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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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狙われていた子ー後編ー

三歳になったルナリスは、常にジジと一緒だった。

孤児院にいる時も、マリアの家に行く時も。


ルナリスはマリアの家で出された

赤い茶を気に入っていた。


最初は一口飲んで、妙な顔をする。


「すっぱい」


隣にいたジジが覗き込む。


「嫌い?」


「……すき」


「どっちだよ」


「すっぱいけど、すき」


マリアが笑いながら蜂蜜を少し足した。


「これならどう?」


ルナリスがもう一度飲む。


「おいしい」


「へぇ」


ジジも一口飲んだ。


「……酸っぱい」


「あなたも同じ顔してるわよ」


「してない」


「してる」


「ジジ、すっぱいかお」


「してないって」


ルナリスが声を立てて笑った。


それからマリアの家へ来るたび、

ルナリスはその茶を欲しがった。


「あかいの」


まだ名前を覚えられなかった。

だから、ジジが覚えることにした。


——————————————————————


あの日の朝。


ジジは隣で寝ているルナリスを起こさず、

マリアの家に行った。


「ローズヒップって、どうやって淹れるの」


マリアが振り返った。


「あら」


「何」


「お前から聞くなんて珍しいわね」


「ルナが好きだから」


「そう」


「孤児院でも作れるようにしたい」


マリアは棚から乾燥させた実を取り出した。


「なら、ちゃんと覚えなさい。

 適当にやると酸っぱくなりすぎるわよ」


「元から酸っぱいだろ」


「限度があるの」


湯の量。蒸らす時間。蜂蜜を入れる量。

十三歳のジジは、珍しく細かく聞いた。


「これくらい?」


「そう」


「蜂蜜、もうちょい入れた方がいい?」


「ルナリスなら少し多めでもいいかもしれないわね」


「これで飲むかな」


「帰って本人に聞きなさい」


「うん」


ジジは出来上がった茶を飲む。


「……やっぱ酸っぱい」


「蜂蜜、入ってるでしょう」


「もうちょい入れる」


「お前が飲むものじゃないでしょう」


マリアが笑った。


「ずいぶん真面目ね」


「失敗したらルナ飲まないから」


「また作ればいいじゃない」


「最初から気に入って欲しい」


「そう」


マリアはそれ以上何も言わなかった。

ジジは淹れ方を頭の中でもう一度確認する。


帰ったらルナリスに飲ませる。


ただ、それだけだった。


——————————————————————


赤い実の入った袋を持ち、マリアの家を出た。

森を抜ける少し前、黒い煙が見えた。


ジジの足が止まる。


場所がおかしい。

孤児院の方角だった。


走った。


近づくほど煙は濃くなり、

人の声や悲鳴が聞こえ始める。


「ルナ!?」


孤児院が燃えていた。


窓から炎が噴き出し、

外では職員たちが子どもを運び出している。


「ルナ!!」


「ジジ、入っちゃ駄目!!」


腕を掴まれた。


「ルナは?!」


「分からない!」


「離せ!!」


「中は危ない!」


その手を振り払い、炎の中へ入った。


熱い。

息を吸った瞬間、喉が焼けた。


「ルナ!!」


咳き込みながら進む。


煙で前が見えない。


部屋。廊下。寝床。

いつも遊んでいた場所にもいない。


「ルナどこ?!」


天井から焼けた木材が落ちた。

避けきれず、右腕へ熱が走る。


「っ……!」


袖に移った火を手で叩き消す。


皮膚が焼ける痛みより、

ルナリスが見つからないことの方が怖かった。


「ルナ聞こえるか?!」


返事はなかった。


やがて大人に腕を掴まれ、

半ば引きずられるように外へ出された。


「離せよ!!」


「死ぬぞ!」


「ルナがいない!!」


「中にはもう誰も――」


「絶対いる!」


声が掠れる。

咳が止まらず、息もまともにできなかった。


その時。


馬の蹄が聞こえた。

道の向こうを、一台の馬車が走り出している。


荷台の隙間から白いものが見えた。


「…………」


白い髪。


「待って!!」


身体が勝手に動いた。


——————————————————————


走った。


馬車の隙間から、小さな顔が見える。

ルナリスだった。


「ジジー!」


泣いている。


小さな手がこちらへ伸びた。


「ルナ!」


「ジジー! 助けて!」


「絶対助ける!」


焼けた喉で叫ぶ。

声が酷く掠れた。


「待ってろ!」


「ジジ!」


馬車は止まらない。

十三歳の脚では、少しずつ距離が開いていく。


「助けて!」


「絶対助けるから!」


もっと速く。


追いつけ。


脚がもつれ、地面へ転んだ。

手のひらと膝が裂ける。


すぐに立ち上がった。


「ジジー!」


「ルナ!!」


また走る。


「絶対見つける!」


喉が痛かった。


それでも叫んだ。


「絶対見つけるから!」


「ジジ!」


「待ってろ!」


伸ばされた小さな手が遠ざかる。


「絶対助けるから!」


やがて白い髪が見えなくなった。


「ルナー!!」


それでも走った。


脚が動かなくなるまで。


何も見えなくなった道の先へ向かって、

何度も名前を呼んだ。


——————————————————————


その日から、ジジはルナリスを探した。


最初は近くの町。


それから街道、商人、旅人、奴隷商。


少しでも白い髪の子どもの話を聞けば、

どこへでも行った。


だが、十三歳の少年にできることは少なかった。


追い返されることもあった。

相手にされないこともあった。


危険だからやめろと言われても、やめなかった。


あの日。

ルナリスに言ったからだ。


絶対に助ける。

絶対に見つける。


その約束は、十五年経っても終わっていなかった。


——————————————————————


診療所へ意識が戻る。


静かな部屋に、ルナリスの寝息だけが聞こえていた。


ダンテが、やがて口を開いた。


「……だからか」


「何が」


「お前が強さにあそこまで執着した理由」


ジジは答えなかった。


「もっと強かったらって、ずっと思ってたんだろ」


「ん」


「もっと速かったら」


「ああ」


「十三歳だったんだぞ」


「関係ない」


即答だった。


「俺がもっと強かったら、止められた。

 馬車に追いつけたら、ルナを取り返せた」


だから強くなった。


剣を覚え、身体を鍛え、魔物を倒した。

誰も入りたがらない場所へも一人で入った。


もっと速く。

もっと強く。


二度と、自分の手が届かないことがないように。


気づけば、

六ヶ国で唯一のオリハルコンになっていた。


それでもルナリスだけは、

十五年間見つからなかった。


ダンテが襲撃当日の報告書を取った。


「ジジ。これを見ろ」


少年、孤児院を離れる。

対象周辺の障害なし。


回収実行。


「お前がいなかったから、

 ルナリスが攫われたんじゃない」


ジジは紙を見た。


「…………」


「こいつらがお前のいない時を選んだ」


ダンテは続ける。


「三年間、お前たちを見てた。

 お前が毎日ルナリスのそばにいたことも、

 ルナリスがお前から離れなかったことも、

 全部知った上でだ」


紙を指で叩く。


「お前がいなくなるのを待った」


長い沈黙のあと、ジジが言った。


「……俺がマリアんとこ行かなくても、

 別の日にやった?」


「たぶんな」


「…………」


「少なくとも、偶然お前がいなかった日に起きた

 襲撃じゃない」


ダンテはまっすぐジジを見る。


「お前を避けたんだ」


ジジは何も答えなかった。


十五年間、

自分があの日ルナリスのそばを離れたことを、

失敗の一つとして抱えていた。


ルナリスのために出かけたことまで。


全部。


けれど最初から、自分がいない時間を選ばれていた。

ジジは寝台へ近づき、

眠るルナリスの白い髪をそっと撫でた。


「……遅くなったな」


十五年前。


絶対に見つけると叫んだ。

あの日の約束を果たすまでに、十五年かかった。


ルナリスは眠ったまま、静かな寝息を立てていた。


ジジは机へ戻った。


「ダンテ」


「何だ」


「あと何人残ってる」


ダンテの目が細くなる。


「黒蛇か」


「ああ」


「まだ洗い切れてない。

 だが、居場所が分かってる連中はいくつかある」


「売った奴は?」


「帳簿から追える」


「買った奴」


「そっちもだ」


「手伝った奴」


「調べている」


ジジは短く言った。


「全部」


ダンテはしばらくジジを見た。


「……ああ。全部だ」


ジジは報告書の一枚を指した。


「ここ、今もいる?」


「いるはずだ」


「じゃあ行く」


ダンテの視線が、壁際に置かれたジジの剣へ向いた。


「置いてくのか」


「ああ」


「人間しかいないとは限らんぞ」


「その時はその時だ」


ダンテは小さく息を吐いて、書類をまとめた。


「俺も行く」


「何で」


「お前が片っ端から転がした後、

 誰が捕まえるんだよ」


「そっか」


「そっか、じゃねぇよ」


エレーンは止めなかった。


止める理由も。

止められる人間も。


ここにはいなかった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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