森の診療所
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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朝。
一階から聞こえてくる物音で、ジジは目を覚ました。
誰かが店の扉を開ける音。
食器が重なる音。
その向こうから、ドーラの声が飛んでいる。
「そっちは後でいいよ! 先にパン出しな!」
「……朝から元気」
隣から小さな声がした。
「ドーラ?」
「多分」
ルナリスも起きていた。
「お腹すいた」
「起きて最初がそれ?」
「うん」
「俺も」
「一緒」
ジジは起き上がると、ルナリスを抱き上げた。
「じゃあ下行こう」
「顔洗う」
「先だった」
「ジジ忘れてた?」
「忘れてねぇ」
「忘れてた」
「ちょっとだけ」
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身支度を済ませて一階へ下りると、昨夜とは違う匂いが店を満たしていた。
焼いたパン。
卵。
温かいスープ。
朝の酒場には、すでに何人か客がいる。
これから市場へ向かう商人や、運河で仕事を始める者たちだった。
「おはよう」
ルナリスが言った。
カウンターの向こうから、すぐに返事が飛んできた。
「おはよう、ルナリス!」
「ドーラ」
「よく寝たかい?」
「寝た」
ドーラが笑う。
「そこ座んな。朝飯出すから」
ジジはルナリスを椅子へ座らせ、その隣へ腰を下ろした。
「マーサは?」
「この時間ならもうギルドで仕事してるよ」
「早い」
「受付主任をあんたと一緒にするんじゃないよ」
「確かに」
「納得するんじゃないよ」
ルナリスが笑う。
ほどなくして朝食が並んだ。
焼いたパン。
卵。
野菜の入ったスープ。
少し柔らかく煮た肉。
ルナリスの前には、食べやすい大きさに切られたものが置かれる。
「熱くない?」
「スープは少し冷ましてあるよ」
「ありがとう」
「はいよ」
ジジが皿の位置を一つずつ教える。
ルナリスは手で確かめながら、パンを取った。
「おいしい」
「朝からちゃんと食べる子は偉いね」
「いっぱい食べる」
「いいことだ」
「ジジもいっぱい食べる」
「それは昔から知ってるよ」
ドーラが笑った。
その時。
酒場の扉が開いた。
「おはよう!」
聞き覚えのある大きな声が響く。
ジジが振り返った。
「バルト」
「おう」
朝から変わらず暑苦しい。
バルトは店内へ入ってくると、迷わずジジたちのテーブルへ向かってきた。
「ちゃんと寝れられたか?」
「うん」
「そうか」
バルトが隣の椅子を引く。
ドーラが厨房から顔を出した。
「何しに来たんだい、バルト」
「朝飯」
「嘘つきな。ギルドで食ってきた顔してるよ」
「何だよ、食ってきた顔って」
「長い付き合いなんだから分かるよ」
「……まあ食ったけど」
「じゃあ何しに来た」
「こいつら迎えに来たんだよ」
ジジがパンを食べながら顔を上げる。
「迎え?」
「シャイアのところ行くんだろ」
「ああ」
「一緒に行く」
「仕事は?」
「午前くらい抜けても平気だ」
「ギルドマスターが?」
「俺がいなくても回るようにしてんだよ」
ドーラが鼻で笑った。
「マーサがいるからだろ」
「それもある」
「正直だね」
バルトがルナリスを見る。
「おはよう、ルナリス」
「バルト?」
「そうだ」
「ひげのダンテ」
「……まだそれで覚えてんのか?」
「分かりやすい」
ジジが言う。
「お前が教えたんだろ!」
「だって似てるから」
「俺の方が兄貴だぞ」
ルナリスがパンを食べながら首を傾げる。
「兄だと何が違うの?」
「…………」
バルトが止まる。
ジジが答えた。
「特に変わんねぇな」
「おい」
「じゃあひげのダンテ」
「バルトだ!」
ルナリスが笑った。
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朝食を終える頃には、外もすっかり明るくなっていた。
ジジはルナリスを抱き上げる。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま!」
ルナリスも続ける。
「はいよ」
ドーラは食器を片づけながら答えた。
「今日から家に泊まれるんだろ?」
「荷物届けば。マーサが見てくれるって」
「そうかい」
ドーラがルナリスを見る。
「じゃあルナリス」
「何?」
「また夜ご飯食べにおいで」
「いいの?」
「もちろんだよ」
「今日?」
「今日でもいいし、明日でもいい」
「今日来る」
「決めるの早いねえ」
「ドーラのご飯おいしい」
ドーラの顔が緩む。
「そんなこと言われたら、もっと食わせたくなるじゃないか」
ジジが言う。
「毎日来るようになるかも」
「別にいいじゃないか」
「俺も?」
「あんたは金払いな」
「ルナは?」
「ルナリスはいいよ」
「差別」
「十五の頃から何食食わせてきたと思ってんだい」
「覚えてねぇ」
「だから払えって言ってんだよ」
バルトが笑う。
「ほら、行くぞ」
「あ」
ジジが立ち上がる。
「ドーラ、またね」
ルナリスが言った。
「ああ。またね」
三人は酒場を出た。
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朝のバインスを、バルトと並んで歩く。
ジジはルナリスを抱いていた。
昨日より早い時間だが、市場はすでに動き始めている。
荷船が運河を進み。
露店には商品が並び始めていた。
「今日もいっぱい音する」
ルナリスが言う。
「朝だからな」
「昨日より違う」
「分かるのか?」
「うん。昨日はもっと人いた」
「よく聞いてんな」
バルトが言った。
ルナリスが声の方へ顔を向ける。
「バルトも市場来る?」
「来るぞ」
「ギルドの人なのに?」
「俺だって買い物くらいする」
「ひげの手入れ?」
「何でひげ限定なんだよ!」
ジジが笑った。
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市場を抜ける。
運河沿いの停留所には、すでに乗合馬車が待っていた。
三人はそれに乗り込んだ。
ルナリスはジジの膝の上。
馬車が動き出す。
石畳を走る車輪の音が、次第に街の中心から遠ざかっていった。
「どれくらい?」
ルナリスが聞く。
「そんなにかからない」
バルトが答える。
「エルフ居住区は街の端の方だからな」
「エルフいっぱい?」
「ほとんどエルフだ」
「ジジみたいな人間は?」
「いるにはいるけど、少ないな」
ジジが窓の外を見る。
建物が少しずつ減っていく。
代わりに。
木々が増え始めた。
「……バルト」
「何だ?」
バルトが聞く。
ジジは窓の外を指した。
「あそこ?」
「そうだ」
「……森じゃねぇの?」
バルトが笑う。
「中に入れば分かる」
「居住区って言ってたじゃん」
「住んでんだから居住区だろ」
「俺、普通に街だと思ってた」
「エルフが人間みたいに石の建物並べて暮らしてると思ったのか?」
「ああ」
「お前、マリアに育てられたくせにエルフのこと全然知らねえな」
「興味なかったから」
「言い切るなよ」
馬車が止まった。
降りると
そこには、バインスの中心とはまるで違う景色が広がっていた。
高い木々。
その間を縫うように続く道。
ところどころに、小さな家が建っている。
石造りではない。
木や蔦、自然の形をそのまま使ったような建物。
少し奥から、水の流れる音がする。
「水?」
ルナリスが顔を上げる。
「泉があるらしいぞ」
ジジが答える。
「らしいって、お前も初めてなのか?」
バルトが聞く。
「ああ」
「十年以上バインスに住んでて?」
「来る用事なかった」
「本当に街に興味なかったんだな」
「冒険してたから」
「便利な言葉だな、それ」
道を進む。
すれ違う者の多くはエルフだった。
銀髪。
茶髪。
金髪。
人間の街より静かで。
けれど、人が少ないわけではない。
木々の向こうには店らしい建物もあり、子どもたちの声も聞こえる。
「ジジ」
「何?」
「鳥いっぱいいる」
「いる」
「水の音もする」
「そうだな」
「ここ好き」
「まだ着いたばかりだ」
「でも好き」
バルトが笑った。
「ルナの方がお前よりエルフ居住区に興味あるじゃねえか」
「そうかもな」
しばらく進むと少し開けた場所に出た。
大きな木のそばに、一軒の建物がある。
診療所というより。
森の中に建つ、大きな家に見えた。
薬草らしい植物が軒先に吊るされている。
窓辺には小さな鉢。
その向こうには、澄んだ水を湛えた泉が見える。
「ここか?」
ジジが聞く。
「ああ」
バルトが答えた。
「シャイアの診療所」
ジジはルナリスを抱き直した。
「着いた」
「お医者さん?」
「ああ」
「痛いことする?」
「今日は多分しねぇだろ」
「多分?」
「分かんねぇ」
「ジジ」
「大丈夫。俺いるから」
「……うん」
ジジが扉の前に立つ。
軽く叩いた。
少しして。
中から足音が近づいてくる。
扉が開いた。
そこに立っていたのは
ジジたちより少し年上にしか見えない、茶色い髪の女だった。
長い耳。
落ち着いた色の服。
エルフ。
女は最初にバルトを見て。
次にジジ。
その腕の中のルナリスへ視線を移した。
「ジジ・ガルシアね」
「ああ」
「待っていたわ」
女は扉を大きく開ける。
「シャイアよ」
ジジは軽く頭を下げた。
「よろしく」
ルナリスも声の方へ顔を向ける。
「シャイア?」
「ええ」
「お医者さん?」
「そうよ」
シャイアは微笑んだ。
「あなたがルナリスね」
「うん」
「遠いところから、よく来たわね」
ルナリスはジジの服を少し掴んだ。
シャイアはそれ以上近づかなかった。
「まずは中へどうぞ」
「うん」
ジジがルナリスを抱いたまま中へ入る。
診療所の中にも、乾燥させた薬草の香りが漂っていた。
ルナリスが鼻を動かす。
「草のにおい」
「よく分かったわね」
シャイアが笑う。
「ここでは薬も作っているの」
「シャイアが?」
「ええ」
「お医者さんなのに?」
「お医者さんだから、かしら」
ルナリスが少し考える。
「むずかしい」
「ふふ。そうね」
シャイアは奥の扉を開けた。
「まずは、ゆっくりお話を聞かせてちょうだい」
ジジが頷く。
「分かった」
三人は、シャイアのあとに続いた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




