黒蛇の終わり
翌朝から数週間、ラガードの守備隊分隊は
休む間もなく動き続けていた。
押収した帳簿。
捕らえた者たちの証言。
医師が口にした名前。
人を攫った者。
運んだ者。
売った者。
買った者。
そして、金を出した者。
長い間、黒蛇の中に埋もれていた名前が
次々と表へ引きずり出されていく。
詰所の机には、朝より明らかに書類が増えていた。
「……まだ増えんの?」
ジジが聞く。
「増える」
ダンテは書類から顔も上げない。
「昨日より多い」
「見りゃ分かる」
「いつ終わんの?」
「だから俺に聞くな」
ジジは机の端に置かれた一枚へ手を伸ばした。
「触るな」
手が止まる。
「何で」
「分隊が整理したんだよ。順番崩すな」
「見るだけ」
「お前の“見るだけ”は信用してない」
ジジは大人しく手を引いた。
外では分隊員が何人も行き来している。
前日までに押さえた拠点から、
新たな取引記録が見つかると
そこから別の倉庫が割れ、
商人が捕まり、その口からさらに別の名前が出た。
一つ捕まえるたび、次が出てくる。
「南の商人は?」
「確保した」
「医者が言ってた三人」
「全員拘束済み」
「逃げた奴」
「街道で捕まった」
ジジが頷く。
「じゃあ終わり?」
「そんな簡単に終わるか」
ダンテがようやく顔を上げた。
「黒蛇そのものは、もうまともに動けない。
上も拠点も押さえた。金の流れもかなり見えた」
「でも?」
「少なくとも十五年以上続いてた組織だぞ。
枝まで一日で全部刈れると思うな」
「面倒だな」
ダンテは束になった報告書をまとめる。
「ラガード分隊に続けさせる。
取り調べも帳簿の精査もな。
新しい名前が出れば、
全部ノーカルミアの本隊へ報告させる」
「お前に?」
「俺が隊長なんだから当たり前だろ」
「ああ、そうだった」
「お前たまに俺の仕事忘れるよな」
「忘れてない」
「今忘れてただろ」
ジジは答えなかった。
ダンテは呆れながらも、少しだけ口元を緩めた。
「お前はルナリスのところへ戻れ」
「——知りたきゃ本部に来い」
「......わかった」
その時、扉が叩かれた。
「隊長」
ラガードの分隊員が入ってくる。
「手配していた男を確保しました。
押収品もこちらに」
ダンテが立ち上がった。
「怪我人は?」
「こちらにはいません」
「向こうは」
分隊員が少しだけ間を置く。
「……います」
ダンテの視線がジジへ向く。
「俺じゃねぇ」
「まだ何も言ってねぇよ」
分隊員が困ったような顔をしている。
ダンテは咳払いした。
「ご苦労。取り調べは予定通り進めろ。
何か出たらすぐ本隊へ回せ」
「はい」
扉が閉まる。
静かになった室内で、ジジは机の上の紙を見る。
そこには、黒い蛇の紋章が描かれていた。
十五年前。
名前すら知らなかった印。
それを見た町へ行った。
人に聞いた。
噂があれば追った。
拠点を見つければ潰した。
けれど。
どこにもルナリスはいなかった。
「……これで黒蛇は終わり?」
ジジが言った。
ダンテも紋章を見る。
「少なくとも、
ここを中心に動いてた組織は終わりだ」
「そっか」
反応はそれだけだった。
ダンテが眉を上げる。
「もっと喜ぶかと思った」
「何で」
「十五年追ってた相手だろ」
ジジは少し考えた。
「別に黒蛇を追いたかったわけじゃねぇ」
「…………」
「ルナ探してただけだし」
ダンテは何も言わなかった。
やがて椅子の背にもたれる。
「そうだったな」
ジジは立ち上がった。
「戻る」
「診療所か」
「ん」
「俺も後で行く」
「報告?」
「違う」
「じゃあ何」
ダンテは面倒そうに手を振った。
「ルナリスの顔見に行くんだよ」
「そっか」
「あと」
机の脇に置いていた小さな包みを取る。
「これ渡す」
「何それ」
「蜂蜜の飴」
ジジが包みを見る。
「俺には?」
「ねぇよ」
「何で」
ジジは少し不満そうだった。
ダンテはそんな顔を見て、鼻で笑った。
黒蛇を十五年追った男は。
黒蛇が潰れたことより、
蜂蜜の飴を貰えないことの方が
不満そうだった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




