赤い茶
夜になっても、ジジたちは戻らなかった。
診療所の小さな部屋。
ルナリスは眠っている。
シエラはその隣に座り、
エレーンは窓際で外を見ていた。
「気になる?」
姉の声に振り返る。
「何が」
「ジジ」
「……別に」
「そう」
それ以上、シエラは何も言わなかった。
エレーンは再び窓の外を見る。
しばらくして、視線が机へ移った。
そこには、昼間ジジが飲みかけた
カップが残っている。
赤い茶。
「ローズヒップ」
シエラが見る。
「好きなの?」
「私じゃないわ」
エレーンはカップを見る。
「あの人が、よく飲むの」
「そう」
「前に聞いたことがあるの」
自然と声が出た。
「どうしてそんなに飲むのって」
シエラは黙って聞いている。
「“ルナがいなくなった日から飲んでる”って」
エレーンは少し笑った。
初めて分かった。
ルナリスのために淹れ方を覚えに行った。
その日に。
ルナリスはいなくなった。
「十五年よ」
エレーンが言う。
「十五年、ずっと同じものを飲んでた」
シエラがゆっくり妹を見る。
「忘れないためなのかしら」
「分からない」
エレーンは首を振った。
「たぶん、本人も考えてないと思う」
「そういう人なのね」
「そういう人よ」
少しだけ笑う。
けれど。
胸の奥が、妙に落ち着かなかった。
シエラはしばらく黙っていた。
「エレーン」
「何」
「あなた、あの人のことをよく見ているのね」
エレーンの目が僅かに動いた。
「一緒にいるからよ」
「それだけ?」
「……何が言いたいの」
シエラは少し笑った。
「別に」
「姉さん」
「ただ、特別な人の話をする顔に見えただけ」
エレーンは答えなかった。
窓の外を見る。
何も見えない。
それなのに、胸の奥だけが少し騒がしい。
「……知らないわ」
ようやく、それだけ言った。
シエラも、それ以上は追わなかった。
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ジジが戻ってきたのは
東の空が白くなってきた頃だった。
ルナリスの部屋の扉が開いた。
「ルナは?」
聞き慣れた声だった。
エレーンが振り返る。
ジジ。
その後ろにダンテ。
「遅かったわね」
「ああ」
ジジが部屋へ入る。
その顔を見た瞬間。
エレーンの眉が寄った。
「……顔」
「ん?」
「傷」
右の頬。
薄い一本の傷がある。
血はもう止まっている。
「これ?」
「他に何があるの」
「何ともない」
エレーンは椅子を引いた。
「座って」
「いや、これくらい」
「座って」
「……はい」
ダンテが吹き出しそうになって横を向いた。
エレーンは薬と布を取る。
ジジの前へ立ち、頬へ手を伸ばした。
近い。
今までだって、これくらい近づいたことはあった。
なのに。
今日は妙に意識した。
指先が頬へ触れる。
ジジは大人しくしている。
「何したの」
「何って」
「どうして傷があるの」
「人間だけじゃなかった」
エレーンの手が止まる。
「……何がいたの」
「獣人」
後ろからダンテが言う。
「だから俺は言ったんだ。
人間しかいないとは限らんって」
エレーンは傷を拭く。
「獣人にやられたの?」
「掠っただけ」
「珍しいわね」
「あいつ爪長かった」
「……そういう問題?」
「ダンテにも言われた」
「そりゃ言うだろ!」
エレーンは思わず笑いそうになった。
「術師もいた」
ジジが続ける。
「術師まで?」
「ああ」
薬を塗り終える。
それでも、手を離すまでに一瞬だけ時間がかかった。
ほんの少し。
ジジの頬に触れていることを、
意識してしまったから。
「終わり」
「ん」
ジジが立つ。
「ありがと」
「……どういたしまして」
それだけだった。
けれど。
ジジがルナリスの寝台へ向かっていったあとも。
エレーンの指先には、まだ頬の感触が残っていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




