移されたもの
採石場で見つかった帳面は、
その日のうちに守備隊本部へ運ばれた。
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翌日。
仕事を終えたエレーンが本部へ入ると、
奥の部屋には既にジジとダンテ、
それから文書管理官の老人が揃っていた。
机の上には、昨日の帳面と
何冊もの古い記録が広げられていた。
「何か分かった?」
「少しな」
ダンテが椅子を引く。
「例の印だ」
丸の中に、斜めの線が二本。
二十三番、二十四番、二十六番にだけ
付いていたもの。
エレーンは机へ近づいた。
「意味が分かったの?」
「たぶん」
老人が別の帳面を開いた。
「この帳面は採石場から直接出たものではない。
十五年ほど前、この周辺を通った商隊から
押収された記録だ」
「黒蛇?」
「そこまでは書かれていない。ただ――」
指が一箇所を示す。
そこにも、同じ印があった。
「こっちは文字が残っている」
エレーンが覗き込む。
「……移送?」
「ああ」
ジジも読んでいる。
難しい文章ではない。
印の横には、共通語で短く書かれていた。
――移送済。
エレーンは昨日の帳面を見る。
「じゃあ二十三番は……」
「採石場から別の場所へ運ばれた可能性が高い」
ダンテが答えた。
エレーンは息を吐いた。
ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。
「少なくとも、採石場で……」
そこで止めた。
「ああ」
ジジが言う。
「そこで終わった記録じゃねぇ」
生きていた。
そう断言できるわけではない。
けれど。
移送する時点では、少なくとも
運ぶ意味のある状態だったはずだ。
「二十四と二十六も?」
「同じだろうな」
老人が頷く。
「問題は、どこへ移したかだ」
「書いてないの?」
「帳面のその部分が破れている」
エレーンは思わず天井を見た。
「……都合よくそこだけ」
「古い紙に文句言っても直らねぇぞ」
ダンテが言う。
「分かってるわ」
少し離れたところで、
ジジが別の紙をじっと見ている。
「ジジ?」
「これ」
紙を持ち上げた。
「数字ある」
「数字?」
「二十三の横」
昨日は汚れでほとんど見えなかった部分。
老人が眼鏡を直して覗き込む。
「……四、か?」
「その前にも何かあるわね」
エレーンも顔を寄せる。
アルファベットのようにも見えるが、欠けている。
ダンテが古い地図を引き寄せた。
「待てよ」
地図の南側を探し始める。
「昔の中継所に番号が振られてた時期がある」
「中継所?」
「荷馬車の交換や保管に使う場所だ。
今の街道が整備される前にな」
指が地図を滑っていく。
一。
二。
三。
そして。
「四」
森と街道の境目に、小さな印がある。
エレーンが身を乗り出す。
「採石場から遠い?」
「馬車なら半日もかからん」
「今は?」
「使われてねぇ」
ジジがすぐに言う。
「行く」
「まだ早ぇよ」
ダンテが返す。
「何で」
「番号が四だからって第四中継所とは限らねぇだろ」
「近い」
「近いだけだ」
「調べりゃ分かる」
「だから今、調べるって言ってんだ」
ジジは黙った。
エレーンが隣から見る。
「今日は?」
「行かねぇ」
「よろしい」
「何でお前が許可出すんだよ」
「確認しただけよ」
ダンテが笑いを噛み殺している。
「何だ」
「いや。随分扱い慣れたなと思って」
「扱ってないわ」
「俺も扱われてねぇ」
「二人ともそこ否定すんのか」
エレーンは小さく笑い、もう一度地図を見る。
第四中継所についての記録は、
思ったより早く見つかった。
街道整備が進んだことで十六年前に正式閉鎖。
その後、土地と建物は民間へ払い下げられている。
「誰が買ったの?」
エレーンが尋ねる。
老人が古い土地台帳を捲る。
「商会だな」
「名前は?」
「ベルグ商会」
部屋が静かになった。
エレーンがゆっくり顔を上げる。
「……それ」
「ああ」
ジジが答えた。
川沿いの倉庫。
そこを短期間借りていた商会と同じ名前だった。
ダンテが台帳を受け取り、確認する。
「間違いねぇ。綴りも同じだ」
「偶然?」
エレーンが聞く。
「ここまで来るとな」
ダンテの声が低くなる。
倉庫。
採石場。
第四中継所。
離れていたはずの場所が、
一本の線になり始めていた。
「その商会、今もある?」
「ない」
「代表者は?」
「記録上は一人いる」
老人が名前を読む。
誰も知らない名だった。
ジジが聞く。
「そいつは?」
「死亡記録も転出記録もない。
商会が消えたのとほぼ同時に、
記録から消えている」
「偽名か」
「可能性はあるな」
ダンテが地図へ視線を落とす。
「ただ、第四中継所そのものはまだ残ってるはずだ」
「明日?」
エレーンが聞く。
「ああ。先に周辺だけ確認させる。
問題なければ朝から入る」
ジジは何も言わない。
ダンテが見る。
「何だ。今日は随分聞き分けいいな」
「明日行けるんだろ」
「ああ」
「じゃあいい」
「……成長したな」
「馬鹿にしてんのか」
「褒めてる」
エレーンが横から言う。
「褒め方がおかしいわね」
「お前昨日同じことしてただろ」
「私はもう少し丁寧だったわ」
「一緒だろ」
「違うわ」
ダンテが二人を見比べる。
「お前ら普通に仲良いよな」
エレーンの動きが止まった。
ジジは地図を見たまま答える。
「一緒に住んでるからな」
「…………」
エレーンは何も言わなかった。
相変わらず、そういうところだけは
何も考えていない。
それが分かるようになった分、余計に困る。
「エレーン?」
「何でもないわ」
「そう?」
「ええ」
静かに地図へ視線を戻した。
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帰り道。
森へ続く道を二人で歩いていた。
「ねえ」
「ん」
「二十三番」
「ああ」
「シエラだと思う?」
昨日と同じ問いだった。
そしてまた昨日より材料がひとつ増えた。
女性。
エルフ。
リュゼル。
名前の頭文字は、シ。
採石場の壁には、シエ。
そして、別の場所へ移送された。
「しつこいな」
思わず笑った。
「明日、何があるかしら」
「分かんねぇ」
「それは聞くまでもなかったわね」
「じゃあ聞くな」
「少しくらい考えて答えてくれてもいいでしょう?」
「考えた結果だぞ」
エレーンは吹き出した。
「そうだったの」
「ん」
二人の前に、森の家へ続く道が見えてくる。
明日になれば、また一つ先へ進む。
初めてだった。
手掛かりを探すのではなく。
残された道を、そのまま追えるのは。
エレーンは少しだけ歩調を速めた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




