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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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マリアの庭

守備隊へ行った翌朝。


エレーンが家の外へ出ると、

庭の奥から枝の折れる音がした。

嫌な予感がして向かう。


「……何をしているの?」


ジジがローズヒップの茂みの前にしゃがんでいた。

片手には剪定鋏。


「見りゃ分かんだろ」


「分かるから聞いているのよ」


「枝切ってる」


「それを切ったら駄目でしょう」


ジジの手が止まった。


「何で」


「今年伸びた枝よ。花が減るわ」


「…………」


「まさか、いつも適当に切っていたの?」


「枯れてそうなの切ってた」


「枯れて“そう”で決めていたの?」


「ん」


エレーンは額へ手を当てた。


「よく今まで生きていたわね、この庭」


「生きてんだから問題ねぇだろ」


「植物の生命力に感謝なさい」


「大げさだな」


そう言いながら、ジジは素直に剪定鋏を下ろした。


「じゃあどれ切るんの」


「貸して」


手を差し出す。


ジジは何も言わず、鋏を渡した。

エレーンは枝の間へ手を入れ、

一本を指で持ち上げる。


「これは古い枝。こっちは残すの」


「同じに見える」


「全然違うわ」


「どこが」


「色も硬さも違うでしょう」


ジジが横から覗き込む。


「分からん」


「……本当に雑ね」


「失礼だな」


「事実でしょう」


「剣は雑じゃねぇ」


「そこは否定しないのね」


エレーンは小さく笑い、枝を切った。

乾いた音が庭に響く。

しばらくすると、ジジは庭の端にあった

鉢を持ってきた。


「これも見ろ」


「何?」


「最近元気ねぇ」


指差した先には、背の低い薬草が生えている。

エレーンはしゃがみ込み、葉を一枚摘まんだ。


「水のやりすぎよ」


「水?」


「根元が湿りすぎてる」


「毎朝やってた」


「毎朝?」


「ん」


「雨の日も?」


「……雨降ってたらやってない」


「そこまで馬鹿ではなかったのね」


「お前、俺のこと何だと思ってんだよ」


「植物を枯らしかけるオリハルコン」


「やめろ」


エレーンは笑った。


昨日までなら、この男をからかうことなど

考えもしなかった。

だがジジは腹を立てるでもなく、

しゃがんで土を触っている。


「マリアは?」


エレーンが何気なく尋ねる。


「ん」


「この庭を作ったエルフ。マリアと言ったでしょう」


「ああ」


「彼女は植物に詳しかったの?」


「めちゃくちゃ詳しかった」


「でしょうね」


庭を見れば分かる。


薬草、香草、果樹。


適当に植えられているように見えて、

互いの成長を邪魔しないよう場所が選ばれている。


「薬も作ってた」


「薬師だったの?」


「そんな感じ」


「そんな感じって……」


「難しいことは知らん」


エレーンは呆れてジジを見る。


「あなた、本当にあの人から何を教わっていたの?」


「いろいろ」


「例えば?」


「エルフ語」


エレーンの手が止まった。


「人間にエルフ語を教えるなんて珍しいわ」


「そうなのか?」


「そうよ」


「知らなかった」


「あなたは知らないことが多すぎるわね」


「生きるのに困ってねぇからいいだろ」


「そういう問題ではないと思うけれど」


ジジは気にせず、抜いた草を籠へ放り込んだ。


「子どもの頃から来ていたの?」


「ああ」


「どのくらい?」


「五歳くらいから」


エレーンは少し驚いた。


「そんなに幼い頃から?」


「勝手に庭入ってた」


「……勝手に?」


「腹減ってたから」


「…………」


「木の実とかあったし」


「それ、泥棒では?」


「だな」


即答だった。


「認めるのね」


「マリアにも言われた」


「何と?」


ジジは少しだけ考える。


「小さい泥棒」


その時だけ。

声が少し柔らかくなった。

エレーンは何も言わなかった。


マリアというエルフが、

ジジにとって

ただの知り合いではなかったことくらいは分かる。


「……亡くなったのはいつ?」


「三年前」


ジジは土を払って立ち上がった。


「俺がここに戻った時には、もういなかった」


「そう……」


「ああ」


それ以上、ジジは話さなかった。

エレーンも聞かなかった。

最近、少しずつ分かってきた。


ジジは訊けば答える。


ただし、自分から話すことはほとんどない。

そして答えが短くなった時は、

そこから先へ踏み込んでほしくない時だ。


エレーンは話題を戻した。


「とりあえず、これは三日くらい水を控えて」


「三日?」


「土を見て決めるの。日数だけで覚えないで」


「めんどくせぇな」


「あなたには剣の方が簡単なのね」


「だな」


「即答しないで」


二人で作業を続けていると、昼近くになった。


最初はジジが一人で世話をしていたはずなのに、

いつの間にかエレーンが指示を出し、

ジジが言われた通り動いている。


「それ、こっち」


「ああ」


「根から抜いて」


「これ?」


「それは残す」


「分かりづれぇ」


「だから勝手に触らないで」


「俺の家の庭なんだけど」


「マリアの庭でしょう?」


ジジが黙った。


「…………」


「何よ」


「いや」


少しだけ口元を上げる。


「そうだな」


エレーンはその表情を見て、

何となく視線を逸らした。


やがて作業を終えると、ジジは籠を持ち上げた。


「腹減った」


「さっきからそればかりね」


「昼だぞ」


「分かっているわ」


家へ戻ろうとしたところで、ジジが振り返る。


「エレーン」


「何?」


「庭」


ジジは少し言葉を探したあと、続けた。


「好きに触っていいぞ」


エレーンが瞬く。


「……いいの?」


「ああ。俺より分かってるし」


「随分あっさり任せるのね」


「枯らされるよりいい」


「あなたが枯らしかけていたのでしょう」


「うるせぇ」


ジジは先に家へ向かって歩き出した。

エレーンはその背中を見送ってから、

もう一度庭を振り返る。


好きに触っていい。


たったそれだけの言葉だった。

けれど、この家へ来てから少しずつ増えている。


自分の部屋。

自分で選んだ服。

自分で閉める扉。


そして今度は、自分の意思で触れてもいい場所。


「……変な男」


もう何度目か分からない言葉を呟く。


「何か言ったか」


遠くからジジの声が飛んでくる。


「何でもないわ」


「早く来い。飯にする」


「今行くわよ」


エレーンは立ち上がり、家へ向かった。


その後ろで。

長い間ジジ一人がどうにか守ってきたマリアの庭が、風に静かに揺れていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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