夜の北倉庫
ラガード北部。
港から少し離れた倉庫街は、
日が落ちると急に静かになった。
昼間は荷車と人夫で埋まっていた通りにも、
今はほとんど人影がない。
その一番奥。
古い石造りの倉庫を
ジジたちは向かいの建物の陰から見ていた。
「三人」
ダンテが小さく言った。
「表に二人。裏に一人」
「中は?」
「まだ分かんねぇ。窓が少なすぎる」
ジジは倉庫を見たまま答えた。
腰にはいつもの剣。
それだけだった。
革鎧すら着ていない。
ダンテが横目で見る。
「お前、本当にその格好で行くのか」
「何が?」
「何がじゃない。相手は武装してる可能性がある」
「そうかもな」
「せめて胸当てくらい着けろ」
「いらない」
「……ジジ」
「人間だろ?」
ダンテが額を押さえた。
「そういう問題じゃねぇんだよ」
エレーンは二人を見た。
ジジは本気で意味が分かっていないらしい。
冗談でも、強がりでもない。
ただ必要がないと思っている。
「お前が怪我すると、
こっちの報告書が増えるんだよ」
「しない」
「その自信が腹立つ」
「事実だろ」
「そういうところだぞ」
ジジはもう聞いていなかった。
視線が倉庫へ戻る。
「動いた」
裏口から荷車が入っていく。
幌を深くかぶせた、小さな荷車だった。
御者が周囲を確認する。
門が開く。
中へ入った。
「今夜も荷があるみてぇだな」
ダンテの表情が消える。
「ああ」
もう十分だった。
ここがただの倉庫でないことは、
これまでの記録から分かっている。
けれど。
今夜、実際に何が運び込まれているのか。
それだけは確かめる必要があった。
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しばらくして。
裏口が再び開いた。
男が二人。
その間に、小さな影が見えた。
頭から布をかぶせられている。
両手は後ろ。
歩き方がおかしい。
続いて、もう一人。
さらに一人。
エレーンの指が強く握られた。
「……人ね」
「ああ」
ダンテが短く答える。
ジジは何も言わない。
最後に降ろされた者が、足をもつれさせた。
男が腕を引く。
倒れた身体を無理やり起こす。
その時。
布の下から、小さな声が漏れた。
<……助けて>
エルフ語だった。
ジジが立ち上がった。
「待て」
ダンテが腕を掴む。
「まだ中の人数が――」
言葉が止まった。
ジジが振り返ったからではない。
何もしていない。
ただ。
空気が変わった。
エレーンは一瞬、息ができなかった。
肌が粟立つ。
寒いわけではない。
身体の奥が、逃げろと告げていた。
目の前にいるのは、いつものジジだ。
黒い髪。
普段着。
剣も抜いていない。
それなのに。
知らないものが、そこに立っているように見えた。
「……ジジ」
ダンテの声まで低くなる。
「殺すなよ」
「分かってる」
返事はいつも通りだった。
それが余計に怖かった。
ジジは倉庫へ向かって歩き出した。
エレーンは、その背中を見つめる。
苛立っているところを見たことはある。
機嫌が悪いところも。
けれど。違う。
今までのあれは、怒ってすらいなかったのだ。
この男は。
自分に向けて、一度も本気で怒ったことがなかった。
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「おい」
倉庫の見張りがジジに気づいた。
「止まれ」
ジジは止まらない。
「聞こえねぇのか!」
男が剣を抜いた。
もう一人も続く。
ジジは腰の剣に触れもしなかった。
「何だてめぇ」
「中、開けろ」
「は?」
「今入れた奴ら、出せ」
二人の表情が変わる。
「何の話だ」
「聞こえただろ」
「失せろ!」
そういうと一人が剣先を向けた。
ジジはそれを見る。
「……抜かねぇのか?」
男が嘲るように言った。
ジジは少し首を傾げた。
「俺が?」
「剣だよ」
「いらないだろ」
次の瞬間。
男の剣が地面に落ちた。
「……は?」
自分の手から何が起きたのか、
男自身が分かっていなかった。
ジジの手がその手首を掴んでいる。
軽く捻る。
男の身体が勝手に地面へ落ちた。
もう一人が斬りかかる。
ジジは半歩ずれただけだった。
腕を取る。
体勢を崩す。
肩から地面へ落とす。
二人とも。
数秒だった。
「殺してないか?」
遅れて来たダンテが聞く。
「ん」
「ならいい」
「中行く」
「待てって!」
もう扉を開けていた。
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倉庫内にいた男たちが一斉に振り返った。
八人。
奥にもいる。
「誰だ!」
「侵入者だ!」
「やれ!」
武器が抜かれる。
ジジは歩いた。
一人目。
突き出された槍を横から押す。
持ち主がそのまま壁へ転がった。
二人目。
剣を振り下ろす腕を掴み、
肘を曲げたまま床へ伏せる。
三人目。
殴りかかってきた拳を避け、腹へ一撃。
男は声も出さず崩れた。
四人目。
背後から飛びかかる。
振り返りもしなかった。
身体を僅かに沈めただけで、
その男はジジの肩を越え、床へ落ちた。
それを見ていた残りの男たちが止まった。
「……何だ、こいつ」
一人が呟く。
ジジは答えない。
「武器捨てろ」
誰も動かない。
「二回言わせんな」
一人が逃げた。
裏口へ。
ジジは追わなかった。
男が扉を開け、外へ飛び出す。
その直後。
「お」
ダンテの声がした。
「こっち来た」
鈍い音。
「一人確保!」
守備隊員の声が続く。
ジジは残った男たちを見る。
「次」
武器が、一つ。
床へ落ちた。
それを合図に。
次々と剣が落ちていった。
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奥の部屋にいたのは、七人だった。
人間が四人。
エルフが三人。
全員が拘束されていた。
エレーンが急いで近づく。
<大丈夫。助けに来たの>
三人のエルフが顔を上げる。
一人が泣き始めた。
ジジはその横を通り、壁際の机を見る。
帳簿。
金。
金属札。
黒い蛇の印。
「ダンテ」
「ああ」
ダンテも気づいた。
「当たりだ」
机の引き出しを開ける。
中には、いくつもの書類が入っていた。
名前。
年齢。
種族。
売却先。
移送先。
そして。
まだ使われている記録。
「……今も動いてやがる」
ダンテの声が低くなる。
ジジは黒い蛇の印を見つめた。
十五年前。
馬車の中。
小さな手。
エレーンの声で、顔を上げる。
救出したエルフの一人が、こちらを見ていた。
<あの人……>
震える声。
<あの奥に、偉い男がいる>
ジジの目が細くなる。
<どこ>
エレーンが訳すより先に、
ジジはエルフ語で聞いた。
<地下。逃げ道がある>
その瞬間。
外で馬のいななきがした。
ダンテが振り返る。
「逃げるぞ!」
ジジは走った。
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裏手。
荷馬車が走り出していた。
御者が鞭を振るう。
「退け!」
ジジは道の中央へ出た。
「ジジ!」
エレーンの声。
馬車は止まらない。
ジジは馬を見た。
一歩横へ。
手綱へ手を伸ばす。
御者が剣を抜いた。
その手首を掴む。
引き下ろす。
男の身体だけが御者台から消えた。
ジジは手綱を取った。
馬を傷つけることなく、速度を落とす。
馬車が止まった。
中から男が飛び出す。
短剣。
ジジの喉へ向けて突く。
止まった。
刃先は、ジジの首へ届く前に。
男の腕ごと掴まれていた。
「離せ!」
「黒蛇?」
男の顔が強張った。
「何の――」
「黒蛇だろ」
「知らねぇ!」
ジジの指に僅かに力が入る。
男の短剣が落ちる。
「知ってる奴の顔してる」
そのまま地面へ伏せさせた。
ダンテたちが追いつく。
「こいつ?」
「ああ」
「生きてるな?」
「殺してねぇ」
「よし」
縄を掛ける。
ジジは立ち上がった。
その夜。
ジジの腰にあった剣は。
一度も、鞘から抜かれなかった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




