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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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閉ざされた採石場

翌日、ダンテから連絡が入った。


採石場は現在使われておらず、

所有権もノーカルミアへ戻っている。

ここ数年、人の出入りがあった記録もない。


その翌朝。


ジジとエレーンは守備隊員たちと共に、

南道を進んでいた。

森へ入るにつれ、街道は少しずつ細くなる。


「思ったより遠いわね」


「ああ」


「昨日地図をずっと見ていたのに

 分からなかったの?」


「地図じゃ坂までは分かんねぇだろ」


「それはそうね」


エレーンは少し息を吐き、前方を見る。

先を歩いていたダンテが振り返った。


「もう少しだ」


「昨日も同じこと言ってなかった?」


「昨日は来てねぇよ」


「ジジに言ったの」


「俺?」


「地図見ながら“近そうだな”って」


「近く見えた」


「……地図は縮尺というものがあるのよ」


「知ってる」


「そう」


それ以上は言わなかった。

最近、こういう時のジジには説明しても

仕方がないと分かってきた。


森が途切れた。


その先に、灰色の岩肌が広がっている。

山の一部を大きく削り取ったような場所だった。

古い木製の足場はほとんど崩れ、

使われなくなった運搬路には草が生えている。


「ここか」


ジジが足を止めた。


「ああ」


ダンテが地図を畳む。


「当時の採石場はこの一帯だ」


岩壁にはいくつもの横穴が開いている。

その多くは入口が崩れていた。


「全部見るの?」


エレーンが尋ねる。


「安全確認が済んでるのは三本。

 そのうち一番奥まで行けるのが中央だ」


「他は?」


「崩落の危険がある。今日は入らねぇ」


ジジが右側の穴を見る。


「こっちも――」


「入らねぇ」


ダンテが即座に言う。


「まだ何も言ってねぇだろ」


「顔で分かる」


エレーンもジジを見る。


「今日は中央だけにしましょう」


「……分かった」


「素直ね」


「二人で同じこと言うからだろ」


ダンテが鼻で笑った。


「学習したな」


「うるせぇ」


中央の坑道へ入る。

外の光はすぐに届かなくなった。

守備隊員が灯りを掲げ、湿った岩壁を照らす。

足元には古い線路の跡が残っていた。


「昔はここから石を運び出してた」


ダンテが説明する。


「閉鎖された後も、

 しばらく馬車が出入りしていたのよね」


「ああ」


エレーンは周囲を見回す。

ただの採石場にしか見えない。

奥へ進んでも、崩れた木材や錆びた道具が

残っているだけだった。


「何もないわね」


「まだ入口だ」


ジジが先を見る。


「奥、風ある」


ダンテが足を止めた。


「風?」


「ああ」


ジジは目を閉じるようにして、少し顔を上げた。


「弱いけど流れてる」


エレーンも耳を澄ます。

自分には分からない。


「出口があるってこと?」


「たぶん」


ダンテが地図を確認する。


「坑道の記録上は袋小路だ」


「じゃあ何で風が来んだよ」


「今から見に行けばいいだろ」


一行はさらに奥へ進んだ。

行き止まりだった。


大きな岩壁。

古い採掘跡。


それだけ。

ジジが壁の前へ立つ。


「こっちから来てる」


「本当に?」


エレーンが横へ並ぶ。


「ああ」


ダンテが灯りを壁へ近づけた。


「……待て」


岩壁の一部だけ、色が僅かに違う。

自然の岩ではない。


「塞いである?」


エレーンが言った。


「そう見えるな」


ダンテが手袋越しに壁を触る。


「石を積んで、表面を塗ってる」


ジジが腰の剣へ手を伸ばした。


「待ちなさい」


エレーンが即座に言う。


「まだ抜いてねぇ」


「抜こうとしたでしょう」


「早いだろ」


「あなたの剣で壁を斬る話じゃないわ」


「斬れるぞ」


「そういう問題ではないの」


ダンテが片手を上げた。


「お前ら、その話は後にしろ」


隊員たちへ指示を出す。


「道具持ってこい。端から崩す」


ジジは少し不満そうだったが、素直に下がった。

エレーンが横目で見る。


「我慢できて偉いわね」


「子ども扱いすんな」


「褒めたのに」


「褒め方がおかしい」


エレーンは少し笑った。


石を外すのに一時間ほどかかった。

人一人が通れる隙間ができると、

中から冷たい空気が流れてきた。


暗い。

奥が見えない。


ダンテが灯りを差し入れる。


「階段だ」


岩を削って作られた階段が、

さらに地下へ続いていた。


「採石場の図面には?」


「ない」


ジジとダンテが顔を見合わせる。


「行くぞ」


今度はダンテも止めなかった。

階段はそれほど長くなかった。

降りた先にあったのは、

採石場とは明らかに違う空間だった。


石壁。

狭い廊下。

左右には小さな部屋が並んでいる。


エレーンの足が止まった。


「……これ」


扉はほとんど失われていた。

だが壁には、錆びた金具が残っている。

床にも。


一つ。

二つ。

もっと。


倉庫で見つけた鉄輪と、よく似ていた。

ダンテの顔から表情が消える。


「全員、何も触るな」


低い声で言った。

エレーンは一つの部屋の前に立つ。


狭い。

窓もない。


何かが生活するための部屋には見えなかった。


「ここに……」


言葉が途中で止まる。

ジジが隣に来た。

何も言わない。


それでよかった。


エレーンはゆっくり部屋の中を見る。

壁に細い傷があった。


無数の線。

数を数えたようなもの。

爪で掻いたような跡。


そして、その中に文字が混じっている。


「待って」


エレーンが一歩近づく。


「これ……エルフ語」


ジジも横から見る。

古い傷で、ところどころ欠けている。


「……“帰りたい”?」


エレーンが黙った。


「ええ」


それは難しい文章ではなかった。

ただ一言。


 ――帰りたい。


その下にも文字がある。

こちらは薄い。


「これは……」


ジジが目を細める。


「分かんねぇ」


「少し古い書き方ね」


エレーンが指で追う。壁には触れない。


「“森”……じゃない。“家”かしら」


さらに横。

もっと小さな文字。


「名前?」


ジジが言う。


エレーンは灯りを借り、顔を近づけた。


一つ。

二つ。


いくつもの名前が刻まれている。

人間の文字。

エルフ語。

文字になっていない印もある。


「……こんなに」


エレーンの声が小さくなる。

ダンテが後ろから部屋を覗いた。


「全部記録する。名前は一文字も飛ばすな」


「分かった」


隊員たちが動き始める。

エレーンは並んだ名前を順番に追っていく。


知らない名前。

また知らない名前。


途中で欠けているもの。

読めないもの。


そして。


「…………」


エレーンの動きが止まった。


「どうした」


ジジが見る。


「これ」


壁の下の方。

半分ほど崩れた文字。

最初の二文字だけが、辛うじて残っている。


――シエ。


エレーンの呼吸が止まった。


「……シエラ?」


ジジが低く言う。


「分からない」


エレーンはすぐに答えた。


「最後がないもの」


声は落ち着いていた。

けれど、指先が少し震えている。


「シエから始まる名前だって他にあるわ」


「ああ」


「だから……まだ分からない」


「ああ」


ジジはそれ以上何も言わなかった。

ただ隣に立っていた。

エレーンは壁の文字を見つめる。


期待したくない。

それでも。


目を逸らすこともできなかった。

採石場出る頃には、外はもう夕方になっていた。


調査はまだ続く。


地下空間も、他に部屋がある可能性が高い。

だが今日はここまでだった。


久しぶりに見る空が、やけに明るく感じられた。

エレーンはしばらく何も言わなかった。


ジジも隣を歩く。


「ねえ」


「ん」


「もし、あれがシエラだったら」


「うん」


「ここにいたことになるのよね」


「そうだな」


「…………」


エレーンは前を見る。


「怖いわ」


初めて、素直に口にした。

ジジは何も否定しなかった。


「そうだな」


「でも」


エレーンは一度息を吐く。


「次も見る」


「ん」


短い返事。

それだけでよかった。


森へ戻る前に、エレーンは一度だけ

採石場を振り返った。


答えに近づいている。


それが良いことなのかどうかは、

まだ分からなかった。

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お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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