狙われていた子ー前編ー
診察と昔話で疲れたのか、
ルナリスはほどなく眠りについた。
ジジは毛布を肩まで掛け直し、
しばらくその寝顔を見ていた。
「ジジ」
ダンテが呼ぶ。
「ん」
「こっち、いいか」
机の上には、
先ほどから手をつけられていない書類が
置かれていた。
ジジは椅子へ戻る。
エレーンも向かいに座った。
「北倉庫と旧砦から押収した帳簿を、
古い記録と照合した」
「何か出た?」
「ああ。かなり古い」
「どのくらい」
「十八年前まで遡る」
ジジが僅かに眉を寄せた。
「ルナが生まれた頃?」
「そうなる」
ダンテは、一枚の古びた紙を机へ置いた。
「孤児院」
「俺がいたとこ?」
「恐らく」
少し間を置いてから、続けた。
「黒蛇の内通者がいた」
ジジの目が止まる。
「……誰」
「職員の一人だ。もう死んでる」
エレーンが顔を上げた。
「孤児院自体が関わっていたの?」
「いや。記録を見る限り一人だけだ。
他の職員が知っていた形跡はない」
「そっか」
ジジの声は低かった。
「その内通者から最初の報告が上がったのが、
これだ」
ダンテが紙を指で押さえる。
「孤児院裏で身元不明の乳児を保護。
女児。白髪、碧眼」
誰も言葉を挟まなかった。
ジジの視線が、眠っているルナリスへ向く。
「……ルナだ」
「ああ」
「見つかった日?」
「その日の記録だと思う」
「何でそんなもの報告してんだ?」
「最初は、
珍しい子どもが来た程度だったのかもしれない。
だが、その報告を受けた上の人間が
監視を続けるよう指示してる」
「何で」
「そこは書いてない」
ジジは黙った。
記録は、それからも残されていた。
熱を出した翌日に、妙に元気だった。
擦り傷が、他の子どもより早く消えた。
まだ幼いのに、人が来る前から入口を指した。
隠れている者のいる方を、何度か正確に見た。
「千里眼……?」
エレーンが小さく呟いた。
「さっき医師が言ってたやつか」
「可能性があると言っていただけよ」
「ああ」
ダンテは紙をめくる。
「当時の連中も何なのかまでは分かってない。
ただ、普通の子どもじゃないとは思ったらしい」
ジジは書類を一枚ずつ見ていた。
「全部、書いてあんの?」
「ああ」
「熱出したことまで?」
「残ってる」
「転んだのも?」
「ああ」
「…………」
紙を持つ指に少し力が入った。
「見られてたんだ」
「三年間な」
十歳の自分が拾った赤ん坊。
歩き始めたことも、転んだことも、
熱を出したことも。
自分たちの知らないところで、
誰かがずっと見ていた。
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「三歳になる少し前から、書き方が変わる」
ダンテが別の束を取った。
「どう変わる?」
「“特別な子”と呼ばれてる」
「特別?」
「理由までは分からない。ただ、上から命令が来た」
「何て」
ダンテは紙を見る。
「対象を回収候補とする」
エレーンの眉が僅かに寄った。
「……回収?」
「ああ」
「人を物みたいに」
ジジは何も言わなかった。
「その後、実際に連れ去るための調査が始まってる。
孤児院の人数、職員の配置、出入りする人間。
それから――」
ダンテの手が止まる。
「一人の少年」
ジジが顔を上げた。
「少年?」
「十三歳前後。対象に日常的に付き添う。
食事、移動、就寝時」
エレーンがゆっくりジジを見る。
「……あなたね」
「だな」
ダンテは続きを読んだ。
「対象は少年への依存が強い」
「ルナは三歳だぞ」
「俺に言うな。そう書いてある」
さらに紙をめくる。
「少年がいる間の回収は困難。
少年の行動を確認すること」
「…………」
「少年は対象と森に住む薬師の家へ頻繁に出入り」
その言葉で、ジジの表情が僅かに変わった。
「ジジ?」
エレーンが気づく。
「続けて」
声だけが低くなっていた。
ダンテは最後の一枚を取り出した。
「襲撃当日だ」
部屋が静かになる。
「朝、少年が孤児院を離れたことを確認。
行き先は森の薬師宅」
ジジは動かなかった。
「対象の周囲から少年が離れたことを確認」
ダンテは一度、読むのを止めた。
「――回収を実行」
紙が机に戻された。
「……最初から」
ジジが呟く。
「何?」
「孤児院を襲ったんじゃねぇ」
誰も答えない。
「ルナを取りに来た?」
「ああ」
ダンテが静かに答えた。
「他の子どもを攫ったのも、
人身売買と偽装を兼ねていた可能性が高い。
火を放ったのは証拠を消すためだろう」
「俺がいない日を待ってた?」
「記録を見る限りはな」
「三年間?」
「ああ」
ジジはルナリスを見た。
「……そうか」
それだけだった。
しばらくして、ダンテが聞いた。
「その日、お前はマリアのところで何してた」
返事はすぐにはなかった。
ジジの視線が、自分の右腕へ落ちる。
そこには今も古い火傷の痕が残っていた。
「ローズヒップ」
エレーンが顔を上げる。
「え?」
「淹れ方、教わってた」
「どうして?」
ジジは眠るルナリスへ目を向けた。
「ルナが好きだったから」
短い答えだった。
そして、十五年前のあの日が戻ってきた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




