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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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保留の理由

港の南側は、中心部とは少し雰囲気が違っていた。


大きな倉庫が並び、

道には荷車の轍が深く残っている。

十五年前にベルグ商会が使っていたという建物は、

その一番端にあった。


「……あれね」


エレーンが足を止める。


石造りの古い倉庫。

屋根や扉は新しく直されているが、

壁そのものはかなり古い。


入口では、白髪混じりの男が待っていた。


「ノーカルミアの守備隊だな?」


「ああ」


ダンテが書状を見せる。


「急に悪い」


「構わんよ。役所から先に話は聞いた」


男は倉庫を振り返った。


「十五年前のことを調べてるんだって?」


「ベルグ商会がここを使ってた頃だ」


「俺が買ったのは九年前だ。

 前の連中のことはほとんど知らん」


「中を見せてもらえるか?」


「ああ。好きに見てくれ」


そこで男はジジを見る。


「ただ、壊すなよ」


「何で俺見て言った?」


ダンテが横を向いた。

エレーンも黙った。


「……何だよ」


「何でもないわ」


——————————————————————


倉庫の中は現在も使われていた。


木箱。

縄。

荷造り用の布。


港へ出す商品が整然と積まれている。


「全部改装した?」


エレーンが尋ねる。


「屋根と扉だけ直した。石造りは丈夫だからな」


ジジは壁沿いを歩いていく。


「地下は?」


「ないはずだ」


「二階?」


「物置がある」


「裏は?」


「小さい部屋が一つ」


ジジが振り返った。


「小さい部屋?」


「ああ。昔からある」


三人の視線が揃う。

男が少し戸惑った。


「……見るか?」


「ああ」


倉庫の奥。


商品棚の向こうに、小さな扉があった。

現在は掃除道具などが置かれている。

広さはそれほどない。


エレーンが中へ入る。


「普通の物置ね」


「ああ」


ダンテも壁を見る。


 窓が一つ。

 古い棚。

 何もない。


ジジだけが扉の前に立ったままだった。


「どうしたの?」


「狭くね?」


「何が?」


「外から見た幅と、中が合ってねぇ」


エレーンが振り返る。


「……分かるの?」


「たぶん」


ダンテが外へ出て壁を確認する。

少しして戻ってきた。


「こっち側、もう一部屋分くらいあるな」


所有者が驚く。


「そんなもん知らんぞ」


「壁か」


ジジが棚をどかそうとする。


「待ちなさい」


「まだ何もしてねぇだろ」


「今からする顔だったわ」


「顔で決めんな」


ダンテが棚を調べる。


「こっちだ」


棚の裏。


壁と壁の間に、細い切れ目があった。

木板を重ね、その上から同じ色を塗っている。


「隠してある」


エレーンの声が低くなる。


板を外すと、もう一つ扉が現れた。

鍵は錆びついている。


ダンテが所有者を見る。


「開けていいか?」


「……ああ」


鍵を外し、扉を押す。


湿った空気が流れてきた。

中は暗い。

灯りを入れる。


エレーンは入口で止まった。


「……寝台?」


一つだけ、古い寝台が残っていた。

ただの保管庫ではない。


壁際には、小さな机。

棚には割れた薬瓶。

布の切れ端。


「ここ……」


エレーンが棚へ近づく。

瓶の底に残った乾いた粉を眺める。


「薬?」


「分かるか?」


ジジが聞く。


「少しだけ」


エレーンは瓶には触れず、匂いを確認する。


「古すぎるけど……

 傷に使う薬草が混じってると思う」


床には、折れた木の板が数本残っていた。

ジジが一本を拾いかけ、止める。


「これ何だ」


エレーンが見る。


「副木かもしれない」


「足とか固定するやつ?」


「ええ」


空気が変わった。


港の男が言っていた。


金色の髪のエルフ。

歩けなかった。


「だから船に乗せなかった?」


エレーンが小さく呟く。

ダンテは答えない。


「まだ分からん。調べよう」


机の引き出しは空だった。

棚にも記録らしいものは残っていない。


諦めかけた時だった。


「エレーン」


ジジが呼ぶ。


「何?」


「これ」


 寝台の下。


石床と壁の隙間に、

細く折り畳まれた紙が挟まっていた。

ダンテが慎重に取り出す。


紙は茶色く変色し、一部が崩れている。

それでも文字は残っていた。


「数字」

エレーンが言う。


二十三。


見間違えるはずがなかった。

その下。

共通語で短い記録がある。


文書管理官がいないため、三人で読める部分を追う。


「……左脚」


ジジが言う。


「損傷?」


エレーンが続ける。

次の行。


――移送不可。

その下。


――回復待ち。


「保留」


エレーンの声が僅かに震えた。


「第七中継所の記録にあった……」


「ああ」


ダンテが頷く。


「保留ってのは、これだったんだろうな」


船に乗せなかったのではない。

乗せられなかった。

怪我をしていたから。


エレーンは紙を見つめる。


「生きてた」


ぽつりと言った。

ジジが横を見る。


「この時点では」


「ええ」


ここまで。

少なくとも、ここまでは。


シエラかもしれない者は生きていた。


「まだ続きがある」


ダンテが紙を少しずらす。

端の方に、もう一行残っている。


「回復後……」


その先が破れていた。

ジジが目を細める。


「何か残ってる」


最後の数文字。

 ――北倉。


「北倉?」


エレーンが顔を上げる。


「この町の?」


「たぶんな」


ダンテが所有者を見る。


「昔、北倉庫って呼ばれてた場所を知らないか?」


男は少し考えた。


「北の古い倉庫街か?」


「どこだ」


「反対側だよ。

 昔は大きな倉庫がいくつもあった」


「今は?」


「ほとんど潰されてる」


エレーンの表情が曇る。


「ほとんど?」


「ああ」


男は続ける。


「一つだけ残ってるはずだ」


「誰が使ってる?」


「さあな」


少し考えたあと、男は首を傾げた。


「あそこは今も時々馬車が出入りしてるぞ」


誰もすぐには話さなかった。

ジジが男を見る。


「今も?」


「ああ」


「何運んでる」


「知らん。夜が多いからな」


ダンテの顔から、さっきまでの軽さが消えた。


「場所教えてくれ」


倉庫の外へ出た。

町の向こう側。

遠くに、北側の倉庫街が見える。


エレーンは黙ってそちらを見ていた。


「ダンテ」


ジジが言う。


「ああ」


「これ、昔の話だけじゃねぇかも」


「俺もそう思ってる」


エレーンが二人を見る。


「今も黒蛇が

 使っている可能性がある?」


「まだ分からん」


ダンテが答える。


「だからここから先は、

 今までみたいに勝手に入れねぇ」


ジジが何か言う前に、ダンテが指を向ける。


「特にお前」


「何も言ってねぇだろ」


「言う前に止めてんだ」


エレーンも静かに頷いた。


「今回はダンテの言う通りね」


「お前もか」


「相手が今もいるかもしれないのでしょう?」


「ああ」


「なら、見つかって逃げられたら困るわ」


ジジは北の倉庫街を見る。


少しの沈黙。


「……分かった」


ダンテが目を瞬く。


「素直だな」


「逃がしたくねぇから」


声が低かった。

エレーンも同じ方向を見る。

これまでずっと、足跡を追ってきた。


けれど初めて。


その足跡の先に、

今も誰かが立っているかもしれない。

十五年前と現在が。


ようやく同じ場所へ繋がろうとしていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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