暮らす場所
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 2~3話ずつ更新しています。
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二時間くらい経った頃、扉が開いた。
「ごめんね、ルナリス。お待たせ」
マーサが盆を片手に戻ってきた。
もう片方の手には、何枚かの紙を抱えている。
ジジの膝枕でうとうとしていたルナリスがすぐに顔を上げた。
「赤いの?」
「持ってきたわよ」
「やった」
マーサは笑って、小さなカップをルナリスの前へ置いた。
「さっきと同じで、少しぬるくしてあるからね」
「ありがとう」
ジジがカップを取って、ルナリスの手に持たせる。
「熱くない?」
「うん」
ルナリスは嬉しそうに一口飲んだ。
「おいしい」
「よかった」
マーサは盆を端へ置き、持ってきた紙を机の上に広げた。
「それで、家なんだけど」
ジジが紙を見る。
「もう見つけたの?」
「候補だけね。三軒」
「早っ」
「誰のために探してきたと思ってるのよ」
「俺とルナ」
「分かってるならいいわ」
バルトも横から紙を覗き込む。
「どの辺だ?」
「一軒はギルドのすぐ近く。ただ二階建て」
「階段あるの?」
ルナリスが聞いた。
「あるわ」
「いっぱい?」
「二階に上がる分はね」
「じゃあやだ」
ジジがルナリスを見る。
「俺が抱っこするよ」
「毎回?」
「ああ」
「椅子は?」
「持つ」
「ルナも?」
「抱っこする」
「荷物は?」
「…………」
ルナリスがローズヒップを一口飲む。
「無理だよ」
バルトが吹き出した。
「五歳に論破されてんじゃねえよ」
「できると思うけど」
マーサが一軒目の紙を退けた。
「できるかどうかじゃなくて、毎日暮らす家なんだから楽な方がいいの」
「そうか」
「二軒目は平屋。市場にも近い。ただ、玄関に石段が三段ある」
「椅子で入れない?」
「毎回持ち上げれば入れるわ」
「じゃあ――」
「毎回よ」
「……次は?」
マーサが三枚目を出した。
「これ」
バルトが紙を見る。
「ああ。運河沿いの方か」
「そう。ギルドから歩いて十五分くらい。
市場にも近いし、エルフ居住区へ向かう乗合馬車の停留所も近くにある」
「平屋?」
「平屋。前に住んでたのがお年寄りだから、中もほとんど段差がないわ」
「お庭ある?」
ルナリスが聞いた。
マーサが紙を見る。
「小さいけどあるわよ」
「赤いの植えられる?」
「ローズヒップ?」
「うん」
「植えられると思う」
「そこがいい」
「まだ行ってもないでしょ」
「行く」
「そうしましょう」
マーサが立ち上がった。
「今から?」
ジジが驚く。
「そのために今日見られるところ探したのよ」
「お姉ちゃんすごいね」
ルナリスが言った。
「そう?」
「何でもできる」
「何でもはできないわよ」
「家すぐ見つけた」
「それは仕事柄ね」
ルナリスがカップを空にする。
ジジが受け取って盆へ戻した。
「じゃあ行こ」
壁際には、折り畳まれた移動椅子が置かれている。
ジジはそれを見てから、マーサへ顔を向けた。
「マーサ」
「何?」
「ルナお願い」
「え?」
「椅子持つから」
マーサが一度ルナリスを見た。
「私が抱っこしていいの?」
「ん」
ジジはルナリスを抱き上げると、そのままマーサへ渡した。
「ルナ、マーサが抱っこするよ」
「うん」
マーサが両腕で受け止める。
「……軽いわね」
ルナリスはマーサの肩に手を置いた。
「お姉ちゃん?」
「マーサでいいわよ」
「マーサ?」
「そう」
「分かった」
ジジは移動椅子を持ち上げた。
「行こう」
「ちょっと待って」
「何?」
「あなた、ずいぶんあっさり渡すのね」
「マーサだから」
「…………」
「何?」
「何でもない」
マーサはルナリスを抱き直した。
「マーサ、頼んだぞ」
バルトがにやにやしている。
「何?」
ジジが聞く。
「何でもねえよ」
「何」
「ほら、行くわよ」
マーサが先に扉へ向かった。
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ギルドを出ると、バインスはまだ賑やかだった。
マーサがルナリスを抱き、ジジは折り畳んだ移動椅子を持って歩く。
市場へ入ると、さらに音が増えた。
客を呼ぶ声。
荷車の車輪。
魚を売る声。
運河からは船頭たちの掛け声が聞こえてくる。
ルナリスが顔を動かした。
「いっぱい音する」
「ここは市場だからね」
マーサが答える。
「右側に運河もあるわよ」
「船いる?」
「いるわよ」
「大きい?」
「大きいのも小さいのも」
「ジジより?」
「船と俺比べんの?」
マーサが笑う。
「あら、マーサ!」
露店から声が飛んできた。
「今日はずいぶん早いじゃない」
「まだ仕事中よ」
「仕事中に子ども抱いてんのかい?」
「これも仕事」
店先の女がルナリスを見る。
それから。
隣を歩くジジを見た。
「…………え?」
ジジが片手を上げる。
「久しぶり」
「ジジ?!」
その声で周囲まで振り返った。
「おい、ジジじゃねえか!」
「本当に戻ってきたのか!」
「いつ帰った!」
「今日」
「半年ぶりに帰ってきて今日って!」
「ただいま」
「軽いねえ!」
笑い声が上がる。
ルナリスがマーサへ顔を寄せた。
「マーサ」
「何?」
「ジジ、みんな知ってる」
「そうね」
「なんで?」
「冒険者だからよ」
「冒険者いっぱいいるよ?」
「ジジはちょっと特別なの」
「オリハルコン?」
「知ってるの?」
「門で聞いた」
「そう」
「でもオリハルコンって何?」
マーサがジジを見る。
「説明してないの?」
「ダンテがした」
市場を抜けていく。
背後では、まだ声がしていた。
「ところで、あの子誰だ?」
「知らないのか? ジジが連れて帰ってきた子だって」
「マーサが抱いてたぞ」
「家探してるって話も聞いたけど」
声は人混みに紛れていった。
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三軒目の家は、運河から一本入った静かな通りにあった。
白っぽい石壁の平屋。
低い柵。
小さな庭。
玄関までの道にも大きな段差はない。
「着いたわよ」
マーサが言った。
「どんな家?」
「白い家」
ジジが答える。
「屋根は茶色。庭もある」
「庭広い?」
「そんなに」
「赤いの何個植えられる?」
「何個植えるつもり?」
「いっぱい」
マーサが鍵を開ける。
「まず中を見ましょう」
家の中にも、大きな段差はなかった。
居間と台所。
寝室。
小さな物置。
窓を開けると、夕方の風が入ってくる。
ルナリスが顔を上げた。
「水の音」
「運河が近いからね」
マーサが答えた。
遠くから船頭の声がした。
水が石壁に当たる音。
それから、ゆっくりと遠ざかっていく。
「船?」
「多分」
ジジが答える。
「ここ好き」
「早いな」
「水の音する」
「そうだな」
「庭ある」
「ある」
「赤いの植えられる」
「そんなに大事?」
「大事」
ジジが家の中を見回した。
「俺もここでいいよ」
「じゃあここ」
マーサが二人を見る。
「本当に?」
「うん」
「ああ」
二人の返事が重なった。
「分かったわ」
マーサが笑った。
「じゃあここにしましょう」
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家が決まっても、まだ終わりではなかった。
むしろそこからだった。
寝具。
テーブル。
椅子。
食器。
鍋。
日用品。
マーサが必要なものを書き出していく。
「ベッドは?」
「一つ」
「一つでいいの?」
「ああ」
ジジが答える。
「マリアの家でも一緒に寝てたから」
「ルナリスは?」
「ジジと寝る」
「だそうです」
「じゃあ一つね」
マーサが書き込む。
「二人がゆったり寝られる大きさにしましょう」
「そうだな」
「食器は?」
「二人分」
「来客用は?」
「いる?」
「……あとでいいわ」
「じゃあ二人分」
「本当に最低限ね」
「足りなかったら買えばいい」
「まあ、それはそうだけど」
一通り決まった頃には、窓の外は暗くなっていた。
マーサが紙をまとめる。
「これで最低限は揃うと思う」
「今日届く?」
「無理よ」
「え」
「もう夜よ」
「じゃあ今日ここで寝れねぇな」
「そうね」
ジジが何もない寝室を見る。
「床なら寝れるか」
「ルナリスも?」
「…………」
「駄目でしょう?」
「だな」
ルナリスがマーサの腕の中から言った。
「お腹すいた」
「俺も」
「私もよ」
マーサが立ち上がった。
「とりあえずご飯にしましょう」
「どこ?」
「ドーラのところ」
ジジが顔を上げる。
「まだやってんのか?」
「当たり前でしょ」
「そうか」
「むしろ今から忙しい時間よ」
マーサはルナリスをジジへ返した。
ジジが受け取る。
「家の手続きはこの後ギルド戻ったらやっておくわ」
「――それと、家具は明日の午前中から届くように手配するわね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「マーサ」
ルナリスが呼んだ。
「何?」
「抱っこありがとう」
マーサが笑った。
「またいつでもどうぞ」
「うん」
三人は、夜のバインスへ出た。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




