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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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69/144

ドーラの酒場

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 2~3話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

夜のバインスは、昼とは違う賑わいに包まれていた。


店じまいを始める露店の横を、仕事を終えた人々が行き交っている。

運河には灯りを積んだ船が浮かび、水面に細長い光が揺れていた。


ジジはルナリスを抱いて歩いていた。

隣をマーサが歩く。


「いい匂いする」


ルナリスが鼻を動かした。


「どれ?」


「いっぱい」


「この時間はどこの店も夜ご飯作ってるからね」


マーサが答える。


「お肉ある?」


「あると思うわよ」


「魚は?」


「あるわ」


「どっち食べよう」


「両方食べれば?」


ジジが言う。


「いいの?」


「食べられんなら」


「食べる」


即答だった。


マーサが笑う。


「お腹空いてるのね」


「うん。馬車疲れた」


「俺は歩いた」


「じゃあジジもお腹すいた?」


「空いた」


「マーサは?」


「私も」


ルナリスが満足そうに頷いた。


「みんな一緒」


通りを曲がる。

明るい灯りの漏れる店が見えてきた。


一階からは大勢の話し声と笑い声。

二階には宿の窓が並んでいる。


「着いたわよ」


マーサが言った。


「ここ?」


「そう。ドーラの酒場」


ジジが店を見上げた。


「変わってない」


「半年くらいじゃ変わらないわよ」


「そうか」


マーサが扉を開けた。

暖かな空気が流れてくる。


焼いた肉。

香草。

魚。

煮込み料理。

酒。


いくつもの匂いが混ざっていた。


「すごい!」


ルナリスが声を上げた。


店内はほとんど満席だった。


仕事を終えた市場の商人。

運河で荷を運ぶ男たち。

職人。

冒険者。


テーブルの間を給仕が行き交い、

カウンターの向こうでは小太りの女性が大鍋をかき混ぜている。

腰にはエプロン。


「ドーラ」


マーサが呼んだ。


「はいよ! ちょっと待ちな、今手が――」


ドーラが顔を上げた。

手が止まる。


「…………」


ジジが片手を上げた。


「久しぶり」


「…………ジジ?」


「ああ」


「ジジ?!」


店内に声が響いた。


何人かが振り返る。

ドーラはお玉を鍋へ戻すと、カウンターを回り込んできた。


「ちょっとあんた!」


「何?」


「何じゃないよ!」


ジジの前まで来る。


「半年もどこほっつき歩いてたんだい!」


「いっぱい」


「相変わらず説明になってないね!」


ドーラがジジの腕を叩く。


「痛い痛い」


「痛くしてんだよ!」


「相変わらずだな、ドーラ」


「誰のせいで怒ってると思ってんだい!」


周囲から笑い声が上がった。


「やっぱりジジじゃねえか!」


「帰ってきたって本当だったのか!」


「城門で騒ぎになったって聞いたぞ!」


「おい、あとで飲めよ!」


「今日は無理」


「半年ぶりでも付き合い悪いな!」


「ルナいるから」


ジジが答えた。

ドーラがそこで、ジジの腕の中を見る。


白い髪の目元を布で覆った、小さな女の子。

身体には布が掛けられている。

ルナリスも、聞き慣れない大きな声の方へ顔を向けていた。


ドーラの声が少し下がる。


「……その子かい?」


「そう、ルナ」


「そうかい」


ドーラはそれ以上聞かなかった。

ルナリスの前に立つ。


「お腹空いてるかい?」


「空いてる」


「何食べたい?」


「お肉」


「よし」


「お魚も」


「両方かい?」


「うん」


「食べられるなら食べな」


「いいの?」


「ジジ、あんまり多く食べさせちゃダメってさっき言ってたでしょ。

 ドーラにもちゃんと説明しないと」


マーサが横から言う。


「そうだった…」


「――そうかい。じゃあ少しずつだね」


ルナリスが笑った。


「ドーラ?」


「そうだよ」


「分かった」


「よし」


ドーラが立ち上がる。


「マーサ、奥の席空いてるよ」


「ありがとう」


「ジジ、ぼさっとしてないで座りな」


「はい」


「その子は?」


「膝の上に座らせる」


三人は奥のテーブルへ向かった。


「ここにテーブル」


ルナリスが手を伸ばした。

指先が木の縁に触れる。


「分かった」


マーサは向かいに座った。

ルナリスが匂いのする方をあちこち向く。


「お肉の匂いする」


「もう来るよ」


「お魚も?」


「頼んだから来る」


「早く来ないかな」


「そんなすぐには――」


「はいよ!」


皿が置かれた。


「早い」


ジジが言った。


「誰の店だと思ってんだい」


ドーラだった。


煮込んだ肉。

白身魚と野菜の香草焼き。

温かいスープ。

柔らかいパン。


ルナリスの前には、食べやすいよう小さく分けられたものが並ぶ。


「ルナリス、熱いから気をつけな」


「うん」


「スープは少し冷ましてある」


「ありがとう」


「食べてから言いな。まずかったら礼はいらないよ」


ジジがルナリスの手をスプーンへ導く。


「スープここ」


「うん」


「皿はこっち」


ルナリスがゆっくりスプーンを動かす。


一口。


「……おいしい!」


「そうかい」


ドーラが笑った。


「ジジもちゃんと食べな」


「食べるよ」


「昔から飯だけはよく食うんだから」


「普通だよ」


「どこがだい」


ドーラが笑う。


「あんたとガイアで、討伐帰りに何人前食べてたと思ってんのさ」


「覚えてねぇ」


「私は覚えてるよ」


ルナリスが顔を上げた。


「ガイア?」


「うん」


ジジが答える。


「誰?」


「昔からの仲間」


「冒険者?」


「そう」


「強い?」


「強いよ」


「ジジより?」


「どうだろ」


「そこは張り合わないのかい」


ドーラが言った。


「別に」


「昔は散々張り合ってたくせに」


「そうだっけ」


「そうだよ。何回あんたらを店から追い出したと思ってんだい」


マーサも笑う。


「よくやってたわね」


「マーサも?」


ルナリスが聞いた。


「私は見てただけ」


「ジジとガイアが喧嘩してた?」


「喧嘩じゃねぇよ」


ジジが言う。


「喧嘩だったわよ」


マーサが言う。


「どっち?」


「マーサが大げさ」


「ジジが忘れてるだけ」


「分かんない」


ルナリスはまたスープを飲んだ。


「ガイア、どこにいるの?」


「知らねぇ」


「仲間なのに?」


「うん」


「なんで?」


「ガイアだから」


「分かんない」


「俺も」


「そこは分かっときな!」


ドーラの声が飛ぶ。

また近くの席から笑い声が上がった。


——————————————————————


店が少し落ち着いた頃。

ドーラが椅子を一つ持ってきた。


「ちょっと座るよ」


「仕事は?」


ジジが聞く。


「今はあの子たちに任せてる」


カウンターでは若い給仕が料理を運んでいる。

ドーラは椅子へ腰を下ろした。


「で」


ジジを見る。


「そろそろ聞いていいかい」


「何を?」


「ルナリスのことだよ」


ジジは食べていたパンを置いた。


「長いよ」


「構わないよ」


ドーラがルナリスを見る。


「聞いてもいいかい?」


「うん」


「じゃあ聞かせてもらおうか」


マーサが水を飲む。


「私も今日聞いたところ」


「バルトも?」


「一緒に」


「そうかい」


ジジは少し考えた。


「どこから話そう」


「見つけたところからでいいんじゃない?」


マーサが言った。


「そうする」


ジジはダンテに話した内容をそのままドーラにも話した。

話している間、ドーラはほとんど口を挟まなかった。


途中で客に呼ばれれば立ち上がり。

注文を通して。

また戻ってきて続きを聞いた。

ルナリスはジジの隣で食事を続けている。


最後まで聞くと。


ドーラは一度だけ大きく息を吐いた。


「……そうかい」


「ああ」


「やっと見つけたんだね」


「そうだな」


ドーラがルナリスを見る。


「大変だったね」


ルナリスが顔を上げる。


「何が?」


ドーラが少し止まる。


「……そうだね」


それから笑った。


「今、飯が美味いならそれでいいか」


「おいしい」


「じゃあいい」


「お肉もうない」


「追加するかい?」


「する」


「元気だねえ」


ドーラが笑う。


「ジジ!あなたも止めなさいよ」


マーサが口を開く。


——————————————————————


「明日はシャイアの診療所へ行くんでしょう?」


「そうだな」


ジジが頷く。


「家の荷物が来てから?」


「先に診療所かな」


「家具は私が見ておこうか?」


「いいのか?」


「時間が合えばね。店にも事情は話しておきたいし」


「ありがとう」


ドーラが二人を見る。


「家?」


「ああ」


ジジが言った。


「今日決めた」


「もう?」


「マーサが探してくれた」


「運河沿いの平屋よ。庭もあるし、中もほとんど段差がないところ」


「いいじゃないか」


「赤いの植える」


ルナリスが言った。


「赤いの?」


「ローズヒップ」


ジジが答える。


「ルナ、好きなの」


「へえ」


「ジジも好き」


「そりゃ知ってるよ」


「ドーラも知ってるの?」


「昔からね」


ルナリスが少し考える。


「みんなジジのこと知ってる」


ドーラが笑った。


「そりゃ長い付き合いだからね」


「ルナが知らないジジも?」


「いっぱい知ってるよ」


「聞きたい」


「おい」


ジジが言った。


「何?」


「変なこと聞かなくていい」


「何で?」


「ドーラ余計なこと言うから」


「誰が余計なこと言うって?」


「ドーラ」


「聞こえてるよ!」


ルナリスが笑った。

マーサも笑う。


「そのうち教えてやるよ」


「ほんと?」


「ああ」


「約束?」


「約束だ」


ジジがパンを食べながらドーラを見る。


「余計なことはなしだ」


「何が余計か決めるのは私だよ」


「何それ…」


「諦めな」


しばらくして。

ドーラが立ち上がりかけたところで、ふと止まった。


「そういや」


ジジを見る。


「あんたら、今晩どこに泊まるんだい」


「まだ決めてない」


「何?」


「家は決まったんだけど」


マーサが続ける。


「家具と寝具が届くの、明日なのよ」


「……で?」


「これから宿探そうかなって」


ジジが言った。

ドーラは黙った。


「何?」


「何じゃないよ」


「宿ならこの辺いっぱいあるし」


「じゃあ――」


「二階使いな」


「え?」


ドーラが天井を指した。


「うちの宿。空いてる部屋が一つある」


「いいの?」


「何のために二階で宿やってると思ってんだい」


「お客さん泊めるため」


「だったら泊まりな」


「でも――」


「でもじゃない」


ドーラが腰に手を当てる。


「目の見えない五歳くらいの子抱えて、今から知らない宿探して歩く気かい?」


「…………」


「何でそこで考えるんだい!」


「確かに」


「確かにじゃないよ!」


マーサが笑いを堪えている。


「マーサも何とか言いな!」


「私もドーラのところでいいと思う」


「二対一」


ジジが言った。


「勝ち負けじゃないよ」


「じゃあ泊まる」


「最初からそう言いな」


ドーラがルナリスを見る。


「ルナリス」


「何?」


「今晩はここの二階で寝な」


「ドーラの家?」


「店の上が宿になってんだよ」


「ジジも?」


「もちろん一緒だよ」


「じゃあ寝る」


「決まりだね」


ドーラは満足そうに頷いた。


「風呂もあるから、飯食ったら入ってきな」


「ありがとう」


ジジが言う。


「礼はいいよ」


ドーラは空いた皿を集める。


「その代わり」


「何?」


「次は半年も消えるんじゃないよ」


ジジが少し首を傾げる。


「どうだろ…」


「分かったって言いな!」


「努力する」


「それ一番信用ならないやつだよ!」


店内に、また笑い声が広がった。

ルナリスも一緒になって笑っている。


ドーラは皿を抱えて厨房へ戻っていった。


「ジジ」


「何?」


「バインス、ジジのこと知ってる人いっぱいだね」


「そうみたい」


「マーサも」


「ああ」


「バルトも」


「ん」


「ドーラも」


「そうだな」


「明日はシャイア?」


「シャイアは初めてだな」


ルナリスは少し考えた。


「ルナもいっぱい知ってる人できる?」


「できるんじゃねぇ?」


「そっか」


ジジの袖を掴む。


「じゃあバインス、ちょっと好き」


「来たばっかだろ」


「でも好き」


「そうか」


「うん」


——————————————————————


その頃。

少し離れた席では。


「なあ」


「何だ?」


「ジジ、あの子と住む家まで買ったんだって?」


「らしいぞ」


「ずっと抱いてるよな」


「半年の間に何があったんだ?」


「……あいつ、親になったんじゃねぇか?」


「半年じゃガキ出来ねぇだろ」


「前から時々いねぇ時あったもんな」


「連れて帰ってきたとか?」


「オリハルコンが女に振られた?」


「声でけえよ」


話はそこで別の笑い声に飲まれた。


けれど。


半年ぶりに帰ってきたオリハルコンが、小さな女の子を連れている。

その話だけは。

その夜のうちに、バインスのあちこちへ広がり始めていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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