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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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残された番号

翌日もエレーンが薬草店の仕事を終えてから

川沿いの倉庫へ向かった。

着いた頃には陽が傾き始めていた。


昨日よりも人が多い。


守備隊員たちが床板や壁を一つずつ確認し、

外された木材が倉庫の一角へ積まれている。

薄暗い室内には細かな埃が舞っていた。


「……ずいぶん派手にやったのね」


「俺じゃねぇぞ」


奥からすぐに声が返ってきた。


しばらくすると、ジジが床下から這い出してくる。

黒い服の袖も肩も、ついでに髪まで埃まみれだった。


エレーンはその姿を上から下まで眺める。


「説得力がないわ」


「調べてただけだ」


「床の下を?」


「ああ」


「楽しそうね」


「楽しくねぇよ」


そこへダンテがやってきた。


「安心しろ。今日はまだ建物は壊してねぇ」


「“まだ”って何だよ」


「着いてすぐ床板剥がそうとしたの誰だ」


「怪しかったから見ただけだろ」


「剥がす直前だっただろうが」


エレーンは小さく息を吐いた。


「……ダンテがいてよかったわ」


「何で」


「あなた、止める人がいないと

 本当にやりそうだもの」


「やらねぇよ」


「そう」


「信じてねぇな」


「そこまでは言ってないでしょう」


言いながら、エレーンの口元には

少し笑みが浮かんでいた。

ジジもそれ以上は何も言わず、奥を指す。


「それより、見つかった」


声の調子が変わった。

エレーンもすぐに表情を改める。


「何が?」


「来い」


倉庫の奥には、

今日新しく見つかった物が並べられていた。


紙片。

錆びた金具。

小さな革袋。

そして、薄い金属札がいくつか。


「これだ」


ダンテが一枚を指した。

許可を得て、エレーンは札を手に取る。

手のひらに収まるほどの大きさだった。


片面には、自らの尾へ頭を向けた黒い蛇。


昨日見つかったものと同じ、黒蛇の印。

裏返す。


「……二十七」


「ああ」


「同じ物が六枚出た」


ダンテが他の札を示す。


二十一。

二十二。

二十四。

二十五。

二十六。

二十七。


エレーンが順に見ていく。


「二十三がないのね」


「今んとこな」


「偶然かしら」


「分からん」


ジジが隣から覗き込む。


「紙にも同じ数字あった」


「昨日の?」


「ああ」


ダンテが古い紙片を広げた。

そこにも、札と同じ数字が並んでいる。


「何の番号なの?」


エレーンが尋ねる。

文書管理官の老人が眼鏡を直した。


「まだ断定はできない。

 荷を区別する番号かもしれないし、

 馬車ごとかもしれない。集団単位、あるいは……」


一度言葉を切る。


「奴隷一人ずつに振っていた可能性もある」


エレーンの指が止まった。


「……奴隷に?」


「可能性の一つだ」


「そう」


札を机へ戻す。

数字だけでは、まだ何も分からない。

けれど、ただの荷物札には見えなくなってきた。


「二十七は?」


ジジが聞く。

老人が別の紙片を差し出す。


「これだ」


端に辛うじて二十七の数字が残っている。

その横には短いエルフ語。

ジジとエレーンが同時に覗き込んだ。


「……南」


ジジが読む。


「ええ。“南”ね」


その次の文字は半分以上失われていた。

ジジが少し首を傾げる。


「港?」


エレーンは紙を覗き込み、静かに首を振った。


「違うと思う。港ならこの線はもっと下へ伸びるわ」


「じゃあ何だ」


「……道、かしら」


「南道?」


ジジが眉を寄せた。

ダンテが地図を広げる。


「当時、そう呼ばれてた街道がある」


三人が地図を覗き込む。

ノーカルミアから南へ伸びる道。

以前調べた二本の道のうち、

まだ深く追っていなかった方だ。


「こっちね」


エレーンが指す。


「ああ」


「でも、この倉庫は川沿いでしょう?」


「一度ここへ集めて、

 その後陸路へ移したなら説明はつく」


ダンテが指を南へ滑らせる。


「少なくとも二十七番については、

 その可能性がある」


「先には?」


ジジがすぐ聞いた。


「今は農村と小さい町がいくつか」


「昔」


「それも調べた」


ダンテが別の資料を引き寄せる。


「一つ、妙な場所がある」


街道から少し外れた、森の中。


「ここ」


「何?」


「古い採石場だ」


エレーンが地図を見る。


「採石場?」


「ああ。二十年ほど前までは使われていた。

 公式にはその後閉鎖されてる」


「公式には?」


ジジの目が細くなる。


「閉鎖後もしばらく荷馬車が

 出入りしてた記録が残ってる」


「何運んでた」


「不明」


ジジが無言でダンテを見る。


「そんな顔すんな。書いてねぇもんは分からん」


「…………」


「睨んでも増えねぇぞ」


「睨んでねぇ」


エレーンが横からジジを見る。


「少し睨んでるわね」


「お前まで言うのか」


「事実だもの」


ダンテが帳簿の一箇所を指す。


「それより変なのはこっちだ」


「何が?」


「入っていく馬車の数と、

 出ていった荷の量が合わねぇ」


エレーンが眉を寄せる。


「入っていく方が多いの?」


「ああ」


「石を運び出す場所なのに?」


「そういうことだ」


空気が少し変わった。


閉鎖された採石場。

記録に残らない荷。

黒蛇。


全てが同じものを示しているとは限らない。

それでも、調べない理由はなかった。


「明日行く」


ジジが言った。


「待て」


ダンテが即座に返す。


「何で」


「今の状態を確認してからだ」


「行けば分かるだろ」


「お前、今の俺の話聞いてたか?」


「ああ」


「じゃあ何でそうなる」


「場所が分かった」


エレーンは少し黙ってジジを見る。


「……聞いてはいたのね」


「何だよ」


「理解していないだけで」


「理解してる」


「してたら“明日行く”にはならないでしょう」


「行けるだろ」


「行けるかどうかを今から調べるのよ」


エレーンの声は穏やかだった。

だがジジは少し不満そうな顔をする。

ダンテが額を押さえた。


「崩落してる可能性もある。

 所有者が変わってるかもしれねぇ。

 今も人が使ってるなら、先に情報がいる」


「…………」


「一日待て」


ジジは地図を見たまま黙った。

エレーンが言う。


「場所は逃げないわ」


「分かってる」


「なら明日調べてもらいましょう。

 それで問題がなければ、その次の日に行けばいい」


少し間が空く。


「……分かった」


ようやく頷いた。

ダンテがエレーンを見る。


「助かった」


「何が?」


「俺だけじゃ、あと三回くらい

 説明するところだった」


「そこまで馬鹿じゃねぇし」


「二回は必要だったな」


「うるせぇ」


エレーンは小さく笑った。


「でも、私も行くわ」


「仕事は?」


ジジが聞く。


「休みを取る」


「急だろ」


「大丈夫」


「そ」


「ええ」


少し前なら、自分がいない間に

何かが進むことに焦っていた。


今は違う。


行くべき時に行けばいい。

そのために、自分の生活を整えることもできる。


「明後日ね」


「ん」


ジジはもう一度、地図の採石場を見た。


——————————————————————


森の家へ戻る頃には、夜になっていた。

夕食を済ませても、ジジは食卓に地図を広げている。

エレーンは深緑のカップに

ローズヒップティーを注ぎ、その向かいへ座った。


「まだ見ているの?」


「ああ」


「採石場が動いてないか確認してる?」


「動くわけねぇだろ」


「分かっているのね」


「当たり前だろ」


エレーンはカップを口元へ運びながら、少し笑った。


「なら、少し休んだら?」


「見てるだけだ」


「はいはい」


それ以上は言わない。

しばらく、紙の擦れる音と外の風だけが

部屋に残った。


「ねえ」


「ん」


「怖くないの?」


ジジが顔を上げる。


「何が」


「採石場に何が残っているか」


少し考えてから、地図へ視線を戻す。


「怖くねぇわけじゃねぇよ」


エレーンは黙って聞いた。


「でも、何もねぇ方が嫌だな」


「……どうして?」


「また外れだったって分かるだけだから」


声は淡々としていた。

エレーンはカップの縁へ指を添える。


「私は逆かもしれないわ」


「何が」


「何か見つかる方が怖い」


 ジジがエレーンを見る。


「シエラのことは知りたい。

 でも、その中に……知りたくなかったことまで

 あるかもしれないでしょう」


「ああ」


「あなたはそう思わない?」


「思う」


返事は早かった。

エレーンが少し意外そうに目を上げる。


「それでも行くの?」


「ああ」


「どうして?」


ジジは少し考えた。


「見つけるために探してんだから」


「…………」


「見つけたくないなら、最初から探さねぇだろ」


エレーンは少し黙ったあと、息を吐いた。


「そういうところだけ妙に単純ね」


「悪い?」


「いいえ」


カップへ口をつける。


「少し羨ましいだけ」


「何が」


「迷ってても進めるところ」


「迷うぞ」


「あなたも?」


「ああ」


「見えないわね」


「見せてねぇし」


エレーンは一瞬黙り、それから小さく笑った。


「そう」


ジジは何事もなかったように地図を畳む。


「もういいの?」


「ああ」


「ずいぶん素直ね」


「明日にならねぇと分かんねぇし」


「それもそうね」


エレーンもカップを置いた。


怖い。

それでも確かめたい。


二つの感情は、どちらかが消えるわけではなく、

今も並んでいる。


ただ。


そのどちらを抱えたままでも、前には進めるらしい。

向かいで地図を片付けるジジを見ながら、

エレーンはそんなことを思った。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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