脚の再生
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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診察室は、外から見た印象より広かった。
大きな窓から朝の光が入り、壁際には薬瓶や乾燥させた薬草が整然と並んでいる。
「そちらへどうぞ」
シャイアが示したのは、診察台ではなく窓際の長椅子だった。
ジジはルナリスを抱いたまま腰を下ろす。
バルトは少し離れた椅子へ座った。
シャイアは向かいに座ると、手元の紙を開いた。
「ラガードの先生から、お手紙はいただいているわ」
「じゃあ、ルナのこと知ってる?」
「ええ。ある程度はね」
シャイアは柔らかく笑った。
「目が見えないこと。両脚のこと。
身体の成長、それから傷の治り方についても聞いているわ」
「いっぱい知ってる」
「そうね。だから今日は、最初から全部話してもらわなくても大丈夫」
紙へ目を落とす。
「先生から聞いていることを確認しながら、
今の身体を診せてもらいたいの」
「ルナに聞く?」
「あなたに分かることは、あなたに聞くわ」
「ジジじゃなくて?」
「ジジにも聞く。でも、あなたの身体でしょう?」
ルナリスは少し考えてから頷いた。
「うん」
「嫌なことや痛いことがあったら、ちゃんと教えてね」
「分かった」
「ありがとう」
シャイアは記録を確認しながら、いくつか質問を続けた。
身体に痛みはないか。
眠れているか。
食事のあとに気分が悪くなることはないか。
その中で、シャイアの手が一度止まった。
「食事については、
ラガードの先生から少しずつ食べさせるようにと言われているのね?」
「ああ」
ジジが答えた。
「最初よりは増やしてるけど」
「昨日何食べた?」
「お肉と魚!」
ルナリスが答える。
「パンも」
「スープも!」
「ずいぶん食べたのね」
シャイアが笑った。
「食べたあと、お腹が痛くなったり、気持ち悪くなったりは?」
「ならない」
「まだ食べられそうだった?」
「うん」
「え、そうなのか?」
ジジが横を見る。
「ちょっとだけ」
「言えばよかったのに」
「少しずつって言われたから」
「そうだな……」
「ちゃんと守っていたのね」
シャイアが微笑んだ。
「偉いわ」
ルナリスが少し嬉しそうにする。
「それなら、食事はもう少し増やしてもいいと思うわ」
「いっぱい食べていい?」
「いっぱい、ではないわね」
「どれくらい?」
「『あと少しなら食べられる』と思うくらいまで。
お腹いっぱいになる少し手前ね」
「難しい」
「最初はジジに手伝ってもらいましょう」
「俺?」
「食事を見ているのはあなたでしょう?」
「うん」
「ならお願い」
「分かった」
ルナリスが首を傾げる。
「なんで食べていいの?」
「今のあなたの身体が、栄養を欲しがっている可能性があるからよ」
「栄養?」
「身体を作るもの」
「食べ物?」
「そう」
シャイアは頷いた。
「その話は、身体を診てからもう少ししましょうか」
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「じゃあ、身体を診てもいい?」
ルナリスの手がジジの服を掴んだ。
「痛い?」
「痛いことはしないわ。触る前にはちゃんと言う」
「ジジいる?」
「いるよ」
「ずっと?」
「ずっといる」
「……じゃあいい」
ジジはルナリスを診察台へ座らせ、そのすぐ横に立った。
シャイアは手紙の内容を確かめるように、脈や皮膚、
心音や呼吸を順番に診ていく。
「ここは痛くない?」
「大丈夫」
「ラガードで診てもらった時と変わっていないのね」
「うん」
両脚についても同じだった。
シャイアは触れる前に必ず声を掛け、
ルナリスの返事を待ってから確認する。
「……なるほど」
「何?」
ジジが聞いた。
「先生が書いていた通りね」
「悪い?」
ルナリスが聞く。
「今は良いとも悪いとも決めないわ。
ちゃんと全部診てからお話しましょう」
「分かった」
最後に目元の布を外す。
光への反応や眼球の状態を確認しながら、
シャイアは何度か手元の記録へ目を落とした。
「光があるのは分かる?」
「分かんない」
「眩しい感じは?」
「ない」
「そう……」
確認を終えると、シャイアは再び布を結んだ。
「はい。終わりよ」
「全部?」
「全部」
ルナリスはすぐに両手を伸ばした。
「ジジ」
「はいはい」
ジジが抱き上げる。
「長かった」
「頑張ったね」
「でも痛くなかった」
「よかった」
シャイアは器具を片づけ、再び二人の前へ座った。
「今日診た範囲では、すぐに心配しなければならない異常は見当たらないわ」
「じゃあ元気?」
「今は元気よ」
「よかった」
ルナリスが安心したようにジジへ寄りかかる。
「それで、さっきの食事の話なんだけれど」
シャイアが続けた。
「やっぱり、少しずつ量を増やしていいと思う」
「身体が欲しがってるから?」
ジジが聞く。
「その可能性が高いわ」
シャイアは手元の記録へ触れた。
「ラガードの先生から、傷の治り方についても詳しく聞いている。
普通なら考えにくい速さで身体が修復されているのね」
「そうか」
「それなのに、身体の成長はあるところで止まったように見える」
バルトが口を開いた。
「それがまた動き出してるかもしれねえってことか?」
「可能性としてはね」
「食べたがるのも?」
「ええ。身体が栄養を求めているのかもしれない」
ジジが少し黙った。
それからルナリスの身体を見る。
「……じゃあ、脚も?」
シャイアは少しだけ間を置いた。
「私は、戻る可能性は高いと思っているわ」
ルナリスが顔を上げた。
「足?」
「ええ」
「生える?」
「その可能性はある」
「ほんと?」
「ええ。でも――」
シャイアの声は穏やかなままだった。
「いつ戻るのか。どんなふうに戻るのか。どこまで戻るのか。
それはまだ分からないの」
「でも、戻るかも?」
「そうね」
「歩ける?」
「もし脚が戻っても、すぐには難しいかもしれないわ。
身体を動かす練習が必要になると思う」
「練習したら?」
「歩ける可能性はあるわ」
「走れる?」
「それは、もっと先のお話ね」
「いっぱい分かんないね」
シャイアが笑った。
「そうなの。だから調べるのよ」
「シャイアが?」
「私だけじゃないわ」
シャイアは記録を閉じた。
「三日後に、もう一度来てもらえる?」
「三日後?」
ジジが聞く。
「ええ。今日はアグラディアがいないの」
「誰?」
「エルフについて研究している学者よ。
医師ではないけれど、エルフの身体や血統、古い記録について
とても詳しい人なの」
「シャイアより?」
ルナリスが聞く。
「その分野なら、私よりずっと」
「すごい人?」
「ええ。すごい人よ」
「へえ」
シャイアがジジを見る。
「ラガードの先生から手紙を受け取ってから、彼にも相談しているの」
「ルナのこと?」
「ええ。人間とエルフ、両方の特徴がある可能性。
それから、この再生と成長について」
「何か分かった?」
「まだ手紙の情報だけだから、いくつか可能性を話した程度よ」
シャイアは今日の診察記録を示した。
「今日実際に診て分かったことも、私からアグラディアに報告するわ。
その上でもう一度話しておく」
「それで三日後?」
「ええ。その日は彼にもここへ来てもらう予定よ」
「アグラディアもルナ触る?」
「必要がなければ触らないと思うわ。お医者さんではないもの」
「じゃあ何する?」
「たくさん知っていることを教えてくれる」
「マーサみたいな?」
シャイアが少し笑った。
「……少し違うけれど」
「バルト?」
「もっと違うな」
バルトが答えた。
「じゃあ分かんない」
「三日後に会えば分かるわ」
「うん」
シャイアが立ち上がる。
「それまでは普通に生活して大丈夫よ。食事もさっき話した通りでいいわ」
「お肉食べていい?」
「いいわよ」
「魚も?」
「もちろん」
「赤いのも?」
ジジが聞く。
「ローズヒップ?」
「うん」
「それも大丈夫」
「全部食べれる」
「全部じゃないよ」
「あと少し食べれるまで」
「覚えてるな」
「ルナも覚えてる」
「じゃあ大丈夫ね」
「大丈夫」
シャイアが扉を開けた。
「三日後、同じくらいの時間に来てちょうだい」
「分かった」
ジジがルナリスを抱いたまま立ち上がる。
「今日はありがとう」
「いいえ。また三日後に」
外へ出ると、木々の間から柔らかな光が落ちていた。
「ジジ」
「ん」
「足、生えるかもって」
「ああ」
「歩けるかも」
「そうだな」
「走れるかも」
「それはまだ分かんないって」
「練習する」
「気が早い」
「でもする」
ジジは少し笑った。
「じゃあ、その時は付き合うよ」
「いっぱい?」
「ああ、いっぱい」
ルナリスは満足したように、ジジの胸へ頬を寄せた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




