港町ラガード
翌朝。
ジジとエレーンはダンテと数人の守備隊員と共に、
南へ向かう馬車に乗っていた。
ノーカルミアを出てから半日ほど。
森が途切れ、潮の混じった風が入ってくる。
「海?」
エレーンが窓の外を見る。
「まだ川だ」
ジジが答えた。
「この先で海に出る」
「匂いが違うわね」
「ああ」
遠くに、大きな帆がいくつも見え始める。
ラガード。
川と海を繋ぐ港町だった。
町へ入ると、これまで調べてきた場所とは
まるで違った。
人が多い。
荷馬車が行き交い、
港では荷を積み下ろす声が飛び交っている。
十五年前から今まで、
途切れることなく人が暮らしてきた町。
「なんだか変な感じね」
エレーンが言った。
「何が」
「今まで行った場所は、
全部もう使われていなかったでしょう」
「うん」
「ここは普通に生きてる」
ジジも周囲を見る。
「そうだな」
ここにも過去の痕跡がある。
その事実だけが、今までとは違って感じられた。
最初に向かったのは港の管理所だった。
ダンテがノーカルミア守備隊の書状を見せると、
年配の職員が奥の記録室へ案内した。
「十五年前の移送記録?」
「ああ。ベルグ商会って名前を探してる」
職員の表情が少し変わった。
「ベルグ?」
「知ってんのか?」
「いや……名前だけだ」
男はしばらく考える。
「俺が若い頃、この辺りで荷運びをしてた。
ベルグの馬車も何度か見たことがある」
エレーンが顔を上げた。
「どんな商会だったんですか?」
「さあな。港じゃ大して荷を出してなかった」
「じゃあ何を?」
「奴隷だよ」
空気が変わった。
「……奴隷?」
「ああ」
男が眉間へ皺を寄せる。
「今なら怪しいと思うが、
当時は奴隷の移送自体は珍しくなかった。
書類さえ揃ってりゃ、
港の連中もいちいち中身まで見ねぇ」
ダンテが聞く。
「ベルグが奴隷を運んでたのを見た?」
「何度か」
「十五年くらい前は?」
「そこまで細かく覚えてねぇな」
エレーンの肩が少し落ちる。
当然だ。
何十、何百という荷馬車を見てきた人間が、
一つ一つ覚えているはずもない。
「ただ」
男が続けた。
「一回だけ、妙なのがあった」
ジジが男を見る。
「何が」
「船に乗せなかった」
「……船に?」
「ああ」
ベルグの人間が港まで何人か連れてきた。
けれど、そのうち一人だけが
船へ移されなかったという。
「理由は?」
「知らん。揉めてたのは覚えてる」
「どんな奴だった?」
ジジの問いに、男は少し考えた。
「女だった」
エレーンの指が僅かに動く。
「若かった?」
「たぶんな」
「種族は?」
今度はエレーンが聞いた。
男は彼女の尖った耳を見る。
そして、ゆっくり頷いた。
「エルフだ」
誰も声を出さなかった。
「……髪は?」
エレーンの声が少しだけ掠れる。
「明るかったな」
「金色?」
「そこまでは……」
男は目を閉じるようにして記憶を探る。
「金だったと思う」
エレーンが息を止めた。
ジジは隣で何も言わない。
「他に覚えていることは?」
ダンテが尋ねる。
「怪我してた」
「どこを?」
「歩けてなかった」
「歩けない?」
「足か何かだろうな。男二人に支えられてた」
エレーンは口元へ手を当てた。
「その人は……その後どうなったんですか」
「港から連れ戻された」
「どこへ?」
「それが分からん」
男は首を振る。
「船に乗せる連中とは別の馬車に入れられた。
町の中へ戻ってった」
「町の中?」
「ああ」
ジジがすぐに聞く。
「方向は?」
「南だったと思う」
「港の南?」
「ああ」
男はそこで何か思い出したように眉を寄せた。
「そういや――」
「何」
「ベルグが使ってた建物があった」
ダンテが一歩近づく。
「どこだ?」
「南の外れだ。昔は荷の保管所だった」
「今は?」
「知らん。ずっと行ってねぇ」
港の地図を広げてもらう。
男の指が町の南端を示した。
古い倉庫街。
そのさらに先。
「この辺だ」
「名前は?」
「当時は……南保管所だったかな」
ダンテが職員を見る。
「記録あるか?」
「土地台帳なら」
すぐに別の職員が呼ばれた。
古い台帳が運ばれてくる。
ページを捲る。
「ありました」
所有者欄。
十五年前。
そこには――
ベルグ商会。
「間違いないわね」
エレーンが小さく言った。
さらに現在の欄を見る。
所有者は既に変わっている。
「今は?」
「個人所有です」
「誰だ」
職員が名前を読む。
ダンテが眉を寄せた。
「知ってるか?」
「いや」
ジジも首を振る。
ただ。
その土地は今も存在する。
建物も残っているらしい。
「行ける?」
エレーンが尋ねる。
「ああ。ただし勝手には入れねぇ」
ダンテが答える。
「所有者に話を通す」
ジジが立ち上がった。
「じゃあ行こう」
「今から?」
「ああ」
「場所分かっただろ」
エレーンが小さく息を吐いた。
「……まあ、今回はそうね」
ダンテが二人を見る。
「止めてくれると思ったんだが」
「私も行きたいもの」
「お前までかよ」
「悪い?」
「いや」
ダンテは立ち上がった。
「じゃあまず所有者探すぞ。建物に突撃すんなよ」
「しねぇよ」
「ジジ」
「……しねぇって」
エレーンは少し笑った。
管理所を出る。
港の喧騒が戻ってきた。
人々が働き、商人が声を張り上げ、
船が川を行き交っている。
エレーンは少しだけ立ち止まった。
「金色の髪のエルフ」
小さく呟く。
ジジが隣に立つ。
「シエラも?」
「ええ」
エレーンは前を見る。
「私と似た色だった」
「そうか」
「歩けなかったって」
「ああ」
「でも」
少しだけ声が震える。
「ここまで来てた」
「そうだな」
シエラかもしれない誰かは、
リュゼルから連れ去られ。
倉庫を通り。
採石場を通り。
第四、第七中継所を経て。
ラガードまで来た。
そして船へは乗らなかった。
「まだこの町に何か残ってるかもしれない」
エレーンが言う。
「ああ」
「今度こそ」
一度、言葉を切る。
「ちゃんと追いつけるかしら」
ジジは少しだけ考えた。
「追いつくまで行くだろ」
エレーンは彼を見る。
そして、小さく笑った。
「そうだったわね」
港の南へ続く道を、二人は歩き始めた。
十五年前の背中が。
今までで一番近くに見えた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




