……」
バルトがルナリスを見る。
「髪も関係あんのか?」
「あるらしい。白い髪は特徴の一つだって。ただ、それだけじゃねぇ」
ジジは診療所で聞いたことを順に話した。
脚の組織に変化が始まっていること。
このまま身体が回復すれば、脚が戻る可能性が高いこと。
そして、千里眼。
「アグラディアが見ても、可能性が高いみたい」
バルトの表情が変わった。
「黒蛇が狙ってたって力か」
「ああ」
「今も使えるのか?」
「使えるっていうか、勝手に見える時がある」
「自分じゃどうにもできねぇ?」
「今はな。まだ安定してねぇらしい」
「危険は?」
「分からねぇ。だから定期的に診せる」
「アグラディアにも?」
「ああ。シャイアと二人で見てもらう」
バルトはしばらく黙っていた。
「……千里眼のこと、誰が知ってる?」
「俺とシャイア、アグラディア。ラガードの医者も知ってる」
「分かった」
パンを机へ置く。
「こっちじゃ俺までにしとく」
ジジがバルトを見る。
「助かる」
「黒蛇が潰れたからって、同じこと考える馬鹿がいねぇとは限らねぇからな」
「ああ」
「ギルドの連中にも話さねぇ」
「そうしてくれ」
「分かった」
「バルト」
ルナリスが呼んだ。
「ん?」
「足、戻るかもしれない」
バルトの顔が一気に緩んだ。
「聞いたぞ!」
声が大きくなる。
「よかったじゃねぇか、ルナリス!」
「うん」
「そうかそうか! よかったなぁ!」
「バルト、うるせぇ」
「いいだろ! めでてぇ話なんだから!」
「声でけぇんだよ」
ルナリスが笑った。
バルトも笑う。
「戻ったら何したい?」
ルナリスが考える。
「歩く」
「そりゃそうだ!」
「走る」
「走れ走れ!」
「転ぶぞ」
ジジが言う。
「そん時ゃお前が拾え!」
「何で最初から転ばすんだよ」
またルナリスが笑った。
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昼食を食べ終える頃には、ルナリスの声が少しずつ減っていた。
「眠い?」
ジジが聞く。
「ちょっと」
「寝るか?」
「うん」
ジジが抱き上げると、ルナリスはすぐに肩へ頬を預けた。
しばらくもしないうちに、呼吸がゆっくりになる。
「寝た?」
バルトが声を落とす。
「ああ」
ジジは長椅子へ座り直した。
ルナリスを腕に抱いたまま、背もたれへ身体を預ける。
バルトは机へ戻り、残っていた書類を一枚手に取った。
しばらく紙を見ていたが、ふと顔を上げた。
「で」
「何」
「お前、ここで何すんだ?」
ジジがバルトを見る。
「何って?」
「仕事」
「…………」
「まさか何も考えてねぇのか」
「……何も」
バルトが書類を机へ落とした。
「お前なぁ……!」
「声」
「あ」
眠っているルナリスを見る。
バルトは声を落とした。
「お前、家まで買っといて仕事考えてねぇのかよ」
「金はある」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
「じゃあ何だよ」
「これからバインスにいるんだろ?」
「そのつもり」
「依頼は?」
ジジが少し考える。
「無理だな」
「だろうな。ルナリス置いて何日も出るわけにもいかねぇだろ」
「ああ」
バルトが腕を組んだ。
「だったら鍛錬所来い」
「何で」
「教官やれ」
「嫌だ」
「早ぇよ!」
「声」
「……お前それ便利に使ってねぇか?」
「寝てんだから静かにしろ」
バルトは眉間を押さえた。
「お前、十五の時にあそこで鍛えられてたろ」
「ああ」
「今度は教える側に回れ」
「何で俺が」
「何でって、六国唯一のオリハルコンが目の前で暇してんだぞ。
使わねぇ方がおかしいだろ」
「暇じゃねぇ」
「何すんだよ」
「ルナといる」
「それを暇っつってんじゃねぇか!」
ルナリスが小さく動いた。
二人とも止まる。
しばらく待つ。
再び寝息が整った。
バルトがさらに声を落とした。
「……稽古は午後からだ」
ジジが見る。
「午前中は好きに使え。
シャイアんとこでもアグラディアんとこでも行ってこい。
診察の日は遅れてもいい」
「午後はルナどうすんだよ」
「マーサんとこに預けときゃいいだろ」
ジジは黙る。
「受付の裏なら騒がしくねぇし、マーサならルナリスも慣れてる。
お前だって信用してんだろ?」
「まあな」
「なら問題ねぇ」
「マーサの仕事増えるだろ」
「そこは俺から話す」
「勝手に決めんなよ」
「じゃあ本人に聞け。嫌なら別の方法考える」
ジジは眠っているルナリスを見る。
「毎日じゃなくてもいいんだろ」
「ああ。最初から毎日来いとは言わねぇよ」
ジジは少し考えた。
「……報酬は?」
バルトが呆れた顔をする。
「出るに決まってんだろ」
「いくら」
「そこはちゃんと聞くんだな」
「働くなら聞くだろ」
「後で条件出す」
「ああ」
「どうだ?」
「考えとく」
「よし。じゃあ見に行くぞ」
「今?」
「今日も稽古やってる」
バルトが立ち上がる。
「実際見た方が早ぇ」
ジジは腕の中を見る。
「ルナ寝てる」
「マーサんとこ連れてけ。起きたら呼んでもらえばいい」
「……分かった」
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事務所の扉を開けると、机に向かっていたマーサが振り返った。
「どうしたの?」
「寝た」
「見れば分かるわよ」
「ちょっと鍛錬所見てくる」
マーサがバルトを見る。
「鍛錬所?」
「こいつ教官にする」
「まだ決めてねぇ」
「へえ」
マーサが少し笑う。
「いいんじゃない?」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「ジジ、教えるの上手そうだもの」
「どこが」
「ちゃんと見てるから」
ジジは何も返さなかった。
「ルナリス、ここで寝かせておいていいか?」
「もちろん」
マーサは事務所の奥にある長椅子を空けた。
ジジがルナリスを寝かせ、上着を丸めて頭の下へ入れる。
「起きたら呼んで」
「分かった」
「泣いたら?」
「呼ぶ」
「何かあったら?」
「呼ぶ」
「……」
「大丈夫よ」
マーサが笑う。
「ちゃんと見てるから」
ジジはルナリスを一度見てから立ち上がった。
「頼む」
「任せて」
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鍛錬所には、十数人の若い冒険者がいた。
木剣がぶつかる音。
教官の声。
地面を蹴る音。
ジジはバルトと並んで壁際に立った。
「どうだ?」
「何が」
「見てて」
「別に」
「何かあるだろ」
ジジはしばらく黙って見ていた。
二人一組で打ち合っている。
一人が踏み込み、剣を振る。
「……あいつ、踏み込む前に肩動いてる」
バルトが見る。
「どれ」
「右から三人目」
「ほう」
「次も同じ」
若い冒険者が踏み込む。
その直前、確かに肩が上がった。
相手が先に動き、木剣を受ける。
「読まれてんな」
「毎回同じだからな」
別の組を見る。
「左の奴、足止まってる」
「どこで?」
「打ったあと」
木剣が振られる。
一歩。
二歩。
攻撃が終わった瞬間、足が止まる。
「反撃されたら終わり」
バルトが口元を上げた。
「やっぱお前、教官向いてるわ」
「今ので何でそうなる」
「見てすぐ分かんだろ」
「分かんだろ、普通」
「普通じゃねぇから言ってんだよ」
ジジは答えず、稽古を見続けた。
しばらくすると、教官が一人の冒険者を呼び止める。
構えを直している。
ジジが眉を寄せた。
「そこじゃねぇ」
「何?」
「剣じゃなくて腰」
「ほら」
バルトが笑う。
「もう教えてんじゃねぇか」
「お前に言っただけだ」
「同じだ」
「違う」
「明日から来いよ」
「考えるって言っただろ」
「明後日でもいいぞ」
「そういう意味じゃねぇ」
午後の稽古が終わる頃、鍛錬所の入口にマーサが現れた。
その腕にはルナリスがいる。
「ジジ」
声を聞いたジジが振り返る。
「起きたか」
「うん」
マーサから受け取る。
「よく寝た?」
「寝た」
「何してた?」
「鍛錬所見てた」
「ジジも戦った?」
「戦ってねぇよ」
バルトが近づいてくる。
「明日から教官だぞ」
「まだ決めてねぇ」
ルナリスが首を傾げる。
「教官?」
「戦い方教える人」
バルトが答える。
「ジジが?」
「そうだ」
「やるの?」
「まだ分かんねぇ」
「やればいいのに」
ジジがルナリスを見る。
「何で」
「バルトやってほしいって」
バルトが笑う。
「ほら、ルナリスもこう言ってるぞ」
「そういう言い方すんな」
「何だよ」
ジジはルナリスを抱き直した。
「帰るぞ」
「お腹すいた」
「また?」
「寝たから」
「寝ると腹減んのかよ」
「減った」
マーサが笑った。
「ドーラのところ?」
「そうする」
「じゃあ、またね。ルナリス」
「またね、マーサ」
ジジはバルトを見る。
「教官の話はまたな」
「逃げんなよ!」
「うるせぇ」
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日が落ちる頃、ドーラの酒場はすでに賑わっていた。
ジジが入ると、カウンターの奥からドーラが気づいた。
「いらっしゃい。今日も来たね」
「飯」
「挨拶くらいしな!」
「腹減った」
「ルナリスまで似なくていいんだよ」
ドーラが笑う。
「今日は何食べる?」
「お肉」
「はいはい。ジジは?」
「何でもいい」
「一番困るやつだよ、それ」
空いている席に座る。
ほどなくして、湯気の立つ料理が運ばれてきた。
「熱いから気をつけな」
ルナリスは早速、料理を食べ始める。
ジジも自分の皿へ手を伸ばした。
いつもの喧騒。
食器の音。
笑い声。
酒を注文する声。
その中で、入口の扉が開いた。
夜の風が店内へ流れ込む。
ふわりと。
甘い香りが混じった。
ジジの手が止まった―――――。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




