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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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201/216

持って帰るもの

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

翌日。


「市場へ行きましょう」


朝食を終えたところで、イシルが言った。


「市場?」


ルナリスが顔を上げる。


「ええ。帰る前に、必要なものを揃えないと」


「別にねぇだろ」


ガイアがすぐに返した。

イシルが息子を見る。


「あるわよ」


「何が」


「色々」


「その色々が怖ぇんだけど」


向かいでは、ジジが茶を飲んでいる。


「行けばいいじゃん」


「お前は何も分かってねぇ」


「市場だろ?」


「母さんと行くと何でも買うんだよ」


「いいじゃん」


イシルが笑った。


「ほら。行きましょう」


「ルナも行く!」


「はいはい」


どうやら拒否権はないらしい。

ガイアは諦めたように立ち上がった。


——————————————————————


西側の市場は、今日も賑わっていた。


色鮮やかな果実や乾燥させた香草。

島で織られた布や木工品。

海で採れた貝を使った装飾品も並んでいる。


「ガレイヴィア様」


「おはようございます」


「おはよう」


声を掛けられるたび、ガイアは足を止めた。

短く言葉を交わして、また歩き出す。

その隣で、ルナリスは忙しかった。


「あれ何?」


「果物」


「あれは?」


「貝」


ジジは少し後ろから二人を眺めていた。


ガイアが育った場所。

何度も歩いたという市場。

幼い頃にはここを走り回り、母親に連れられて買い物もしたのだろう。

昨日まで知らなかったガイアが、ここへ来てから次々と増えている。

それが、ジジには面白かった。


「ジジ」


呼ばれて顔を上げる。

イシルが一軒の店の前で足を止めていた。


「これ、どうかしら」


「何ですか?」


広げられていたのは、大きな織物だった。

深い青を基調に、白い糸で波の模様が入っている。


「寝台に掛けるものよ」


ジジが触れてみる。


「すごく細かい織ですね」


「でしょ?」


「いらねぇよ」


ガイアが横から口を挟んだ。


「どうして?」


「家にあるから」


「でもこれ綺麗!」


ルナリスが布の端を持ち上げる。


「海みたい!」


「買う」


「ジジ」


「何」


「あるっつってんだろ」


「これねぇじゃん」


「同じようなのはある」


「でもこれないだろ」


「…………」


「じゃあ買えばいい」


ガイアが眉間を押さえた。


「お前、母さんと相性良すぎんだろ」


結局、買った。

少し先の陶器を扱う店では、イシルが青緑色のカップを見つけた。


「あら」


「今度は何」


「これ、ガレイヴィアが昔使っていたものに似てるわ」


ジジがすぐに覗き込む。


「小さい頃ですか?」


「ええ。もう少し大きさは小さかったけれど、こんな色だったの」


ジジはカップを手に取った。

厚みのある素朴な器だった。

青と緑が混ざったような色は、ヴァレイアの海によく似ている。


「じゃあこれも」


「カップなんかあるだろ」


「ガイアいつも皿じゃん」


「お前ん家にあるやつでいい」


「俺らの家、な」


「……」


ガイアが少しだけ目を逸らした。

ジジはもう一度、手元のカップを見る。


「これ使ってたんだろ?」


「似てるだけだよ」


「じゃあこれにする」


「何でだよ」


「いいじゃん」


買った。

次に足を止めたのはルナリスだった。


「これ!」


店先に、いくつもの小さな貝殻を糸で繋いだ飾りが吊るされている。

風が抜けるたび。

カラ、カラ。

軽く、澄んだ音が鳴った。


「何これ?」


「窓辺に吊るすのよ」


イシルが一つ揺らしてみせる。


「風が吹くと鳴るの」


「欲しい!」


ルナリスがすぐにジジを見る。


「いいよ」


「やった!」


「お前も即決すんな」


「綺麗じゃん」


ジジがもう一度鳴らす。

カラ、カラ。


「ガイアの風でも鳴る?」


ルナリスが聞いた。


「そりゃ鳴るだろ」


「じゃあこれ!」


「何で俺基準なんだよ」


ルナリスは楽しそうに笑っている。

それも買った。

しばらく歩いたところで。


「あ」


またイシルが止まった。

ガイアが嫌そうな顔をする。


「今度は何」


店先には様々な織物が積まれていた。

イシルがその中から一枚を取り出す。


深い藍色の毛布だった。

厚みはそれほどない。

けれど触れると柔らかく、空気を含むような独特の織り方がされている。


「これも持って帰りなさい」


「いらねぇって」


「大陸は寒いんでしょう?」


「冬はな」


「ガレイヴィアは寒がりだから」


「寒がりじゃねぇし」


「寒がりじゃん」


ジジが言った。

ガイアが振り返る。


「は?」


「俺で暖取ってる」


イシルが瞬いた。


「…………」


「俺のこと湯たんぽっていうじゃねぇか」


「......ジジ」


「すぐ寒ぃ寒ぃ言う」


「お前ちょっと黙れ」


「やっぱり変わってないのね」


イシルが嬉しそうに笑う。


「これにしましょう」


「話聞けよ!」


ルナリスも毛布へ触れる。


「ふわふわ!」


「暖かいわよ」


「ガイア、これならジジいなくても寒くないね!」


「ルナまで何言ってんの?」


ジジが毛布を触る。


「軽くて暖かそう」


イシルの声が少しだけ柔らかくなった。


「これは、私が買ってあげたいの」


ガイアが黙った。


「…………」


イシルは毛布を抱えたまま、穏やかに笑っている。

ガイアはしばらく母親を見ていた。

それから毛布へ視線を落とす。


「……」


「何枚あっても困らないでしょう?」


「…………」


横からジジが言った。


「買ってもらえばいいじゃん」


「ジジ」


「暖かいんだろ、これ」


「そういう問題じゃ……」


言いかけて。

ガイアはやめた。


「……わかった」


イシルは嬉しそうに毛布を抱え直した。

それで終わるかと思った。

終わらなかった。


「これ、ガレイヴィアにいいんじゃない?」


「まだあんの?」


今度は櫛だった。

滑らかな木を削り出した、目の粗い大きな櫛。


「長い髪にはこの木がいいのよ。絡まりにくいし、傷みにくいの」


ジジが手に取る。


「じゃあこれ」


「櫛ある」


「こっちの方がいいんだろ?」


「今ので困ってねぇ」


「でもこっちの方がいいんだろ?」


「…………」


「じゃあ買う」


「お前、今日ずっとそれだな」


ガイアが呆れたように言う。

その時。

隣の店を覗いていたルナリスが声を上げた。


「ジジ! ガイア! 見て!」


髪飾りが並んでいた。

花を模したもの。

貝や石を使ったもの。

細い金属を複雑に編んだもの。

ルナリスは完全に釘付けになっている。


「欲しいの?」


ジジが聞く。


「いいの?」


「好きなの選んで」


「やった!」


ルナリスは真剣な顔で一つ一つ見始めた。

やがて選んだのは、小さな白い花に青い石が添えられた髪飾りだった。


「これ!」


イシルがルナリスの髪につけてやる。

白い髪の上で、青い石が小さく光った。


「似合うわ」


「ほんと?」


「うん」


ジジも頷く。


「かわいい」


ルナリスが嬉しそうに笑った。

ジジはそのまま店先を眺める。

ふと。

似た意匠の髪飾りが目に入った。


白い花と、青い石。

ルナリスのものより少し大きい。

手に取る。


「これも」


「誰の?」


ガイアが聞く。


「ガイア」


「いらねぇ」


「ルナとお揃い」


「いらねぇ」


「ガイアもつけよう!」


ルナリスが嬉しそうに言う。


「何でだよ」


「お揃い!」


「俺はいい」


ジジがガイアを見る。

長い銀髪が背中へ流れている。


「似合うと思う」


「そういう問題じゃねぇ」


「髪長いんだから使えるだろ」


「髪飾りくらい持ってる」


「これ持ってねぇじゃん」


「…………」


「じゃあ買う」


「お前、俺の話聞いてる?」


「聞いてる」


「じゃあ何で買うんだよ」


「似合いそうだから」


ガイアが何とも言えない顔になる。

その横から、イシルが別の髪飾りを持ち上げた。


「あら。こっちも似合いそうね」


「母さんまでやめろ」


「これもいいですね」


ジジが見る。


「ジジも乗るな」


「ガイア、こっちも!」


「ルナまで増えんな!」


気づけば。

髪飾りは三つになっていた。

ガイアが袋を見下ろす。


「……何でだよ」


誰も答えなかった。


——————————————————————


市場を出る頃には、来た時にはなかった荷物が山ほど増えていた。


深い青の寝台用の織物。

青緑色のカップ。

貝殻の飾り。

イシルが買った毛布。

長い銀髪のための櫛。

ルナリスと揃いの髪飾り。


それ以外にも、ルナリスが気に入った菓子や、保存の利く果実、香草まである。


「買いすぎだろ」


ガイアが呆れたように荷物を見る。


「そう?」


ジジが言う。


「そうだよ」


「持てるけど」


「重さの話じゃねぇよ」


ジジは抱えた荷物を見下ろした。

歩くたびに、貝が小さく鳴る。

その隙間から、深い海色の織物が覗いていた。

どれもヴァレイアのものだった。


ここへ来るまで。

ジジは、この島のことをほとんど知らなかった。


どんな景色を見て育ったのかも。

何を使って。

どんなものを食べて。

どんな道を歩いていたのかも。

知らなかった。

それが今は。


市場の道も知っている。

ガイアが子供の頃に食べていた果物も。

母親から小さい頃から寒がりだったことも。

昔使っていたカップの色も。

知らなかったことを知るのは、楽しかった。

それだけじゃない。


海も。

森も。

夜空も。

水の中で光るホタルクラゲも。

ここに暮らす人たちも。

ジジは、この島が結構好きになっていた。


「ジジ?」


ガイアが怪訝そうに見る。


「何」


「いや。お前がぼーっとしてるから」


「してねぇよ」


「してた」


ジジはもう一度、腕の中を見る。


カップ。

毛布。

櫛。

髪飾り。

貝の飾り。

全部、バインスへ持って帰る。


「帰ったらさ」


「ん?」


「これ、全部置くだろ」


ガイアが荷物を見る。


「まあ。買ったんだからな」


「だな」


「何だよ」


ジジは少し考えた。


「家が少し、ヴァレイアになるかな」


ガイアが隣を見る。


「……何だそれ」


「分かんねぇ」


「お前が言ったんだろ」


「でも」


ジジは腕の中で揺れる貝を見た。

カラ、と小さな音がする。


「なんか、ちょっと嬉しい」


ガイアは何も言わなかった。

少しだけ目を細めて。


「……そ」


それだけ返す。

前では、ルナリスとイシルが手を繋いで歩いていた。

ルナリスの白い髪には、さっき買った花の髪飾り。


風が吹く。

長い銀髪が揺れた。

ジジの腕の中で。

ヴァレイアの貝が、もう一度小さく鳴った。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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