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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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71/139

シャイア

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

診察室は、外から見た印象より広かった。


大きな窓から朝の光が入り、壁際には乾燥させた薬草や薬瓶が整然と並んでいる。


「そちらへどうぞ」


シャイアが示したのは、診察台ではなく窓際の長椅子だった。

ジジはルナリスを抱いたまま腰を下ろす。

バルトは少し離れた椅子へ座った。

シャイアは向かいに椅子を置き、手元の紙を開く。


「ラガードの先生から、お手紙はいただいているわ」


「じゃあ、ルナのこと知ってる?」


「ええ。ある程度はね」


シャイアはルナリスへ顔を向けた。


「目が見えないこと。両脚のこと。身体の成長について。

 それから、傷の治り方についても聞いているわ」


「いっぱい知ってる」


「ふふ。そうね」


「じゃあ、話さなくていい?」


「全部を最初から話してもらう必要はないわ」


シャイアは紙へ視線を落とした。


「今日は先生から聞いていることを確認しながら、

 今のルナリスの身体を診せてもらいたいの」


「ルナに聞く?」


「あなたに分かることは、あなたに聞くわ」


「ジジじゃなくて?」


「ジジにも聞く。でも、あなたの身体でしょう?」


ルナリスは少し考えた。


「うん」


「だから、嫌なことや痛いことがあったら、あなたが教えてね」


「分かった」


「ありがとう」


シャイアは柔らかく笑った。


「じゃあ、少しだけお話しましょうか」


——————————————————————


「身体が痛くなることはある?」


「ない」


「お腹は?」


「痛くない」


「頭は?」


「痛くない」


「気持ち悪くなることは?」


「ない」


シャイアは手元の記録と照らし合わせながら、一つずつ確認していく。


「眠れる?」


「寝れる」


「夜中に起きることは?」


「たまに」


「怖い夢を見る?」


ルナリスが少し黙る。


「……たまに」


「そう」


シャイアはそれ以上聞かなかった。


「起きた時は?」


「ジジいる」


「一緒に寝ているのね」


「うん」


「なら、また眠れる?」


「寝れる」


「分かったわ」


紙にペンを走らせる。


「食事についても聞いているわ。

 ラガードの先生から、少しずつ食べるように言われたのね?」


「うん」


ジジが答えた。


「最初はかなり少なめにしてた」


「今は?」


「少し増やした。昨日も結構食べてた」


「食べた!」


ルナリスが言う。


「何を食べたの?」


「お肉とお魚」


「両方?」


「うん」


「パンも食べた」


ジジが付け足す。


「スープも!」


「たくさん食べたのね」


シャイアが笑う。


「食べたあと、お腹が痛くなった?」


「ならない」


「気持ち悪くなった?」


「ならない」


「苦しくなることは?」


「ない」


「まだ食べられそうだった?」


「うん」


シャイアが小さく笑った。

シャイアは記録へ何かを書き加えた。


「食事については、少し方針を変えてもいいと思うわ」


ジジが顔を上げる。


「増やしていい?」


「ええ。ただし、急に好きなだけ食べるのはまだやめましょう」


「どれくらい?」


シャイアはルナリスを見る。


「ルナリスが『あと少しなら食べられる』と思うくらいまで」


「お腹いっぱいじゃない?」


「その少し手前ね」


「難しい」


「そうね」


シャイアは微笑んだ。


「最初はジジと一緒に探していきましょう」


「俺?」


「食事を見ているのはあなたでしょう?」


「ああ」


「ならお願い」


「分かった」


ルナリスが聞く。


「なんで食べていいの?」


シャイアは少し考えてから答えた。


「今のあなたの身体が、栄養を欲しがっているかもしれないからよ」


「栄養?」


「身体を作るもの」


「食べ物?」


「そう」


シャイアは頷いた。


「ずっと足りなかったものを、身体が今、

 一生懸命集めようとしているのかもしれない」


ジジがシャイアを見る。


「それって、成長しようとしてるってこと?」


「その可能性はあるわ」


「……そっか」


シャイアはそこで話を区切った。


「でも、その話は身体を診てからにしましょう」


「うん」


——————————————————————


「ルナリス」


「何?」


「ここからは、身体を触って診てもいい?」


ルナリスの手がジジの服を掴んだ。


「痛い?」


「痛いことはしないわ」


「ほんと?」


「ええ。触る前にはちゃんと言う」


「ジジいる?」


「いるよ」


ジジが答える。


「ずっと?」


「ずっといる」


「……じゃあいい」


「ありがとう」


シャイアが立ち上がった。

ジジはルナリスを抱いたまま診察台へ移動する。


「ジジ、ルナリスを抱いたままでいいからここへ座ってくれる?」


「わかった」


シャイアはまず手首に触れる。


「ここを触るわね」


「うん」


脈を確認する。


指先。

腕。

皮膚。

一つずつ。


「痛くない?」


「痛くない」


「分かったわ」


次に聴診器を手に取った。


「これを胸に当てるわね。少し冷たいかもしれないから、先に触ってみる?」


ルナリスが手を伸ばす。


「丸い」


「そう。それを使うの」


「いいよ」


胸。

背中。

呼吸。

心音。


シャイアは急がず確認していく。


「大きく息を吸える?」


ルナリスが息を吸った。


「もう一度」


もう一度。


「上手」


「できた?」


「ええ。とても上手よ」


ルナリスが少し得意そうにする。


やがて、シャイアが腰を落とす。


「次に脚を診てもいい?」


ルナリスの表情が少し変わった。


「……ないよ」


「今あるところの皮膚や、その周りの身体を診たいの」


「なんで?」


「身体が今どう変わろうとしているのか知りたいから」


「見るだけ?」


「見て、少し触るだけ」


「……うん」


ジジが覆っていた布を外す。

シャイアは静かに状態を確認した。


「ここに触れるわね」


「うん」


「痛い?」


「痛くない」


「こっちは?」


「大丈夫」


何度か場所を変えながら確認する。

シャイアの指が止まった。


「……なるほど」


ジジが聞く。


「何?」


「ラガードの先生が書いていたことを確認しているだけよ」


「悪いの?」


ルナリスが聞いた。


「今は良いとも悪いとも決めないわ」


シャイアが答える。


「ちゃんと全部診てからお話しましょう」


「分かった」


しばらくして、シャイアが布を戻した。


「ありがとう。脚はもう終わり」


ルナリスが息を吐く。


「あと目?」


「ええ。それで今日は終わりよ」


「ほんと?」


「約束するわ」


——————————————————————


目元を覆う布を外す。

シャイアは手紙の記録と照らし合わせながら、瞼や眼球の状態を確認した。

光を使う前にも声を掛ける。


「少し光を当てるわね」


「眩しい?」


「それを確認するの」


「分かった」


右。

左。

角度を変える。


「光があるのは分かる?」


「分かんない」


「何か動いた感じは?」


「分かんない」


「眩しい感じもない?」


「ない」


「そう」


シャイアがもう一度、記録を見る。


「手紙に書かれていた状態から、大きく変わってはいないみたいね」


「悪くなってないか?」


ジジが聞く。


「少なくとも、今確認した範囲では」


「そっか」


「でも、単純な失明として考えるには、やっぱり少し気になるところがあるわ」


「何?」


「それはもう少し調べさせて」


「うん」


シャイアは布を戻した。


「はい。終わり」


「全部?」


「全部」


ルナリスはすぐに両手を伸ばし

向きを変え、そのままジジの胸元へ顔を寄せた。


「長かった」


「頑張ったね」


「いっぱい触られた」


「いっぱい触られたね」


「でも痛くなかった」


「よかった」


シャイアは使った器具を片づけ、手を洗った。

それから再び椅子へ座る。


「今日診た範囲では、心臓や肺、それから消化について、

 すぐに心配しなければならないものは見当たらないわ」


「じゃあ元気?」


ルナリスが聞く。


「今は元気よ」


「よかった」


「そして……さっきの食事の話なんだけれど」


シャイアがジジを見る。


「やっぱり、少しずつ量を増やしていいと思う」


「身体が欲しがってるから?」


「その可能性が高いわ」


シャイアは頷く。


「傷の治り方についても、ラガードの先生から詳しく聞いている。

 普通なら考えにくい速さで組織が修復されているのね」


「ああ」


「それなのに身体の成長は、あるところで止まったように見える」


バルトが口を開く。


「それが今、また動き出してるかもしれないってことか?」


「可能性としてはね」


シャイアが答える。


「強い食欲も、その一つの兆候かもしれない」


ジジがルナリスを見る。

それから、シャイアへ戻す。


「……じゃあ、脚も?」


シャイアは少しだけ間を置いた。


「私は、戻る可能性は高いと思っているわ」


ジジの表情が止まる。

ルナリスも顔を上げた。


「足?」


「ええ」


「生える?」


「その可能性はある」


シャイアの声は穏やかなままだった。


「ただ、いつ戻るのか。どんなふうに戻るのか。どこまで戻るのか。

 それはまだ誰にも分からない」


「でも戻るかも?」


「ええ」


「可能性は高い?」


ジジが聞く。


「私はそう考えているわ」


「……そうか」


ルナリスが自分の身体へ手を伸ばす。


「ルナ、歩ける?」


シャイアはすぐには答えなかった。


「もし脚が戻っても、すぐに歩けるとは限らないわ」


「なんで?」


「今まで使っていなかった身体を、

 少しずつ動かす練習が必要になるかもしれないから」


「練習したら?」


「歩ける可能性はあるわ」


「走れる?」


「それも、まだ分からない」


「いっぱい分かんないね」


シャイアが少し笑った。


「そうなの。だから調べるのよ」


「シャイアが?」


「私だけじゃないわ」


シャイアは机の上の記録を閉じた。


「三日後に、もう一度来てもらえる?」


「三日後?」


ジジが聞く。


「ええ。今日はアグラディアがここにいないの」


「誰?」


「エルフについて研究している学者よ」


「そういえばラガードでも言ってたな」


シャイアは頷いた。


「エルフの身体や血統、古い記録について、とても詳しい人なの」


「シャイアより?」


ルナリスが聞く。


「その分野なら、私よりずっと」


「すごい人?」


「ええ。すごい人よ」


「へえ」


「ラガードの先生から手紙を受け取ってから、すでに彼にも相談しているの」


「――人間とエルフ、両方の特徴がある可能性。

 そして、この再生と成長について」


「何か分かった?」


「まだ手紙に書かれていた情報だけだから、いくつか可能性を話した程度よ」


シャイアは今日の診察記録へ手を置く。


「今日、私が実際に診たこともアグラディアに報告するわ。

 その上で、三日後までにもう一度二人で話しておく」


「それで三日後?」


「ええ。その日は彼にもここへ来てもらう」


ルナリスが聞く。


「アグラディアもルナ触る?」


「どうかしら」


「やだ」


「ふふ」


シャイアが笑う。


「必要がなければ触らないと思うわ。彼はお医者さんじゃないもの」


「じゃあ何する?」


「たくさん知っていることを教えてくれる。

 三日後に会えば分かるわ」


「うん」


シャイアは立ち上がった。


「それまでは普通に生活して大丈夫。食事もさっき話した通りでいいわ」


「ドーラのご飯も?」


「もちろん」


——————————————————————


シャイアが扉を開ける。


「三日後、同じくらいの時間に来てちょうだい」


「分かった」


ジジがルナリスを抱いたまま立ち上がる。

バルトも続いた。


「ありがと」


「いいえ」


「シャイア」


ルナリスが呼んだ。


「またね」


「ええ。また三日後に」


外へ出ると、木々の間から柔らかな光が落ちていた。

泉の水が流れる音がする。


三人の後ろ姿を見送りながら

シャイアはまだ診療所の入口に立っていた。


三日後。


アグラディアと共に、もう一度この小さな患者と向き合うために。

今日の記録をまとめなければならない。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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