言わなくても
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 2~3話ずつ更新しています。
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出発を翌日に控えた夜。
荷造りを終えた家は静かだった。
エレーンは庭に出ていた。
月明かりの下、マリアが育てていた草木が風に揺れている。
「エレーン?」
振り返ると、ジジが立っていた。
「まだ起きてたの?」
「水飲みに来たら、見えたから」
「少し庭を見てただけよ」
「そっか」
ジジは隣まで来た。
しばらく二人で庭を見る。
「明日だな」
「ええ」
「本当に行き先決めてねぇの?」
「決めてないわ」
「大丈夫?」
エレーンは横目でジジを見た。
「バインスの家すら決まってない人に心配されたくないわ」
「あ」
「……忘れてたの?」
「忘れてねぇよ」
「今の顔は忘れてた顔よ」
「バルトが何とかしてくれる」
「本人にはまだ何も言ってないんでしょう?」
「まぁ」
「それを何とかなるとは言わないの」
「ダンテもいるし」
「そのダンテはバルトと会いたくないって言ってたじゃない」
「会えば何とかなるよ」
「喧嘩になるって言ってたわよ」
「それも何とかなる」
「……あなた、本当にすごいわね」
「何が?」
「何でもない」
エレーンは小さく笑った。
また、風が吹いた。
「ジジ」
「ん?」
「この前のこと、覚えてる?」
「この前?」
「私が、引き止めないのって聞いたこと」
「ああ」
「今思い出したでしょう」
「覚えてるよ」
「嘘」
エレーンは少し笑って、庭へ視線を戻した。
「あれね。本当に引き止めてほしかったの」
「ここにいろって?」
「ええ」
「だったら――」
「今から言ってほしいわけじゃないのよ」
ジジが黙る。
「私が言ったからじゃなくて、あなたにそう思ってほしかったの」
「…………」
「私がいなくなるのを、嫌だと思ってほしかった」
ジジは何も言わなかった。
「でも昨日、私が決めたことならって言ったでしょう?」
「そうだな」
「ここにいたいなら、いていいとも」
「うん」
「それで分かったの」
「何が?」
エレーンはジジを見る。
少しだけ待って。
笑った。
「分からないならいい」
「何で」
「いいのよ」
「教えろよ」
「嫌」
「何で?」
「何でも」
ジジは納得していない顔をしていた。
「私ね」
エレーンが言った。
「ここへ来たばかりの頃、あなたに『どうしたい』って聞かれるの、
正直苦手だったのよ」
「そうなの?」
「そうよ」
「知らなかった」
「でしょうね」
「嫌だった?」
「嫌というより、困ったの」
「何で?」
「答えが分からなかったから」
ジジは黙って聞いていた。
「何が食べたいとか、どこへ行きたいとか、何が欲しいとか。
そんなこと聞かれても、最初は何て答えればいいのか分からなかった」
「ん」
「でも、何度も聞くでしょう。あなた」
「聞いた?」
「聞いたわよ」
「そっか」
「覚えてないの?」
「全部は」
「もう」
エレーンは呆れたように笑った。
「仕事を始めて、自分でお金をもらって、自分で物を買って。
姉さんを探したいって言ったら、一緒に探してくれて」
「うん」
「少しずつ、分かるようになったの」
「何が?」
「自分が何をしたいのか」
ジジが頷いた。
「それならよかった」
「……本当に、あなたはそういう人ね」
「どういう?」
「何でもない」
「今日それ多くね?」
「あなたが分からなすぎるのよ」
「ごめん」
「謝らないで」
「はい」
エレーンはまた笑った。
「ここにいていいって言ってもらえるだけでよかったの」
「うん」
「それだけで、十分だった」
少し間が空いた。
「でも、足りなくなった」
「何が?」
「ほら。また分からない」
「だから聞いてる」
「……そうね」
エレーンは少し考えた。
「見ていてほしくなったの、あなたに」
「見てるよ?」
「そういう意味じゃないわよ」
「違うのか?」
「違う」
「難しいな」
「難しくないわよ」
「俺には難しい」
「でしょうね」
エレーンは笑った。
「いなくなったら寂しいって思ってほしくなって」
「それは思うよ」
「知ってる」
「じゃあ何?」
「よくないの」
「何が?」
「最後には、行かないでって言ってほしくなったから」
ジジが黙った。
エレーンも黙る。
「……自由になると、贅沢になるのね」
「贅沢?」
「最初は何もいらなかったのに」
「今は欲しいもんあんの?」
「あるわよ」
「何?」
エレーンはジジを見た。
「言わない」
「何で」
「もう手に入らないから」
「そうなんだ」
「ええ」
「じゃあ別のもん探す?」
一瞬、エレーンは目を丸くした。
それから、笑った。
「……そうね」
「そっか」
「それがいいかもね」
笑っていたはずなのに。
エレーンはふいに目元を拭った。
ジジが見る。
「どうした?」
「何でもない」
「泣いてる?」
「泣いてないわよ」
もう一度拭う。
「泣いてるじゃねぇか」
「うるさいわね」
「何で泣いてんの?」
「知らない」
「俺、何か言った?」
「言ってない」
「じゃあ何で?」
「だから、知らないって言ってるでしょう」
エレーンは笑いながら、また頬を拭った。
それでも涙は止まらなかった。
「……困ったわね」
「何が?」
「こんなに泣くつもりじゃなかったの」
「止まんねぇの?」
「見れば分かるでしょう」
「分かんねぇよ」
「こういう時くらい、もう少し何かないの?」
「何かって?」
「……もういい」
「ごめん」
「謝らないでって何回言わせるのよ」
「じゃあ謝らない」
「そうして」
しばらく。
どちらも何も言わなかった。
エレーンは何度か涙を拭った。
ジジは隣にいた。
やがて。
エレーンが小さく息を吐いた。
「私ね」
「ん」
「もう、欲しいものがないふりをしたくないの」
「うん」
「欲しかったものは、欲しかった。それでいいことにする」
「うん」
「手に入らなくてもね」
「うん」
「だから、行くわ」
「分かった」
エレーンはジジを見る。
「……ありがとう」
「何が?」
「色々」
「色々?」
「全部説明しないと駄目?」
「いや」
「じゃあ、それでいいの」
「ああ」
エレーンは家へ戻ろうとして。
一度だけ振り返った。
「それと」
「何?」
「もしこの先、あなたの傍で誰かが出ていこうとした時」
ジジが首を傾げる。
エレーンは少し笑う。
「行ってほしくないと思うなら、ちゃんと言うのよ」
「……?」
「分からないならいい」
「何それ」
「さあ」
そのまま家へ戻った。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




