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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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売られなかった子

医師は、その日の夕方には見つかった。


黒蛇の拠点から少し離れた、小さな診療所。

表向きはただの町医者にしか見えない。


守備隊が踏み込んだ時、男は逃げなかった。


白髪混じりの髪。

細い指。

年齢は六十を越えているように見えた。


机の前へ座ったまま、ジジを見上げる。


「……君が、あの子を連れ出した男か」


この医者にも既に砦陥落の情報が入っていたようだ。


ジジは答えなかった。

ダンテが帳面を机へ置く。


「ルナリスを知ってるな」


医師の目が細くなる。


「ああ。知っている」


ジジの手が僅かに握られた。


「何年見てた」


「十年以上」


「何した」


「治療だよ」


ジジが一歩前へ出た。

ダンテが横を見る。


「ジジ」


「分かってる」


声は静かだった。

医師はその様子を見ながら、ゆっくり息を吐いた。


「彼女は普通ではなかった」


「何が」


「傷の治りが異常に早い」


「知ってる」


「いや。君は知らない」


男は淡々と続けた。


「どの程度まで戻るのか。

 我々は確かめる必要があった」


部屋の空気が冷えた。

ダンテの表情も変わる。


「確かめた?」


「ああ」


「どうやって」


男は答えなかった。

ジジが机へ手を置く。


「何回やった」


「…………」


「何回、傷つけた」


「数えてはいない」


木が軋んだ。

ジジの手の下で、机にひびが入る。


ダンテは止めなかった。


「売らなかったのは、そのせいか」


「あの子を普通の奴隷として売る価値はなかった」


「価値?」


「もっと高い価値があった」


ジジの目が動かない。


「回復力。それから、目だ」


ダンテが眉を寄せた。


「目?」


「見えないものを見る」


「千里眼か」


「名前は知らなかった。

 ただ、明らかに普通ではない」


医師は指を組んだ。


「来てすぐのころは目隠しをしても、部屋の中の人数を当てた。

 壁の向こうにいる者を指したこともある」


ジジは何も言わない。


「なら、視覚を奪えばもっと明確になるのではないか、

 と考えた者がいた」


ダンテの顔から血の気が引いた。


「……お前ら」


「命令だった」


「目を潰したのか」


医師は沈黙した。

それが答えだった。


ジジが動いた。


一歩。


ダンテが腕を出す。


「ジジ」


止まる。


「こいつはまだ喋る」


長い沈黙。

ジジは医師を見たまま言った。


「続けろ」


声に怒鳴り声はなかった。


その方が、ずっと怖かった。


「痛みや飢餓でも反応が変わることがあった。

 極端な状況ほど、見える範囲が広がると考えられていた」


「誰が考えた」


「上の人間だ」


「名前」


医師は一人ずつ挙げた。


黒蛇の幹部。

薬を運んだ商人。

人を買った貴族。

実験のために金を出した者。


ダンテがすべて書き留める。


「ルナを売らなかった理由は」


ジジがもう一度聞いた。


「売れば終わるからだ」


医師は答えた。


「あの子は、金を生む商品ではなかった。

 情報を生む道具だった」


その瞬間。


ジジの拳が机へ落ちた。

机が真ん中から割れた。


医師が椅子ごと後ろへ倒れる。


それでもジジは、男には触れなかった。


「連れてけ」


ダンテが守備隊へ言う。


「全部吐かせろ」


「はい」


医師が連れ出される。

ジジは割れた机を見ていた。


「ジジ」


「何」


「帰るか」


「まだ」


「まだ?」


ジジは帳面を拾った。

最後の頁。


そこに、残っている名前があった。


「あと三人」


ダンテも見る。


「……分かった」


ジジは扉へ向かう。


「今日中に終わらせる」

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お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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