またな
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
帰る朝は、よく晴れていた。
屋敷の前には、ヴァレイアへ来た時にはなかった荷物がいくつも並んでいる。
昨日、市場で買ったものがほとんどだった。
ガイアがそれを眺めた。
「……多くね?」
「そう?」
ジジが荷物を一つ持ち上げる。
「そうだよ」
「船に積めるじゃん」
「積めるけど」
「じゃあいいだろ」
「お前、昨日からそればっかだな」
ジジは気にせず荷物をまとめていく。
ガイアはその隣で小さく息を吐いた。
「ガイア!」
庭の方からルナリスが走ってくる。
白い髪に、昨日買った髪飾りがついていた。
その向こうでは、ファルコが大きな翼を畳んでいる。
「ルナも準備できた!」
「ほんとか?」
「できたよ!」
「忘れ物ねぇ?」
「ない!」
即答だった。
ガイアが少し考える。
「花の種は?」
「…………」
ルナリスが止まった。
「お部屋!」
「あんじゃねぇか」
「あ!」
そのまま屋敷へ駆け戻っていく。
ジジが笑った。
「絶対なんかあると思った」
「聞いてよかったな」
「お前も家のもんとか忘れ物ねぇ?」
「ねぇよ」
「ほんと?」
「俺をルナと一緒にすんな」
「寒がり用の毛布は?」
「お前な」
ジジが笑う。
しばらくして、ルナリスが小さな布包みを抱えて戻ってきた。
「持った!」
「今度こそ?」
「今度こそ!」
「じゃあ行くか」
ガイアが言う。
ルナリスは元気よく頷いた。
「うん!」
それから。
一度だけ、屋敷を振り返る。
けれど、寂しそうな顔はしなかった。
——————————————————————
南の船着き場には、バインスから乗ってきた快速帆船がそのまま待っていた。
三人で荷物を運び込む。
その間にも、何人もの島民がガイアの姿を見つけて足を止めた。
「ガレイヴィア様」
ガイアが振り返る。
「もう行かれるのですか」
「...ああ。また戻ってくる」
「どうか、お気をつけて」
「ありがとう」
少し離れたところからも声が飛ぶ。
「またお戻りください」
ガイアはそちらを見る。
「ああ」
穏やかに答えた。
荷物を積み終える。
ルナリスはイシルの前に立った。
「イシル」
「なあに?」
「ルナ、また来るからね」
「ええ」
「三月後!」
「待ってるわ」
「大きいお月さま、一緒に見る!」
「そうしましょう」
ルナリスがイシルへ抱きつく。
イシルも、その小さな身体を抱きしめた。
「気をつけてね」
「うん!」
「お勉強も頑張ってね」
「うん!」
「ちゃんと食べて」
「食べる!」
「夜はちゃんと寝て――」
「母さん」
ガイアが口を挟んだ。
「俺らもいるから大丈夫だよ」
「分かってるわよ」
イシルは名残惜しそうにルナリスの髪を撫でる。
その隣へギルムが来た。
「三月後だな」
「うん!」
「約束だぞ」
「約束!」
ルナリスが小さな手を差し出す。
ギルムは一瞬それを見て。
大きな手で握った。
「忘れるなよ」
「ギルムもね!」
「忘れん」
ルナリスが笑った。
ギルムは、今度はジジを見る。
「ジジ」
「はい」
ジジの背筋が伸びた。
隣でガイアが少し笑う。
「何だよ」
「別に」
「笑ってんじゃん」
ギルムがガイアを見る。
「お前は黙ってろ」
「まだ何も言ってねぇだろ」
それから。
ギルムは改めてジジへ向き直った。
「……息子を、よろしく頼む」
ジジは一瞬、黙った。
ガイアが眉を寄せる。
「親父。俺、二百三十だぞ」
「お前には言ってない」
「いや、俺の話だろ」
「黙ってろ」
「はいはい」
ジジはガイアを見る。
それから、ギルムへ視線を戻した。
「はい」
少し考えて。
「でも、俺も色々助けてもらってるので」
ギルムの表情が僅かに緩む。
「だから……まあ、お互い様です」
「……そうか」
「はい」
ガイアが横から口を挟む。
「俺の信用なくない?」
「お前は百二十年帰ってこなかったからな」
「まだ言う?」
「死ぬまで言う」
「長ぇな」
エルフだ。
本当に長い。
ジジが笑った。
今度はイシルがジジの前へ来る。
「ジジ」
「はい」
「また来てね」
「はい」
「ガレイヴィアが来なくても来ていいのよ」
「母さん?」
「ルナリスと二人でも」
「何で俺置いてく前提なんだよ」
「分かりました」
「ジジ?」
イシルが嬉しそうに笑った。
ジジも笑っていた。
「待ってるわ」
「いつの間にそんな仲良くなったの?」
誰も答えなかった。
ルナリスが笑う。
イシルも笑った。
「何だよ」
ガイアの声が、朝の船着き場に響いた。
やがて。
出る時間になった。
ガイアが両親の前に立つ。
「…………」
少しだけ。
一瞬、言葉が途切れた。
「じゃあ」
ガイアが言った。
「行ってくる」
イシルが笑う。
「いってらっしゃい」
ギルムも頷いた。
「ああ。いってこい」
ガイアが二人を見る。
それから。
少し笑った。
「また戻るから」
「ええ」
「三月後だ」
「分かってる」
今度は帰る時が決まっていた。
——————————————————————
三人が船へ乗る。
ファルコはすでに空高く舞い上がっていた。
ジジが係留索を外し、船へ戻る。
ガイアは船尾へ立った。
銀色の長い髪が、朝の風に揺れていた。
ジジはその背中を見る。
見覚えのある光景だった。
バインスを出た朝も。
ガイアはそこに立っていた。
海を見る。
それから、ゆっくりと目を閉じる。
唇が動いた。
風へ。
波へ。
これから海を渡ることを告げる。
旅路が穏やかであるように。
共に行く者たちが、無事に辿り着けるように。
静かな祈りだった。
そして。
最後に、ガイアが告げる。
「――バインス」
風が止んだ。
銀髪が、背へ落ちる。
船着き場に立つ人々の衣服も。
周囲の木々も。
ほんの一瞬だけ、動きを止めた。
ガイアの足元を、柔らかな風が抜ける。
銀髪の先が浮き上がった。
風はそのままガイアの身体を巡り、甲板を走る。
長い銀髪が大きく広がった。
帆が膨らむ。
一枚。
また一枚。
大きな帆が、次々と風を孕んでいく。
船体がゆっくりと岸を離れた。
「イシルー!」
ルナリスが手を振る。
「ギルムー!」
岸からイシルが大きく手を振り返す。
ギルムも片手を上げた。
「またねー!」
ルナリスの声が海の上へ響く。
「三月後ねー!」
「ええ!」
船が少しずつ離れていく。
ガイアも二人を見ていた。
やがて。
ギルムが片手を上げる。
「ガレイヴィア!」
ガイアが顔を上げた。
「気をつけて行け!」
一瞬。
金色の瞳が見開かれる。
それから。
「ああ!」
ガイアも大きく手を上げた。
「行ってくる!」
風が帆を押す。
船は速度を上げていった。
島が少しずつ遠ざかる。
白い砂浜。
深い緑の森。
高台にある屋敷。
その全てが、少しずつ小さくなっていった。
しばらくすると。
海の上に、白い霧が流れ始めた。
「霧」
ルナリスが呟く。
ジジも前を見る。
来た時とは違った。
視界を奪い、行く手を閉ざした濃霧ではない。
薄い霧が、静かに船を包んでいく。
ガイアは何も言わなかった。
そのまま船を進ませる。
白いものが、甲板を流れていく。
やがて。
陽の光が差した。
船が霧を抜ける。
ルナリスがすぐに後ろを振り返った。
「……見えない」
ジジも振り返る。
そこにはもう。
ヴァレイアの島影はなかった。
白い霧が、遠く海の上に漂っているだけだった。
「ガイア」
「ん?」
「ヴァレイア、もう見えない?」
「ああ」
ルナリスはしばらく霧を見ていた。
それから。
「三月後だもんね」
「ああ」
「じゃあいい!」
すぐに前を向いた。
そのまま船縁へ寄る。
海面を覗き込んで。
「あ!」
「何」
「ガイア!」
「何だよ」
ルナリスが振り返る。
「またイルカ見れるかな?」
「さあな」
「行く時いたよ!」
「いたな」
「また見たい!」
「海見てりゃ、そのうちいるんじゃねぇの」
ルナリスはすぐ海へ向き直った。
「じゃあ見る!」
「今から?」
「うん!」
「七日くらいあるぞ」
「見る!」
「ずっと?」
「ずっと!」
「落ちんなよ」
「落ちないよ!」
ジジがルナリスの後ろへ行く。
「俺いるから大丈夫」
「お前も一緒になって身ぃ乗り出すなよ」
「しねぇよ」
「どうだかな」
「何で俺まで信用ねぇんだよ」
ガイアが笑った。
ファルコは。
もうずっと先の空を飛んでいた。
——————————————————————
帰りも。
行きと同じように、いくつかの港へ寄った。
日が暮れる前に船を寄せ。
三人で食事をする。
必要なものを補い。
夜は船へ戻って眠った。
二日目に立ち寄った港では、岸へ着く前からルナリスが声を上げた。
「ここ知ってる!」
「来たからな」
「お魚食べたところ!」
「食い物で覚えてんのかよ」
「おいしかった!」
ジジが笑う。
「じゃあ今日も食う?」
「食べる!」
「決まんの早ぇな」
「ガイアも食べる?」
「食うよ」
「じゃあ三人で食べよう!」
「最初から三人だろ」
行きと同じ港。
同じ海。
同じ船。
けれど。
帰りの旅は、少し違っていた。
三日目。
ファルコが遥か先の空へ消えていった。
ガイアは甲板に立ち、目を閉じていた。
風が銀髪を揺らしている。
しばらくして。
金色の瞳が開いた。
「……このままでいいな」
ガイアが呟く。
帆を見上げた。
ジジは、その横顔を見る。
「ガイア」
「ん?」
「大丈夫?」
「何が」
「疲れてねぇ?」
「まだ平気」
ジジの眉が動いた。
「まだ、って言った」
「……細けぇな」
「休める時休めよ」
「分かってるって」
「ほんとかよ」
ガイアがジジを見る。
「お前、帰りになって急にうるさくね?」
「行きで分かったから」
「何が」
「お前、平気な顔して普通に疲れる」
「…………」
ガイアが少し黙った。
「当たり前だろ。俺だって疲れるわ」
「だから言ってんじゃん」
「はいはい」
ガイアが再び帆を見る。
ジジも見る。
風は十分に入っている。
「もう少し弱くても進むんだろ」
「進むけど」
「じゃあ弱めれば」
「別に急いでねぇし」
ガイアがジジを見る。
「七日で帰んなきゃいけないわけでもねぇだろ」
「……まあな」
「だったら休めよ」
少しして。
帆を押していた風が、僅かに弱くなった。
「これでいい?」
「ん」
「お前、ほんと母さんみてぇになってきたな」
「うるせぇ」
船は速度を少し落とした。
それでも。
変わらず、バインスへ向かって進んでいった。
——————————————————————
夜。
ルナリスが眠ったあと。
ジジは甲板へ出た。
昼間より弱い風が、帆を揺らしている。
ガイアは船尾にいた。
長い銀髪が、夜風に静かに流れていた。
「ガイア」
「ん?」
「まだいんの」
「ちょっとな」
ジジは隣へ立った。
海は暗い。
空には、数え切れないほどの星が広がっていた。
「疲れてる?」
「まあ、ちょっと」
「やっぱり」
「何だよ」
「昼間、平気って言ってたじゃん」
「まだ平気って言った」
「同じだろ」
「違ぇよ」
ジジは横から顔を覗く。
「今日はもう寝れば?」
「もうちょいしたら」
「明日も風使うだろ」
「使うけど」
「ファルコとも繋ぐだろ」
「…………」
「寝ろ」
「お前、帰りになってうるさくなったな」
「行きで分かったから」
「昼も聞いた、それ」
「じゃあ聞けよ」
ガイアが笑った。
「お前来たからいい」
「何がいいの」
「別に」
ガイアがジジの肩へ頭を預ける。
「……重い?」
「全然」
「そ」
ジジはガイアの銀髪を指に絡めた。
海の上には星が広がっている。
「ガイア」
「ん」
「帰ったらちゃんと休めよ」
「分かってる」
「またすぐ依頼とか行くなよ」
「お前は母さんか」
「寒がりだしな」
「それ関係ねぇだろ」
ジジが笑う。
ガイアは肩に頭を乗せたまま、小さく息を吐いた。
波の音がする。
船を押す風は穏やかだった。
しばらく。
二人とも何も言わなかった。
「……三月後、だな」
ジジが言った。
「ああ」
それだけだった。
三月後には。
またヴァレイアにいる。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




