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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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203/216

持ち帰った風

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

五日目の昼。


「いた!!」


船の先から、ルナリスの声が飛んできた。

ジジが顔を上げる。


「何」


「いた! ジジ!」


「何が」


「イルカ!」


ジジが立ち上がる。

少し離れた海面から、一頭が跳ねた。

陽の光を受けた身体が、一瞬だけ輝く。

続いて。

もう一頭。

さらにその向こうでも、水飛沫が上がった。


「いたな」


「いた!!」


ルナリスが飛び跳ねる。


「見て! いっぱい!」


「見えてる」


「ガイア!」


少し離れたところにいたガイアが振り返る。


「何」


「イルカ!」


「よかったじゃん」


「ガイアも見て!」


「見てるって」


「こっち来て!」


「はいはい」


ガイアが歩いてくる。

ルナリスの隣へ立つ。


「ほら!」


「ん」


「また跳ねた!」


「見えてる」


「ちゃんと見て!」


「ちゃんと見てるって」


ジジが笑う。


「諦めろ。しばらく終わんねぇぞ」


「お前も見ろよ」


「見てるよ」


三人で船縁に並ぶ。

船と並ぶように。

イルカたちが海を進んでいた。


潜って。

浮かんで。

時折、高く跳ねる。


「ヴァレイアにもいたよね」


ルナリスが言う。


「いたな」


「バインスの近くにもいる?」


「いるんじゃねぇの」


「じゃあまた見れる?」


「海来りゃな」


「ほんと?」


「多分」


「じゃあまた海来よう!」


「今ずっと海だけどな」


「あ」


ルナリスが海を見る。

ジジが吹き出した。

ガイアも笑った。

イルカたちは、しばらく船の近くを泳いでいた。


やがて。

一頭。

また一頭と離れていく。

最後の一頭が海へ潜る。

ルナリスは、その姿が見えなくなるまで水面を見ていた。


「またねー!」


海へ向かって手を振る。

返事はない。

けれど。

ルナリスは満足そうに笑っていた。


——————————————————————


帰りの航海は、穏やかだった。


ガイアが風を送る。

ファルコが先を飛ぶ。

時折、進路を変える。

日が暮れれば港へ寄り。

三人で食事をして。

船へ戻る。

夜になれば眠る。

朝になれば、また海へ出る。


ジジは何度かガイアの顔色を見た。

そのたびに、


「大丈夫?」


と聞いた。

最初のうちは、


「大丈夫」


と答えていたガイアも。


六日目には。


「ちょっと疲れた」


と素直に言った。


「じゃあ休め」


「分かってる」


「風は?」


「今のままで平気」


「ファルコは?」


「しばらく繋がなくていい」


「じゃあ寝ろ」


「......」


「何」


「俺の母さん二人になった?」


「なってねぇよ」


「母さんより細けぇ気がする」


「いいから寝ろ」


「はいはい」


そう言って。

ガイアは本当に船室へ入っていった。

ジジはその背中を見送る。

少しして。


甲板の端から白い頭が出た。


「ガイア寝るの?」


「ん」


「疲れた?」


「ちょっとな」


ルナリスが船室を見る。


「じゃあ静かにする」


「そうしてやれ」


「うん」


ルナリスは声を小さくした。


「ジジ」


「何」


「ルナ、お花の種ちゃんとあるよ」


「急に何」


「忘れてないよ」


「偉いじゃん」


「帰ったら植える」


「ん」


「どこに植える?」


「庭じゃねぇの」


「ガイアにも聞く」


「今寝かせてやれよ」


「あ、そっか」


また声が小さくなる。

ジジが笑った。


——————————————————————


七日目の朝。


ガイアは甲板に立っていた。

ファルコの姿は、ずっと先にある。

小さな影になって。


やがて。

雲の向こうへ消えた。


ガイアが目を閉じる。

ジジは何も言わずに待った。

風が吹く。

銀色の髪が揺れる。


しばらくして。

ガイアが目を開いた。


「……見えた」


ジジが顔を上げる。


「バインス?」


「ああ」


その声を聞いて。

船の中からルナリスが飛び出してきた。


「バインス見えたの!?」


「ファルコからな」


「どこ!?」


「まだ俺らには見えねぇよ」


ルナリスが水平線を見る。


「見えない!」


「だから言っただろ」


「いつ見える?」


「もうちょい」


「どれくらい?」


「もうちょい」


「もうちょいってどれくらい?」


「もうちょいはもうちょいだよ」


「ガイア適当!」


「うるせぇな」


ジジが笑う。


「見えたら教えてやるよ」


「絶対ね!」


「ん」


ルナリスは船縁へ行った。

そこから。

ずっと前を見ていた。

やがて。


「ルナ」


ジジが呼ぶ。


「ん?」


「あれ」


指を差す。

水平線の先。

薄く。

陸地が見えていた。

ルナリスが目を凝らす。


「…………」


その目が大きくなる。


「バインス!」


「そう」


「帰ってきた!」


ルナリスが笑う。


「ガイア! バインス!」


「見えてるよ」


「帰ってきたよ!」


「ああ」


ガイアも。

遠くに見える陸地を見ていた。

ジジはその横に立つ。


「帰ってきたな」


「ん」


短い返事だった。

けれど。

ガイアは少し笑っていた。


陸が近づいてくる。

見慣れた景色が、一つずつ形を持ちはじめる。

建物。

港。

行き交う船。

人の姿。

ヴァレイアとは何もかも違う。


けれど。

これもまた。

三人が知っている景色だった。


港が近づくにつれて、ガイアが風を弱めていく。

大きく膨らんでいた帆が、少しずつ力を失った。

船の速度が落ちる。

最後はごく弱い風だけを残し。

船体を静かに岸へ寄せていく。

ジジが船を降り、係留索を取った。

しっかりと固定する。


「いいぞ」


ガイアが風を止めた。

帆が静かに落ち着く。


「着いた!」


ルナリスが船から降りる。

久しぶりの地面を踏んで。

その場で一度跳ねた。


「バインス!」


「落ち着けって」


「だって帰ってきた!」


「分かったから」


ジジも笑う。

ガイアが最後に船を降りた。

一度だけ、帆を見上げる。


七日間。

三人をここまで運んできた船。

それから。

港へ降ろした荷物を見る。


「家まで遠いな....」


——————————————————————


家へ着く。

扉を開けた途端。

ルナリスが中へ入った。


「ただいま!」


声が家の中へ響く。

ジジも荷物を持って入る。


「ただいま」


少し遅れて。

ガイアも入った。


「……ただいま」


誰もいなかった家に。

三人分の声だけが残った。

荷物を置く。

ルナリスはすぐに、その中を漁り始めた。


「これ!」


取り出したのは、貝殻の飾りだった。


「ジジ、これどこ?」


「窓じゃねぇの」


「どこの?」


「どこでもいいだろ」


「ガイア!」


「俺に聞くなよ」


「どこがいい?」


ガイアが部屋を見回す。


「そこじゃねぇの」


窓辺を指差した。


「風入るし」


「ここ?」


「ん」


ルナリスが背伸びをする。

届かない。

ジジが受け取った。


「貸して」


窓辺へ吊るす。

いくつもの小さな貝殻が、静かに重なった。

ルナリスがじっと見る。


「…………」


鳴らない。


「ガイア」


「何」


「風」


「早速?」


「ちょっとだけ!」


「外から入ってくるまで待てよ」


「ガイアの風で鳴るって言った!」


「言ったけど」


「聞きたい!」


ガイアが小さく息を吐く。


「はいはい」


指先が僅かに動いた。

柔らかな風が、部屋を抜ける。

銀色の髪が揺れた。


そして。


窓辺の貝殻が、触れ合う。

小さな音がした。

澄んだ。

軽い音だった。


「鳴った!」


ルナリスが笑う。


「鳴ったね!」


「そりゃ鳴るだろ」


ジジはその音を聞いていた。

ヴァレイアの市場でも。

ルナリスは同じことを聞いていた。

ガイアの風でも鳴るのか、と。


その貝殻が。

今は、自分たちの家の窓辺で鳴っている。


「次これ!」


ルナリスが別の荷物を開ける。


「まだやんの?」


「全部出す!」


「休んでからでよくねぇ?」


「今やる!」


「元気だな……」


ガイアが呆れたように言う。


「ガイアのカップ!」


「それ後でいいだろ」


「ここ?」


「勝手に置くなって」


「ガイア、どこで使う?」


「いつもんとこでいいよ」


「じゃあこっち!」


「聞いた意味あんの?」


ジジが笑いながら、青緑色のカップを受け取った。

ジジとルナリスが使っていたものの隣へ置く。

三つ並んだ。


次は、イシルが買った毛布。


「これ寝るとこ?」


ルナリスが聞く。


「多分」


ジジが答える。

ガイアが嫌そうな顔をした。


「何」


「いや」


「お母さんに買ってもらったやつじゃん」


「分かってるよ」


「寒い時使えよ」


「まだ言う?」


「寒がりだから」


「お前、それ気に入ってんだろ」


「うん」


「認めんなよ」


ルナリスが笑う。

櫛も。

髪飾りも。

香草も。

少しずつ、それぞれの場所へ置かれていった。


部屋の中に。

昨日までなかった色が増えていく。

最後に。

ルナリスが花の種を両手で持った。


「これは明日?」


「今日はもういいだろ」


ジジが言う。


「ちゃんと植える場所決めてからにしろよ」


「うん!」


「アグラディアにも帰ったって言わねぇとな」


ガイアが言う。


「あ!」


ルナリスが顔を上げる。


「アグラディア!」


「忘れてただろ」


「忘れてないよ!」


「今の顔は忘れてた」


「忘れてない!」


「レグラスも待ってんじゃねぇの」


ジジが言う。


「明日行こう」


「うん!」


「今日はもう休む」


ジジがガイアを見る。


「特にこいつ」


「俺?」


「お前」


「そこまで疲れてねぇよ」


「七日ずっと風使ってたじゃん」


「休みながらな」


「寝ろ」


「まだ昼だぞ」


「じゃあ昼寝」


「子供かよ」


「二百三十歳の」


「ぶっ飛ばすぞ」


ジジが笑った。

窓から風が入る。

今度は。

ガイアが起こしたものではなかった。

貝殻が揺れる。

小さな音が、部屋に響いた。

ルナリスが振り返る。


「また鳴った」


「ああ」


ジジも窓を見る。

その向こうにあるのは。

見慣れたバインスの景色だった。


部屋の中を見る。


「ジジ?」


ガイアが呼んだ。


「何」


「何見てんの」


「別に」


ジジは少しだけ笑った。


「家が少し、ヴァレイアになったな」


ガイアが窓辺を見る。

貝殻が。

もう一度、小さく鳴った。


「……そうだな」


ルナリスが二人を見る。


「三月後、また行くよ!」


「ああ」


「今度は大きいお月さま!」


「そうだな」


「イシルとギルムにも会う!」


「うん」


ルナリスが笑った。

ジジも。

ガイアも笑う。


七日前まで。

三人はヴァレイアにいた。

今は。

バインスにいる。

三月後には。

また、あの島へ行く。


窓から入った風が。

ヴァレイアから持ち帰った貝殻を揺らす。

澄んだ音が。

三人の家に、静かに響いていた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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