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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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207/216

残すもの、秘すもの

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

「まず、一つ聞きたい」


レグラスが静かにガイアを見る。


「何でしょう」


「ルナリスをヴァレイアへ連れて行きたいと話した日のことだ」


「……ええ」


「あの日、俺は話した。ヴァレイアは、目指せば辿り着けるような島ではない。

 俺が連れて行ったとしても、誰でも入れるわけじゃない」


ガイアはレグラスを見る。


「受け入れるかを決めるのは、ラハシェルじゃない。島そのものだ」


「覚えています」


「だが、島そのものが外の世界から自分を閉ざしているとまでは言っていない」


レグラスの表情が僅かに動いた。


「俺が帰ったあと、お前はそう言ったらしいな」


「ええ」


ラハシェル族が島を隠しているだけではない。

島そのものが、外の世界から自らを閉ざしている。


ジジから聞いた、レグラスの言葉だった。


「何故、そこまで考えた」


「文献です」


ルシーダ家に残されているヴァレイアについての記録は、ごく僅かだった。


精霊の棲まう島、ヴァレイア島。

目指しても辿り着くことのできぬ神秘の島。


起源は不明。

場所は南方。正確な位置は分からない。

居住するのは、ラハシェル族のエルフ。

褐色の肌を持ち、一部には独特の香りを持つ者がいるとされるが、詳細は不明。

代々、ラハシェル族が島を守っている。


記されているのは、それだけだった。


「以前は、『目指しても辿り着けない』という記述を、

 ラハシェル族が航路を秘匿しているという意味だと考えていました」


レグラスはガイアを見る。


「ですが、ガレイヴィア様は、受け入れる者を決めるのは島そのものだと仰った」


「…………」


「それならば、辿り着けないという記述も、ラハシェル族だけによるものではないのではないか、と」


ガイアはしばらくレグラスを見ていた。


「……合ってる」


レグラスの目が僅かに動いた。


「やはり」


「ああ」


ガイアはそれ以上を話さなかった。

レグラスも聞かなかった。

少しの沈黙が落ちる。


「それが聞きたかった」


「何故ですか」


ガイアは一度、視線を落とした。


「俺も、ずっとそう思ってたからだ」


「ヴァレイアは外を閉ざしてる。だから俺たちも、外に何も出さない」


「そういうものだと思ってた」


レグラスは黙って聞いている。


「島を出てからも、話さなかった。話す必要もなかったしな」


ガイアの視線が、自分の装束へ落ちる。


「でも、今回戻って……分かんなくなった」


「…………」


「島は、自分で受け入れる奴を決める」


ガイアが顔を上げる。


「だったら、なんで俺らまで何もかも隠してる?」


レグラスはすぐには答えなかった。


「場所を外に出さないのは分かる。辿り着くためのことを話さないのも分かる」


「だが、島でどう暮らしてるとか、どんな祭祀があるとか」


少し間を置く。


「そこまで話しちゃいけないのは、何故だ」


「……私には、分かりません」


「ああ」


ガイアは小さく息を吐いた。


「俺も分かんねぇ」


その言葉とは裏腹に、姿勢は崩れなかった。


「昨日、ルナが島で見た儀式のことを話そうとした」


「ええ」


「俺、何も考えずに止めたんだよ」


ガイアは眉を寄せる。


「それは内緒だって」


少し間が空いた。


「止めてから思った。……何でだって」


レグラスの目が僅かに細くなる。


「ルナはまだ分かる。レジーナの血を引いてるし、精霊との結びつきも強い」


「ああ」


「でも、ジジは人間だ」


「……ええ」


「それでもヴァレイアは、あいつを受け入れた」


ガイアは卓へ視線を落とした。


「だったら、島は外を全部拒んでるわけじゃない」


「そうですね」


「なのに俺らは、何百年も全部隠してきた」


「…………」


「何でなんだろうな」


レグラスは答えなかった。

ガイアも、その答えを今ここで求めているわけではなかった。


「例えば、潮迎えって祭祀がある」


「......潮迎え?」


「ヴァレイアには季節がない。だが、海は変わる」


潮の流れが変わる。

風が変わる。

精霊の動きも変わる。


その節目に、新しい潮を迎える祭祀が行われる。


「俺が今それを話したって、ヴァレイアの場所が分かるわけじゃない」


「ええ」


「島に入れるようになるわけでもない」


「はい」


ガイアは僅かに眉を寄せた。


「じゃあ、これまで俺が、これすら話しちゃいけないと思ってたのは何でなんだろうな」


レグラスは少し考えた。


「……すべて、一つのものとして守られてきたからではないでしょうか」


「一つ?」


「島の所在も。ラハシェル族も。文化も、祭祀も」


レグラスはそこで言葉を止めた。


「そして、その中にある――本当に外へ知られてはならないものも」


ガイアの金色の瞳が僅かに動く。


「…………」


しばらく、二人とも何も言わなかった。

やがてレグラスが口を開いた。


「本日のお話も、先日の誓いの範囲で承ってよろしいですか」


「ああ。そのつもりで来た」


ガイアは一度、息を吐いた。


「イル=ネア」


レグラスの表情が変わる。


「先日お名乗りになった名ですね」


「ああ。ガレイヴィア・イル=ネア・ラハシェル」


「はい」


「イル=ネアは、名前じゃない」


ガイアは少し間を置いた。


「特定の精霊と契約してるわけでもない。それでも、精霊の方から寄ってきて、応える」


「島では、そういう存在をイル=ネアと呼ぶ」


レグラスは黙っている。


「望んでなれるものでも、誰かが任命するものでもない」


「今のイル=ネアは、俺と母だ」


「……そういう意味でしたか」


「ああ」


「俺が大陸で見せてきたのは、風と波を操るエルフってことだけだ」


レグラスの目が僅かに細くなる。


「意図的に、ですか」


「ああ」


「百二十年間?」


「ずっとな。自分自身を捨てたつもりでもいた」


「……誰にも」


「見せてない。ジジにも話してなかった」


レグラスは少し黙った。


「それで、生きてこられた」


ガイアが言う。


「隠してたからな」


その言葉に、レグラスの指先が僅かに動いた。


ガイアは島を出た時、ガレイヴィアという名を捨てた。


イル=ネアであることも、次期族長という立場も、ヴァレイアに置いてきたつもりだった。

大陸では、その力を見せなかった。

一つの土地に留まらず、他のエルフとも深く関わらず、放浪の冒険者として生きてきた。

そうすることで、ガイアは自由でいられた。


レジーナは違った。

由緒あるハイエルフ、ルシーダ家に生まれ、その名も力も、最初から周囲に知られていた。

精霊に愛されるその特異な力は、隠そうとして隠せるものではなかった。

自由を求めても、ガイアのように自分を捨てて、どこかへ消えることはできなかった。


「……姉とは、逆ですね」


「レジーナ?」


「ええ」


少しの沈黙が落ちる。


「姉の力は、隠せませんでした」


ガイアがレグラスを見る。


「精霊の守護神、か」


「はい」


ガイアは少し考えたあと、口を開いた。


「レジーナのことで、お前に話しておかなきゃならないことがある」


レグラスの表情が僅かに硬くなった。


「何でしょう」


「ヴァレイアの北に、島と同じ名を持つ祭壇がある」


「…………」


「レジーナ・ルシーダは、そこへ何度も向かってたらしい」


レグラスは動かなかった。


「……何と、仰いましたか」


「俺が生まれる前から、何度もヴァレイアを訪れてたそうだ」


「…………」


「父から聞いた。俺も、島へ戻って初めて知った」


レグラスの手が、卓の上でゆっくりと組まれる。


「姉が……ヴァレイアに」


「何度もな」


「……存じませんでした」


「ああ。父も、お前は知らないんだろうって言ってた」


レグラスは視線を落とした。


「姉が何をしているのか。何を考えているのか。知っていたつもりでした」


小さく息を吐く。


「私が知っていたのは、本当に姉の一部だけだったのですね」


ガイアは何も言わなかった。

少しして、続ける。


「レジーナは、精霊と契約して力を借りてたわけじゃないんだろ」


「……ええ」


「精霊の方から寄ってきて、自然と応えてた」


「その通りです」


「父も同じことを言ってた」


レグラスが顔を上げる。


「レジーナが歩けば、精霊の方から寄ってきたそうだ」


ガイアは一度、言葉を切った。


「ルナもそうだった」


「…………」


「俺と母も同じだ」


レグラスの目が僅かに動く。


「……イル=ネア」


「ああ」


ガイアはゆっくりと頷いた。


「確証はない。父にも母にも、まだ話してない」


少し間を置く。


「でも、レジーナもイル=ネアだったんじゃないかと思ってる」


レグラスはしばらく何も言わなかった。


「大陸には、イル=ネアという言葉がありません」


「ああ」


「姉のような存在は、精霊の守護神と呼ばれていました」


「島ではイル=ネア。大陸では精霊の守護神、か」


「……同じ性質を持つ存在を、別の名で呼んでいた可能性はありますね」


「俺もそう思う」


ガイアは眉を寄せた。


「だから余計、分かんなくなった」


「何がでしょう」


「なんで隠れて生きなきゃなんねぇんだ」


レグラスがガイアを見る。


「俺は隠した。イル=ネアだってことも、ラハシェルだってことも」


「だから好きに生きてこられた」


ガイアは自分の手元へ目を落とした。


「でも、それって隠さなきゃ自由になれなかったってことだろ」


レグラスは答えなかった。


しばらくして、静かに口を開く。


「姉は、自由を望んでいました」


ガイアが顔を上げる。


「人間とエルフが、共に生きる世界を望んでいた」


「私は、その遺志を継ぎたいと思っています」


少し間が空く。


「できることはしてきたつもりです」


レグラスの指に僅かに力が入った。


「ですが、姉を守り切ることはできなかった」


ガイアは黙って聞いていた。


「今、私にはルナリスがいます」


レグラスが視線を上げる。


「そして、目の前には、自由を求めて故郷を離れたガレイヴィア様がいる」


「俺とレジーナを一緒にすんな」


「同じとは申し上げておりません」


「ならいい」


レグラスの口元が僅かに緩んだ。


「ただ、ガレイヴィア様は、隠すことで自由を得た」


表情が戻る。


「姉は、隠せなかった」


ガイアは何も言わない。


「その二つしかないのだとしたら」


レグラスは静かに続けた。


「それは、おかしい」


ガイアがレグラスを見る。


「私は、大陸側で考えます」


「何を」


「力を持つ者が、それを隠さずとも、利用されず、自由を奪われずに生きられる方法を」


「…………」


「姉の時には、できませんでした」


レグラスの声は変わらない。


「ですが、ルナリスにも、この先同じような力を持つ者にも、同じ生き方を強いるつもりはありません」


ガイアはしばらく黙っていた。


やがて、小さく息を吐く。


「俺さ」


「はい」


「ルナをヴァレイアに連れてった時、あそこなら好きに花咲かせられると思ったんだよ」


レグラスが静かに聞いている。


「力を抑える訓練が必要なのは分かってる」


ガイアの声から、少しずつ固さが抜けていく。


「使えば体力も減る。でかい力なら危ねぇ。お前の大地みたいに、下手すりゃ周りまで巻き込む」


「ええ」


「そこは制御しなきゃ駄目だ」


一度、言葉を切る。


「でも、嬉しくて花が咲くのまで、何で抑えなきゃなんねぇんだ?」


レグラスは黙っていた。


「誰か傷つくか?」


「……いいえ」


「困るか?」


「いいえ」


「じゃあ何で隠すんだよ」


ガイアは眉を寄せた。


「俺、だからヴァレイアに連れてったんだぞ」


「あそこなら周り気にしなくていいって」


「好きに花咲かせりゃいいって」


そこまで言って、ガイアは止まった。


「…………」


レグラスが待つ。


「……でも、それも変じゃねぇか?」


「何がでしょう」


「なんでルナの方が、自由にしていい場所まで移動しなきゃなんねぇんだよ」


レグラスはしばらく答えなかった。

ガイアの指が、卓の上で僅かに動く。


「ルナは、ようやく好きに見て歩けるようになったんだぞ」


「…………」


「なのに今度は、力を見られないようにしろって」


口調が、さらにいつものガイアへ近づいていく。


「危ねぇことは止めりゃいい」


「でも花くらい、好きに咲かせりゃいいだろ」


レグラスの目が僅かに伏せられた。


「……ええ」


「俺が隠れて生きてきたからって、ルナまで同じにする必要ねぇじゃん」


少しの沈黙。


やがてレグラスが口を開いた。


「本来、変わるべきなのは、ルナリスではなく周囲の側なのかもしれません」


ガイアはレグラスを見る。


「……だろ」


「ええ」


ガイアは椅子へ少し深く座り直した。


「じゃあ俺は、ヴァレイア側で考える」


「何故イル=ネアを隠す必要があったのか」


「それと一緒に、何故島のことまで全部隠すようになったのか」


「昔からそうだから、で終わらせていいのか」


レグラスは静かに聞いている。


「父と母に聞く。五島の長たちにも」


「はい」


「俺が知らねぇ理由があるなら、それも知りたい」


「その上で考える」


「それがよろしいかと思います」


少しの沈黙が落ちた。

やがて、レグラスが口を開く。


「アグラディアにも、相談してみてはいかがですか」


「アグラディア?」


「古いエルフの祭祀や精霊信仰については、私よりあの子の方が詳しい」


ガイアは少し考える。


「……あいつか」


「何か問題でも?」


「本いっぱい出してきそうだなと思って」


「出すでしょうね」


「…………」


レグラスの口元が僅かに緩んだ。


「特に、ガレイヴィア様の方から聞きに行かれたとなれば」


「やっぱやめようかな」


「先ほどの決意はどこへ行ったのですか」


「本読むとは言ってねぇだろ」


「では、話だけでも聞いてみては」


ガイアは小さく息を吐いた。


「……分かった。今度行く」


「ええ」


ガイアは立ち上がった。

レグラスも続いて立つ。


「今日は助かった」


「いえ」


ガイアは扉へ向かう。

その背中へ、レグラスが声をかけた。


「ガレイヴィア様」


ガイアが振り返る。


「何」


レグラスは一瞬だけ、ヴァレイアの正装へ目を向けた。


「随分、いつものガイアへ戻られましたね」


「…………」


ガイアも自分の装束を見る。


「悪いか」


「いいえ」


レグラスの口元が、僅かに緩む。


「ただ、やはり少々対応には困ります」


「そのうち慣れろ」


「努力いたします」


ガイアは鼻で小さく笑い、扉へ手を掛けた。


「レグラス」


「はい」


「レジーナのことは、話してよかったと思ってる」


レグラスは少しだけ目を伏せた。


「……ありがとうございます、ガレイヴィア様」


ガイアはそれ以上何も言わなかった。


扉を開ける。

静かに、扉が閉まった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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