剣を持つ人
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 2~3話ずつ更新しています。
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翌日の昼前。
エレーンは庭で洗濯物を干していた。
「エレーン」
玄関からジジが顔を出す。
「何?」
「今日、訓練あるけど」
エレーンは手を止めた。
「……ああ。昨日言ってた」
「来る?」
「行っていいの?」
「ん」
ジジはそれだけ言うと、また中へ戻ろうとする。
「ちょっと待って」
「ん?」
「今から?」
「ああ」
「だったら先に言いなさいよ」
「今言った」
「そういう意味じゃないわ」
ジジが首を傾げる。
エレーンはため息をついた。
「着替えてくるから待ってて」
「分かった」
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「ルナも行く?」
支度を終えたエレーンが聞く。
長椅子にいたルナリスは少し考えた。
「ルナはシエラといる」
「いいの?」
「うん。今日は庭の続きする」
シエラが隣で笑う。
「昨日、雨が降ったからね」
ジジがルナリスを見る。
「じゃあ行ってくる」
「うん」
「何かあったら――」
「シエラいるから大丈夫」
先に言われた。
ジジが黙る。
ルナリスが笑う。
「昨日も大丈夫だったよ」
「……そうだな」
シエラが言う。
「ちゃんと見てるから、いってらっしゃい」
「ああ。頼む」
以前より、その言葉が少し自然になっていた。
「いってらっしゃい、エレーン」
「いってくるわ」
二人で家を出た。
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守備隊の訓練場は、街の外れにあった。
木柵に囲まれた広場で、十人ほどの隊員が剣を振っている。
エレーンが入ると、何人かがこちらを見た。
「ジジ!」
奥からダンテが歩いてくる。
「遅ぇ」
「時間通り」
「俺より後なら遅い」
「知らねぇ」
ダンテが何か言い返しかけて、エレーンに気づいた。
「お?」
「こんにちは」
「珍しいな。見学か?」
「昨日、ジジに来てもいいと言われたの」
ダンテがジジを見る。
「お前から誘ったのか?」
「うん」
「へえ」
「何」
「別に」
その言い方に、エレーンが少し笑う。
「ダンテもそれ言うのね」
「何が?」
「何でもない」
今度はダンテが首を傾げた。
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訓練が始まる。
エレーンは木柵の近くに立って見ていた。
ジジは木剣を一本受け取る。
「今日は新人三人な」
ダンテが言った。
「この前の続き頼む」
「ん」
三人の隊員がジジの前に並ぶ。
一人目が構える。
ジジはしばらく黙って見ていた。
「右足」
「え?」
「もう少し後ろ」
隊員が足を動かす。
「そこ」
ジジも木剣を構えた。
「来て」
隊員が踏み込む。
木剣がぶつかる。
一度。
ジジが止めた。
「今のだと次避けられんない」
「え?」
「もう一回」
同じ動き。
今度は隊員の剣を受けず、僅かに流した。
そのまま木剣の先が、隊員の脇腹で止まる。
「ここ空く」
「あ……」
「受けるんじゃなくて、こっち」
もう一度。
ゆっくり動く。
「こう」
「はい」
「やって」
エレーンは少し目を細めた。
普段と、あまり喋る量は変わらない。
それなのに。
何を直せばいいのかは、妙に分かりやすい。
二人目。
「肩に力入りすぎ」
「はい!」
「もっと抜いて」
「はい!」
「抜きすぎ」
「あっ、はい!」
「返事力入ってる」
周りから笑いが起きた。
隊員が困った顔をする。
ジジは真顔だった。
「笑ってねぇで誰か教えてやれよ」
ダンテが言う。
「お前が教えてんだろ」
「力抜いてって言ってる」
「それで分かんねぇから困ってんだよ!」
ジジが少し考える。
隊員の木剣を取った。
「持って」
「はい」
「俺の腕押して」
「え?」
「いいから」
隊員がジジの腕を押す。
ジジは力を入れて抵抗した。
「これが今」
次に、腕から力を抜く。
「こっち」
「……あ」
「分かった?」
「はい!」
「じゃあやって」
エレーンは思わず笑った。
「意外?」
隣からダンテが声を掛ける。
「ちゃんと教えられるのね」
ダンテが吹き出した。
「だろ?」
「もっと『こう』『そこ』『違う』だけかと思ってたわ」
「昔はそれだったぞ」
「やっぱり」
「俺が何年かかけて人間の言葉を覚えさせた」
少し離れたところからジジが振り返る。
「聞こえてる」
「聞かせてんだよ」
「ダンテうるせぇ」
「ほらな」
エレーンが笑った。
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次は二人一組での打ち合いになった。
ジジは少し離れて立ち、全体を見ている。
「止めて」
突然言った。
全員が止まる。
ジジは一人の隊員へ近づいた。
「今、三回同じところ狙った」
「はい」
「三回目で読まれる」
「でも、二回目は入ったので……」
「だから三回目も行った?」
「はい」
「相手も覚えるよ」
ジジは木剣を受け取る。
「ダンテ」
「何だよ」
「ちょっと」
「俺?」
ダンテが前へ出る。
二人が向かい合う。
「同じところ三回やる」
「分かった」
一度目。
ジジが右から振る。
ダンテが受ける。
二度目。
同じ。
三度目。
ジジの剣が動いた瞬間、ダンテが先に受けへ回る。
その直前。
軌道が変わった。
木剣がダンテの首元で止まる。
「こうなる」
「お前、三回同じところっつっただろ!」
「相手がそう思ったら変える」
「新人相手に引っかけ問題やってんじゃねぇ!」
隊員たちが笑う。
ジジも少し笑った。
「でも今の覚えて」
「はい!」
「返事はいいな」
ダンテが首を擦る。
「お前ほんと教え方が性格悪ぃよ」
「分かりやすいだろ」
「分かりやすいけどよ」
エレーンは黙って見ていた。
黒蛇の倉庫で見たジジとは違う。
あの時は、誰も近づけないような空気を纏っていた。
今は。
相手に合わせて剣を止める。
動きを遅くする。
失敗すれば、もう一度やる。
誰かを倒すためではなく。
誰かが倒されないために、剣を振っている。
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休憩に入る。
ジジがエレーンのところへ来た。
「どう?」
「何が?」
「見たかったんだろ」
「ええ」
エレーンは水を飲むジジを見る。
「思ってたのと違ったわ」
ジジの手が止まる。
「下手?」
「違うわよ」
「じゃあ何」
「もっと説明が下手だと思ってた」
ジジが少し眉を寄せる。
「昨日も言ってたな」
「だって普段のあなた見てたらそう思うでしょう?」
「普段も喋ってる」
「必要最低限ね」
「今日も同じ」
「そうなのよ」
エレーンは少し笑った。
「なのに、ちゃんと分かるのね」
「剣なら分かるから」
「自分が?」
「うん」
ジジは何でもないことのように言った。
エレーンは少しだけ黙る。
「長いものね」
「何が?」
「剣を持ってる時間」
「まあな」
きっと十三歳で冒険者だったわけではない。
それでも。
ジジには、エレーンの知らない時間がたくさんある。
昨日見た食堂。
今日の訓練場。
ダンテとのやり取り。
この街で積み重ねてきたもの。
「何?」
「また見てただけ」
「俺を?」
「そう」
ジジは少し首を傾げた。
「面白い?」
「今日は結構」
「そっか」
そこへダンテの声が飛んできた。
「ジジ! 休憩終わり!」
「まだ水飲んでる」
「飲みながら来い!」
ジジが立ち上がる。
「いってくる」
「ええ」
数歩進んだところで、エレーンが呼ぶ。
「ジジ」
「ん」
「今度、私にも教えて」
ジジが少し驚いた。
「剣?」
「ええ」
「やりてぇの?」
「少しだけ」
「いいよ」
「簡単に言うのね」
「何で?」
「……いいわ。今度ね」
「分かった」
ジジは訓練場へ戻っていった。
エレーンはその背中を見送る。
知らないことが、まだたくさんある。
それを。
もう少し知ってみたいと思った。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




