七番目の場所
第七中継所の場所が分かったのは、
その日の夕方だった。
守備隊本部の机に広げられた古い地図を、
ダンテが指で叩く。
「ここだ」
ノーカルミアから南へ延びる街道。
第四中継所よりさらに南へ進み、
大きな川へぶつかる少し手前。
「川沿い?」
エレーンが覗き込む。
「ああ。ただし、今は中継所そのものは残ってねぇ」
「なくなったの?」
「二十年くらい前の洪水で川筋が変わってる。
その後、街道も東へ付け替えられた」
ジジが地図を見る。
「建物は?」
「記録上は取り壊し」
「じゃあ何もねぇじゃん」
「最後まで聞け」
ダンテが別の地図を重ねた。
「中継所があった土地の一部は、今も残ってる。
古い倉庫が一棟だけな」
「所有者は?」
エレーンが尋ねる。
「今は市の管理。長いこと使われてねぇ」
ジジが立ち上がる。
「行くぞ」
「今日は行かねぇよ」
「何で」
「もう夕方だ」
「着く頃には夜ね」
エレーンが言う。
「灯り持ってけばいいだろ」
「あなたはそうでしょうけど、
調査する人は眠るのよ」
「俺も寝るぞ」
ダンテが鼻で笑った。
「お前は興味あると寝なくなるだろ」
「ならねぇよ」
「昔からなる」
「ならねぇ」
「なってた」
「…………」
ジジは不服そうに座り直した。
エレーンが口元を少し緩める。
「明日の朝なら?」
「ああ。隊員も出す」
「じゃあ明日ね」
ジジは地図へ視線を戻した。
「分かった」
「素直になったな」
「明日行けるからな」
「理由が子どもみてぇだな」
「うるせぇ」
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翌朝。
三人は馬で南へ向かった。
第四中継所までは一度通った道だ。
そこを越えると、
周囲の景色が少しずつ変わっていく。
森が減り、開けた丘が増える。
遠くに川面が見え始めた。
「そういえば、ずっと魔物の姿がないわね」
エレーンが辺りを見渡す。
「昔は多かったが、
今じゃノーカルミアには殆どいない」
ダンテが答える。
「——こいつが片っ端から狩っちまったからな」
「報酬が良かっただけ」
「当時は討伐依頼もあったの?」
「ああ。俺も何度か来たことがある」
そう言ってから、何か思い出したように笑った。
「そういや、お前とも来たな。岩竜が出た時」
「ああ」
「お前と俺と……南の島の、ほら。銀髪のエルフ」
「ガイアな」
「そうそう、ガイア」
「——あの時も、
お前ら二人して崖から降りようとしたよな」
「近道だった」
「俺は道から回れっつったんだよ」
「行ける高さだっただろ」
「だからって二人揃って行くな。
結局、俺だけ残されて討伐しながら歩いたんだぞ」
エレーンが少し笑う。
「その人もエルフなのね」
「ああ」
「今は?」
ダンテがジジを見る。
「そういや、あいつ今どこいんだ?」
「知らねぇ。どっか放浪してんじゃねぇ」
「相変わらずか」
「たぶん」
エレーンは前を向いた。
マリアも、エルフだった。
今のガイアという男もそうらしい。
「……そういうこと」
「何が?」
「何でもないわ」
ジジは少し首を傾げた。
奴隷市場で、何の迷いもなく
自分の鎖を外したあの時のことが、
ほんの少しだけ腑に落ちた。
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第七中継所跡へ着いたのは、昼前だった。
川から少し離れた場所に、
古い石造りの倉庫が残っている。
屋根の半分は新しい。
「修復されてる?」
エレーンが見上げる。
「十年くらい前に一度な」
ダンテが鍵を出す。
「備蓄庫にする予定だったらしい。
結局使われなかった」
扉を開ける。
中は第四中継所よりずっと広かった。
だが、何もない。
床。
壁。
空になった棚。
「綺麗すぎねぇ?」
ジジが言う。
「ああ」
ダンテも周囲を見る。
「修復した時に全部片付けられてる」
エレーンの胸が少し沈む。
「じゃあ、十五年前のものは……」
「残ってねぇ可能性が高い」
「そう」
ジジは何も言わず、奥へ歩いていった。
「また床見るの?」
「一応」
「壊さないでね」
「壊さねぇって」
少しして。
「ダンテ」
「何だ」
「ここの壁、昔のまま?」
倉庫の一番奥。
ジジが低い石壁を見ている。
「たぶんな。修復記録じゃ屋根と入口だけだ」
「これ」
石の一つを指した。
黒い染みのようなもの。
ダンテが灯りを近づける。
「……蛇か?」
かすれている。
だが確かに、円を描く細長い形が残っている。
エレーンも近づいた。
「黒蛇」
「ああ」
第四中継所から続いた線は、間違っていなかった。
「でも、これだけじゃ……」
「待て」
ジジがしゃがみ込む。
壁際に指を入れた。
「何かある」
薄い石板が一枚、僅かに浮いている。
ダンテと隊員が慎重に外す。
その裏に、小さな空間があった。
「隠し棚?」
エレーンが覗き込む。
中に残っていたのは、革で包まれた細長い筒だった。
表面は湿気で傷んでいる。
だが、中身までは腐っていなかった。
紙が数枚。
ダンテが慎重に広げる。
「……これ、名簿じゃねぇな」
「何?」
「移送予定だ」
エレーンが息を呑む。
行ごとに数字が並んでいる。
二十一。
二十三。
二十四。
二十六。
見覚えのある番号。
「二十三……」
ジジが指す。
その横に、短い記号。
さらに――地名。
文字は共通語だった。
「読める?」
エレーンが尋ねる。
「ああ」
ジジの表情が変わる。
「……ラガード」
「どこ?」
ダンテがすぐに地図を出した。
探す。
そして、指が止まる。
「ここだ」
第七中継所からさらに南。
川を下った先。
「ここも中継所?」
ダンテは少し黙った。
「港町だ」
これまで追ってきた場所は、
全て十五年前の遺物だった。
倉庫。
採石場。
閉鎖された中継所。
だが初めて。
道が、現在も存在する場所へ繋がった。
エレーンが地図を見る。
川を使えば、人も荷物も遠くまで運べる。
ダンテが紙をさらに読む。
「二十三番の横にもう一つある」
「何?」
「“保留”」
エレーンの表情が変わった。
「保留?」
「理由は書いてねぇ」
「他は?」
二十一番。
――引渡。
二十四番。
――引渡。
二十六番。
――引渡。
二十三番だけ。
――保留。
「どういう意味?」
「分からんな」
ダンテが答える。
ジジは紙を見つめている。
「少なくとも」
低い声で言った。
「ここで他と別れた可能性がある」
エレーンは二十三の数字を見た。
シエラかもしれない者。
その者だけが。
別の扱いを受けていた。
「ラガードへ行けば」
「ああ」
ジジが答える。
「次が分かるかもしれねぇ」
エレーンはゆっくり息を吐いた。
これまでとは違う。
十五年前の痕跡を掘り返しているだけではない。
今も人が暮らす場所。
道が、初めて続いた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




