拾った日ー前編ー
翌日 午後。
診療所の扉が、ほとんど同時に二度叩かれた。
一人は、灰色がかった長い髪を持つエルフの女。
もう一人は、何枚もの書類を抱えたダンテだった。
「……随分集まったな」
寝台の横にいたジジが言った。
「好きで来たんじゃねぇよ」
ダンテが書類を軽く持ち上げる。
「北倉庫と旧砦から出た記録の整理が進んだ。
報告がある」
「今聞く」
「その前に診察させて」
エルフの女が口を挟んだ。
古びた革鞄を机へ置き、寝台のルナリスを見る。
「昨日、この診療所の先生から相談を受けたの」
「相談?」
「この子の傷の治り方が、
人間の身体では説明しにくいって」
ジジがルナリスを見る。
「それで?」
「一度、エルフの身体を知っている医師にも
診てほしいと言われた。それで私が来たの」
「エルフ?」
「まだ何も決まってないわ。だから診るの」
「分かった」
ジジは少しだけ納得した顔をした。
ダンテが書類を机へ置く。
「俺の話は後でいい。先に診てもらえ」
「急ぎじゃねぇの?」
「今すぐどうこうって話じゃない」
「ならいい」
エルフの医師が椅子を引いた。
「あなたがジジね」
「そうだけど」
「昨日の先生から聞いてる」
「何を」
「質問が多いって」
「必要だから聞いてる」
「それも聞いた」
壁際でダンテが笑った。
「よく見てる先生だな」
「お前は黙ってろ」
医師は寝台へ向き直った。
「あなたがルナリス?」
「……うん」
「少し身体を診てもいい?」
「いいよ」
ルナリスの手が寝台の上を探る。
「ジジ?」
「いる」
ジジがすぐにその手を取った。
「ここ」
「……うん」
指が絡む。
それだけで、ルナリスの肩から少し力が抜けた。
「痛かったらすぐ言えよ」
「うん」
「我慢すんなよ」
「分かってる」
「ちょっとでも変だったら――」
「ジジ」
エレーンが呼んだ。
「何」
「まだ何もしてないわ」
「先に言っといただけ」
ルナリスが小さく笑った。
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診察は、ゆっくりと進められた。
脈。
呼吸。
痩せた腕。
皮膚に残る古い傷。
両眼。
そして、失われた両脚。
医師は一つずつ丁寧に確認していく。
断端へ触れた時。
その手が止まった。
もう一度。
反対側も見る。
「……これは」
ジジがすぐ反応した。
「何」
「少し待って」
鞄から器具を取り出し、傷の縁を確かめる。
腕や肩に残る古い傷も見直す。
最後に、白い髪へ指を通した。
「この髪は、昔から?」
「ああ」
「耳は?」
「変わってないと思う」
医師はルナリスの耳を見る。
人間のものと、ほとんど変わらない。
少し考えて。
「この子、人間だけではないと思う」
ジジが眉を寄せた。
「何?」
「エルフの血が入ってる」
部屋が静かになった。
エレーンが寝台を見る。
「ルナリスに?」
「ええ」
「でも耳は……」
「人間の血も入っているんでしょうね。
混血なら、エルフの特徴が耳に強く出るとは
限らないわ」
ジジはルナリスの耳を見る。
「誰も知らねぇ」
「無理もないわ。
私だって、見ただけなら人間だと思った」
「何で分かった」
「身体を診たから」
「傷?」
「治り方よ」
医師はルナリスの脚へ視線を落とした。
「これは、ただ傷が塞がっているんじゃない」
「じゃあ何?」
「戻ろうとしてる」
ジジの動きが止まった。
「……脚が?」
「ごく僅かだけど、再生している」
「戻る?」
「可能性はある」
「いつ」
「分からない」
「どのくらいかかる」
「それも分からない」
「でも、戻る可能性はあるんだろ」
「ええ」
ジジはルナリスを見る。
「ルナ」
「なに?」
「脚、戻るかもって」
「……ほんと?」
「うん」
「可能性よ」
医師が念を押した。
「でも、身体が再生しようとしているのは確か」
ルナリスは少し考えた。
「そっか」
それだけだった。
本人より、ジジの方がずっと大きく動揺している。
「エルフならこうなるのか?」
ダンテが聞いた。
「ならないわ」
医師は即答した。
「エルフは人間より傷の治りが早いことはある。
でも、失った部分そのものを
ここまで強く再生しようとする身体を、
私は見たことがない」
「じゃあ何なんだ」
ジジが聞く。
「そこまでは分からない」
「分かる人は?」
「いるかもしれない」
「どこ」
「本当に早いわね、あなた」
「分かる人がいるなら聞くだろ」
「まあ、そうだけど」
医師は小さく息を吐いた。
「バインスに、シャイアというエルフの医師がいる」
「シャイア?」
「薬学や医学、エルフの身体については、権威よ。
私よりずっと詳しい。
こういう特殊な症例にも詳しいはず」
「じゃあ行く」
「今は駄目」
「何で」
「ルナリスが行けないから」
「俺が抱いて――」
「駄目」
「馬車ゆっくりなら」
「駄目」
「途中で休めば」
「ジジ」
今度はダンテだった。
「医者の話聞け」
「聞いてる」
「聞いてねぇよ」
医師はジジをまっすぐ見る。
「今のこの子に必要なのは移動じゃない。
食べること。眠ること。体力を戻すこと」
「どのくらい」
「分からない」
「また?」
「身体は予定通りには治らないの」
「…………」
「シャイアには私から手紙を出す。
症状も詳しく書いておくわ」
「今日?」
「今日」
「頼む」
ようやくジジが引いた。
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次に医師が診たのは眼だった。
傷痕を慎重に確認する。
「光は分かる?」
「分かんない」
「明るいとか暗いとかも?」
「うん」
「人がいるのは分かる?」
「ときどき」
医師の手が止まった。
「音で?」
「ちがう」
「匂い?」
「ちがう」
「じゃあ、どうして?」
ルナリスが困ったように首を傾げる。
「……そこにいるから」
「見えるの?」
「見えないよ」
医師がジジを見る。
「少し離れて」
「何で」
「試したいの」
ジジはルナリスを見る。
「ルナ、いい?」
「うん」
音を立てないよう、部屋の隅へ移動する。
「ルナリス」
医師が聞いた。
「ジジはどこ?」
ルナリスの顔が、迷わずジジの方へ向いた。
「そこ」
今度は医師自身が反対側へ移動する。
「私は?」
「こっち」
さらに、机にあった小さな金属の器を
寝台の後ろへ置いた。
「さっきまでなかったものがある?」
「.......わかんない」
医師はしばらく黙っていた。
「……物は分からないのかしら」
「何か関係あんの?」
「分からないわ。ただ可能性の話だけど...」
「何?」
「――千里眼」
「何それ?」
ジジが聞く。
「古い文献に出てくる言葉よ。
眼を使わずに、離れたものや、
本来見えないものを知覚する力」
エレーンがルナリスを見る。
「そんなものが本当にあるの?」
「記録はある。
でも、これがそうだとはまだ言えない」
「何でできんの」
「分からない」
「エルフの血と関係あんの?」
「それも断定できない」
医師は首を振った。
「私は医師よ。精霊術や古い力の研究者じゃない」
「精霊術?」
「似た力について、
そういう記録が残っていることはある。
でも私に言えるのはそこまで」
「シャイアなら?」
「少なくとも私よりは詳しいでしょうね」
ジジは少し考えて。
「そっか」
頷いた。
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医師が診察記録を書き始める。
「ところで、
この子の生い立ちを聞いてもいい?」
「何で?」
「生まれた頃の状態が分からないから。
見つけた時に身体の特徴がなかったか知りたいの」
「生まれた時は知らない」
「あなたが育てたんでしょう?」
「ああ」
「いつから?」
「拾った時から」
医師の筆が止まった。
「拾った?」
「ああ」
「どこで?」
「俺がいた孤児院の裏」
エレーンが顔を上げた。
「……あなた、孤児院で育ったの?」
「ああ」
ジジは普通に答えた。
エレーンが少し黙る。
「知らなかった」
「言ってなかった?」
「聞いてないわ」
「そっか」
それだけだった。
ダンテが壁際で腕を組む。
「俺は知ってたが、
ルナリスを見つけた場所までは知らなかったな」
医師がジジを見る。
「その時、あなたはいくつだったの?」
「十歳」
「十歳?」
今度はエレーンも聞き返した。
「ああ」
「ルナリスは?」
「生まれたばっかだと思う」
「……十歳で赤ちゃんを?」
「最初は何もできなかった」
ジジは寝台を見る。
「ルナ」
「なに?」
「聞く?」
「聞きたい」
ジジは少しだけ椅子へ深く座った。
「じゃあ話す」
十歳だった頃のことを。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




