閉ざされた島
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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ルシーダ家を出たあと。
三人はそのまま家へは帰らなかった。
「腹減った」
ジジが言った。
「ルナも!」
「じゃあ食って帰るか」
ガイアが答える。
向かったのは、馴染みの酒場だった。
扉を開けると、夕食時にはまだ少し早い店内から、料理の匂いが流れてくる。
カウンターの奥にいたドーラが顔を上げた。
「おや」
三人を見て、目を細める。
「ずいぶん久し振りじゃないか」
「そう?」
ガイアが答えた。
「そうだよ。揃ってどこ行ってたんだい」
ジジとガイアの目が、一瞬だけ合う。
「ちょっと出かけてた」
ガイアはそれだけ言った。
「三人で?」
「ああ」
「そうかい」
ドーラはそれ以上聞かなかった。
「まあ座んな。ルナリス、お腹空いてるだろ」
「空いた!」
「はいはい。今作るからね」
いつもの席へ座る。
しばらくして料理が並び、ルナリスが嬉しそうに食べ始めた。
ジジもいつも通りだった。
ドーラと話し、ルナリスの皿を見て、時々ガイアにも話を振る。
ガイアも返事はする。
けれど、いつもより明らかに口数が少なかった。
酒を飲んでは、黙る。
料理を口へ運んでは、また考え込む。
「ガイア、これ食わねぇの?」
ジジが皿を指す。
「ん?」
「さっきから残ってる」
「ああ。食う」
それだけ言って、手を伸ばす。
ジジは何も言わなかった。
ルナリスがドーラに何かを話している。
ガイアはそれを聞きながら、また酒を飲んだ。
昼間からずっと。
頭の隅に残っている。
――それは内緒。
考えるより先に出た言葉だった。
ずっと、そうしてきたから。
「ガイア」
「ん」
「酒なくなってる」
「あ」
ジジがドーラを呼ぶ。
ガイアは空になったグラスを見た。
「……悪い」
「何が?」
「別に」
ジジはそれ以上聞かなかった。
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家へ帰る頃には、すっかり夜になっていた。
長い船旅から戻った翌日。
ルシーダ家へ行き、そのまま酒場で夕食まで食べた。
さすがに疲れたのだろう。
ルナリスは寝床へ入ると、すぐに眠ってしまった。
ジジが部屋を出る。
ガイアの姿がない。
外を見ると、軒先に銀色の髪が見えた。
ガイアは一人で座っていた。
夜風に髪を揺らしながら、ぼんやりと庭を見ている。
ジジが隣へ行く。
「何してんの」
「別に」
「今日ずっとそれじゃん」
ガイアが少しだけ笑った。
「そうだっけ」
「ドーラんとこでも全然喋んねぇし」
ジジも隣へ腰を下ろす。
しばらく、何も言わなかった。
ガイアも黙っている。
やがてジジが聞いた。
「どうした?」
「…………」
ガイアは庭を見たままだった。
「今日さ」
「ん」
「ルナが、レグラスたちに話そうとしただろ」
「儀式のこと?」
「ああ」
少し間が空く。
「俺、普通に止めたじゃん」
「うん」
「何も考えずに」
ガイアが膝の上で手を組んだ。
「昔はさ」
ぽつりと言う。
「ヴァレイアのこと、話したくなかったんだよ」
ジジは黙って聞いている。
「島出た時も」
「うん」
「誰にも知られたくなかった」
百二十年前。
ガレイヴィアという名前も。
ラハシェルの血も。
イル=ネアであることも。
故郷のことも。
全部置いて、島を出た。
「だから隠してた」
「……うん」
「でも今は」
ガイアが少し眉を寄せた。
「何で話しちゃいけねぇんだろうって思う」
ジジがガイアを見る。
「場所とか、そういうのじゃなくて」
「うん」
「儀式のことも、島でどう暮らしてるかも、何があるかも」
言葉を探すように、ゆっくり続ける。
「何で全部、外の奴には話しちゃいけねぇんだろうなって」
「…………」
「昔からそうだから、俺もそうしてただけで」
ガイアは息を吐いた。
「今まで考えたことなかった」
ジジは少し黙った。
それから、ふと思い出す。
「……そういや」
「ん?」
「前にレグラスが言ってた」
ガイアが顔を向ける。
「何を?」
「お前が初めて自分の名前名乗った時、レグラスんとこから帰ったあと」
あの日。
ガイアが正装でルシーダ家を訪れた日。
話を終え、ガイアが去ったあと。
レグラスが言った言葉だった。
「ヴァレア族が島を隠してるだけじゃないって」
ガイアが黙る。
「島そのものが、外の世界から自分を閉ざしてるって」
「…………」
ガイアの金色の瞳が、僅かに細くなった。
「レグラスが?」
「うん」
「……そう言ってたのか」
「ああ」
再び沈黙が落ちた。
夜風が庭を抜ける。
「……閉ざしてる、か」
ガイアが小さく呟く。
「俺も、ずっとそう思ってた」
「うん」
「ヴァレイアがそうしたいんだって」
ガイアは前を向いた。
「だから俺らも、守るんだって」
「うん」
「でも」
そこで言葉が止まる。
ジジは急かさなかった。
「……お前、入れたじゃん」
ジジが瞬きをする。
「俺?」
「ああ」
「ルナは……まあ、分かるんだよ」
精霊との結びつきが深い。
島へ着いた時から、ルナリスに対する精霊たちの反応は明らかだった。
「でも、お前は人間だろ」
「そうだな」
「精霊と一緒に生きてきたわけでもねぇし」
「うん」
「なのに、ヴァレイアはお前を受け入れた」
ジジは何も言わない。
ガイアが遠くを見る。
島を囲う、あの濃い霧。
拒まれた者は、どれだけ進んでも抜けることができない。
その先へ辿り着けたとしても。
ヴァレイアに受け入れられなければ、それ以上は進めない。
島には最初から、拒むためのものがある。
誰でも入れるわけではない。
「……だったらさ」
ガイアが呟く。
「全部が全部、閉ざしてんのかな」
ジジが隣を見る。
ガイアはまだ、答えを求めている顔ではなかった。
ただ。
初めて生まれた疑問を、口にしている。
「島が、入っていい奴を決めるなら」
ガイアはゆっくり言った。
「俺らまで、何もかも隠す必要あんのかなって」
「…………」
「いや、分かんねぇけど」
ガイアが髪を掻き上げる。
「ずっとそうしてきたし。理由があってそうなってんのかもしれねぇし」
「うん」
「俺が知らねぇことも、たぶんいっぱいある」
「うん」
「だから、別に今すぐどうこうしたいわけじゃねぇ」
「分かってる」
ジジはそれだけ答えた。
ガイアが横を見る。
「……何か言わねぇの?」
「何を」
「いや」
「お前が考えてんだろ」
「まあ」
「じゃあ考えればいいじゃん」
あまりにもいつも通りの返事だった。
ガイアが少し笑う。
「お前、そういうとこあるよな」
「何が」
「別に」
ジジはガイアの肩へ自分の肩を軽く当てた。
「明日、レグラスと話すんだろ」
「ああ」
「じゃあ何でそう言ったか聞いてみれば?」
「……そうだな」
また風が吹いた。
ガイアの銀髪が揺れる。
ガイアはヴァレイアから離れるために、ヴァレイアを隠した。
誰にも話さなかった。
知られたくなかった。
けれど今は。
もう、同じ理由で黙っているわけではない。
「……明日、聞いてみる」
「ああ」
ガイアは夜の庭を見た。
閉ざされた島。
ずっと、そう思っていた。
けれど。
本当に閉ざしているのは、どこまでなのだろう。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




